前の記事の続きを少し。
 やなぎなぎさんのアルバムを手に入れたのは12月23日に行われた「the littele tree」という青山のライブハウスで行われたライブで、である。monoral in the stereos10rwというボカロ界隈のユニットが中心になって組んだバンド)をどちらかといえば目当てに行ったのだが、それはそれとしてあの有名なやなぎなぎさんの歌唱を見られる、というのも楽しみだった。彼女がいたからチケットも一瞬で売り切れたのだと思うし。
 ライブの場合たいてい会場ではグッズなりCDなりが手売りされているわけで、なにか1つせっかくなので買っておこうという思いでながめていた。やなぎなぎさんの同人活動は最近追っかけ始めたので詳しくは知らなくて、「フライリナイト」を手に取ったのは偶然というか、残り1枚しかなかったのでこれは買っておいたほうがいいのではないかと感じ取って購入した。
 当時はかなりの金欠だったので断念したが、タオルも綺麗だったので買っておけばよかったかな、と思っていたりする。

 この前のエントリーで書いた「深遠」が入っているとはそのときは知らない。ただ、ライブで一番印象に残ったのも「深遠」だった。その次は「Cor Leonis」かな。
 たまたま行ったライブでそのあとに惚れ込む音楽を聴くことができ、しかも収録CDを入手できた。残り1枚しかなかったのでこれはなんというか偶然にしては良くできているなあと思う。事前にチェックとか全然してなかったので、複数枚あったら逆に選ばなかったかもしれないし、売り切れてたら当然選択肢に入らない。
 残り1枚しかないCDを偶然手に取る、という確率はどれくらいなんだろうなあ、とぼんやり考えてもみる。

 話題を少し変える。佐々木敦さんの新刊に『未知との遭遇』という本があるのだが、この中で佐々木さんは偶然と必然を運命という話に置き換えて展開している。曰く、起きてしまったら確率は1である。確かに、そりゃそうだ。そしてそれは運命だ、と。
 さらに佐々木さんの主張によると、起きてしまったこと、つまり過去は変わらない。時間改変は基本的にできないから。では未来はどうか。起きるまでは分からない。佐々木さんの区分だと未来については「起きていない」という一点で語れない、とも考えられる。
 だから大事なのは起きたことをどう受け止めるか、であろう。もちろん、受け止めがたいこともあるし、そのために人は後悔したり反省したりする。とはいえ、起きたことに価値を見いだすことや、受け止めることでしか過去は変えられない以上、前には進めない。

 嬉しい偶然もあれば悲しい偶然もある。そのどちらも受け止めよ、というのは結構タフな主張でもある。
 ただ、個人的に佐々木さんのスタンスがずっと好きで追いかけているという事情はあるとして、シンプルで一貫性のある今回の本の主張は非常にクリアで、かつポジティブに思えた。

 やなぎなぎさんの「深遠」に出会えなかった人生は存在しない。
 この事実はすごく魅力的だと思う。完全に個人的でしかないけれど、ふだんわりと社会的なこととか自分以外のことを考えていることが多いので、いま一度自分自身にしかない幸福感のようなものをとらえ直すのもなんかいいんじゃないかな、と考えている。
 なんかいいんじゃないかな、という表現に説得力も何もないかもしれないが、まあそういうことだ。基本的に悲観的で現実志向で、後ろめたさを常に抱えている中で素敵な音楽と出会えるのは単純に素晴らしいと思うし、その音楽と”出会えてしまった人生”を生きていると考えると、またなんとか生きていける気もしている。

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この曲は「あの夏で待ってる」という冬アニメのED曲なのだが、12月のライブが初お披露目だったようである。あのとき聴けてすごくいい、と思ったしアニメも1話がなかなか好展開だった。今後に期待。