15年越しの奇妙な再会にて ――米澤穂信「ナイフを失われた思い出の中に」(東京創元社、2010年)最近の日常とそのバランス

2015年08月22日

7月18日のことと柴崎友香(主に語学と小説について)

 あ、もう一ヶ月も前のことかといまさら気づいたけど、この日の車中の会話がとても新鮮で面白かったので思い起こしながら書いておきたい。電車ではなく、車の車中である。
 この日は葉山での研修最終日で、昼前で終わる研修後にそのまま東京に行く予定だったのを栃木から来たという女性の車に乗せてもらえることになった。前の日にたまたま知り合い、そのまま何人かと飲みに行ったので顔見知りではあったけど、まだ既婚者ということ以外はほとんど知らなかった。これはまあどうでもいいが、最近仲良くなる女性の既婚者率がやたら高い気がするし、女性を助手席に乗せる機会はほとんどないが、逆(女性の助手席に乗ること)は最近よくあるなあとぼんやり考えた。

 栃木にすぐ帰る前に横浜観光をするとのことで桜木町のあたりまでとお願いした。下道を約一時間ほど走行したと思う。途中から音楽の話になって、soundcloudからアイカツ!リミックスをかけ続けるよく分からない展開になりつつ。
 一時間ほどの道中の半分ほどは語学、残り半分ほどは小説の話をしていたような気がする。こういう文化的な話をみっちり誰かとするのはいつのまにか久しくなっていて、単純にとても新鮮だった。いかに大学時代の時間がめぐまれていたのかと強く思う。
 でまあ、語学である、語学。英語の勉強をしているということと、韓国語に通じているということは聞いていた。どういう経緯か分からないけど韓国に留学した経験もあるらしい。前職の話もしたが、語学に関しては仕事にというよりは完全に趣味の領域だろうなと思う。
 もっとも、いくらかは男関係、というようだけれど、恋愛による語学の上達ということを実践しているのならばなかなかベタなやり方ではあろうし、そういう人に実体験を交えながら話を聞くという経験は東京にいたころもほとんどなかったから、この点が一番新鮮な会話だった。
 そしてすごく面白かったのは、人柄というかノリの良さ、共感のポイントが近かったからだろうな。マシンガンってほどではないけど、しゃべり続けることに関して抵抗のないタイプの女性は基本的に好きかもしれない。いつまでもずっと隣でうなずいたり、共感したり、時折り質問を投げたりといった感じ。ともすれば受動的かもしれないけれ、どこちらの応答次第でコミュニケーションの方向性が変わっていく、そういうった時間が好きだ。

 小説の話。前日の飲み会でミヒャエル・エンデの『はてしない物語』の話をしていて、ああ、ちゃんと読んでないけど、『モモ』なら実家にあるよ、と返してたりして。「エンデの話分かる人いた、すごい!」と読んでもないのに驚かれて、確かに自分の好きな小説や作家を知ってる人と出会うと興奮する気持ちは分かるなって思った。
 で、そのノリを車中でも引き継ぐような感じになって、エンデの話をずっとしていて。そのあとに「なんかオススメない? とりあえず三冊!」っていう流れになったので、ケルアック『オンザロード』、米澤穂信『さよなら妖精』、柴崎友香『わたしがいなかった街で』を薦めた。
 読んでくれただろうか、とは強く思っていないけど、しばらくあとに今この本読んでるよ!というLINEがとんできて画像を開いたら『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』だったときの感覚はちょっと面白かった。いや、まあ、有名作だし全然いいと思うんだけど、エンデからだいぶ遠くなってないか、みたいな。

 そういえば7月14日、研修の初日が終わったあとに元町中華街から池袋まで直通になった副都心線をひたすらに乗って、ジュンク堂で柴崎友香のトークを聞いたんだった。ちゃっかり『わたしがいなかった街で』の文庫版に日付と名前入りでサインももらった。(単行本のサイン本も持っている)
 自分が暫定で、生きているなかでは一番大好きな作家に会いに行けるというのはとても楽しい。サインはその証明みたいなもので、その人の生の声を聞けるとか、同じ空間にいられるっていう体験は生きてて良かった以外の何ものでもないと思う。サインをもらうときに少し会話もしたし、柴崎は柴崎だなって至るところで感じたし、好きな気持ちがさらに好きになる以外になかった。
 中上健次に関するイベントで、健次の娘である人と、あと早稲田の市川先生がいた。市川先生とすれ違うときに昔講義にもぐってました、一度だけですが、今日は大学の講義のようで楽しかったですと声をかけることもできた。ありがとう、との一言のあとに小さく手を合わせてくれた。つくづくやわらかく、しなやかな人だと思った。
 中上健次はまだ『枯木灘』くらいしかちゃんと読んでおらず、イベントでは基本的に最近出た日本文学全集所収の『鳳仙花』について話が及んでいた。紀州サーガにおけるフサの半生ということで、『枯木灘』のあとにちょうどいいな、と思いつついまだ積んでいる。
 イベントのあとの質疑応答で一個質問したいなと思ったことがあったんだけど、例によって話の長い質問者がいて時間切れになってしまったのは悲しかった。どこにでもいるけど、質疑のときの演説民はほんと困るので勘弁してくれ〜って思った。

 濃密な時間はたいていがあっという間に過ぎていく。だけれど、短い時間だからこそより具体的に思い出すこともできる。ここに書くように、そしてこうして書くことで。
 なにもかもが有限で尊いから美しい、なんて美意識にまで昇華させるつもりなんてないけど、好きなものを好きって言い合うのは楽しいよね、というごくごくありふれたところに落ち着かせようか。

はてしない物語 (上) (岩波少年文庫 (501))
ミヒャエル・エンデ
岩波書店
2000-06-16



P+D BOOKS 鳳仙花
中上健次
小学館
2015-05-25



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