プレゼンでは、相手にとって未知で難解な情報はスルーされ、理解できる情報だけで筋書きが脳内補完されてしまう。それを避けるためにこそ、理解可能な目標や課題、数値が必要になる。

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もうひとつ。プレゼンで大事なのは熱意と情報のバランス。熱意に見合うだけの情報がないと自己満足のバカに見えるし、大量の情報があってもそれを伝えようとする動機が見えなければ退屈になる。「最初の一言」でそのバランスの基点となる「つかみ」を見せるのは可能。

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 チャーリーこと鈴木謙介さんのツイートから引用。
 前にどこかで自己紹介が苦手、という話を書いた気がするが、つまりは自分をプレゼンする、相手に自分というストーリーを伝えるのが難しい、ということなのだろうと思う。
 原稿はとりたてて作るタイプではないが、何らかの発表を人前で行うときに、相手をしっかり意識するようにしているまあ適当に喋ることができるのならそれはそれでいいのだろう。「何がいいのか」を過度に気にしたら本当に言いたいことの半分も伝えられないような気はする。
 だが、相手を意識することで話を組み立てることがある程度できなければ、聞く側はたまったもんじゃない。人の話を聞くという行為が、当たり外れの問題でしかなくなるのは不幸だろう。

 とはいえ、自己紹介はコミュニケーションの一種でもある。会話の出発点にもなりうるというか、初対面の人と会話する場合は自己紹介から始めるのが礼儀とも言えるだろう。
 単なる一方向的なプレゼンでもなければ、お互いの了解が既にあるわけでもない。相互性のきっかけを組み立てられるかどうかという意味では、はじまりもある程度大事なんじゃないかな、と思う。他人の自己紹介とか大して聞いてないし、聞いててもすぐ忘れるという人は多いと思うけども。

 という前置き。御託はこのへんでいいや。
 オフ会、というほどのものではないが秋以降お会いするのはハジメマシテの人とか、会ったことはあるけどじっくり話すのは初めて、という人と対面で会う機会がいくつかあった。
 オフで会う人と難しくもあり面白いのは、どういう話題でどこまでつっこんでいいのか、という会話の距離感のつかみであると思っている。ついったなど何らかの形でネット上でコミュニケーションをとっているとは言え、だからこそ逆に対面でじっくり話をするという機会は非日常的であるから、結構これが難しい。いや楽しいんだけどね。
 まあもちろんあくまで会話を交わすわけであるから、距離感を適度に掴む〜などという気になる女の子と仲良くなる的なコミュニケーションはとらないし、思っていたことが話せたときもあれば、会話の流れに任せつつ盛り上がる場合もあって、さまざまだ。

 最初の引用に引きつけて書くと、こういうときに考えるのは何を話すかというより、どのように話すかである。
 たとえばゼミの友達と話すような感覚で専門の話をしても伝わらない。当たり前っちゃ当たり前なんだが、相手は自分とバックグラウンドも生活環境も違うわけだし、どこまでの感覚が共有可能かはちゃんと話してみないと分からない。
 これはリアルの人と話すときに感じることだが、いわゆるオタク的な話題をどこまで出していいのかはなかなかに難しい。ネットで会う人は興味の有無はさておき、そういう人が普通にいるという理解がある人が俺の場合は多いし、それくらいのことはネット上でのコミュニケーションで把握できるが、リアルの場合は少なくとも知り合っ日がない頃は一番デリケートになる。
 とりたててアニメの話をリアルの人としたいということはほとんどないしさすがにそれは乱暴だが、相手がどのような感覚を持っているかというのは、直接言葉に出ると言うよりはニュアンスとして間接的に出る場合が多い。間接的にディスするとかそんな感じで。特にこのへんはカラオケの選曲問題とかとからんできそうだな、うん。まあ普通に歌ってるけど(ぽかーんとされるが

 この前も取り上げた『未知との遭遇』という本の中に佐々木敦さんが書いていたと思うのだが、未知をわくわくする人もいれば、既知で安心する人もいる。定番の安定感は強い。
 そのようにして話題を選びとりつつ、かつ自分が語りたいように語ることと相手が理解できるように語ることの公約数を見つける。コミュニケーションの大多数はこんなものではないだろうか。そうじゃないコミュニケーションはたぶん??が満ちているだろう。こういうときに勘の良いのはたぶん女の子で、そしてにっこりうなずく女の子は女子力が高いと思う。
 自分が聞く側になるときの話をすると、かつては知らない事実を知る楽しみが多かったが、最近は事実としては知っているが感覚としては知らないことを知るのが非常に楽しい。年下の人とか、遠くに住んでいる人と話すと
きは、相手の持っている感覚はかなり意識する。
 自分と相手の距離感を測っているとも言えるのだが、もっと個人的なことを言うと自分の視野を狭めすぎないように、という意識がある。大学生は結局日頃から交流する人が限定されるし、話題も限られることが多いので殻にこもってしまいがちで、だからネットがあってよかったとは思っている。まあ、ネットでもこもる人は多いのだが。

 色々書いてきたが最近思う自分のコミュニケーション様式、はこんな感じかな。備忘録的にも書いておきたかったのは、大学生を4年間もやっていると変化しているところはかなりあるだろうからである。単純に会う人もだし、話す話題もだし、自分が知っていることと知らないことの差もだいぶ縮まりはしている、はず。10月にもコミュニケーションに関する記事は書いたが、あのときからですら変化はあるだろう。
 コミュニケーションを通じて自分自身がどのように変化してきたのかだとか、自分の思考様式はいまどのようになっているのかというのは、自己紹介の種にもなるかもしれない。いま自分が立っている場所を確認する行為は、これからどこかへ向かうための準備にもなりうる。

 書きながらまとまりの悪さを実感しているが、常時変化する感覚とやらを記述するのってムズカシイネ!ということにしておいてくださいお願いします。
 コミュニケーションが好きなんだな、というのは前からずっと思っているので、もっともっと(相互に)楽しいコミュニケーションをとっていきたい、っていうアピールもしたかったんですよ! 

今日の一曲
school food punishment"How To Go"


前回もsfpだったので、という発想だけど「何百万回泣いて生まれ変わるよ」っていう歌詞は、疾走感あふれるメロと相まってこの曲を象徴している。常に「変化する自己」でありたいですね(キリッ