アーバンストリートアウトクラトール

2009年06月12日

コウユーキズナ

 ニュースジャパンでもふれられていたが時効廃止(変換で時候廃止と最初でてしまった。手紙の時候の挨拶を廃止しよう、とかではないですよね)について私見を少しだけ。
 関係者が法務省に署名を届けた、というニュースだったが個人としては時効廃止の意図がよくわからなかった。自分たちの関係する事件が時効を迎えるのは避けたいし同じ思いを今後味わってほしくない、というのはわかる(ただ憲法で遡及処罰の禁止があるから仮に廃止されたとしても過去の事件には適用されない可能性が高い)がニュースの中で「廃止されなければ安全、安心な社会は実現できない」というのは少しひっかかった。日本はそれほど安全でも安心でもない国なのだろうか、と。世界的にも刑法犯は少ない国で、その少ない数字ですら減少傾向にある中で上記のような目的を持ち出されても何ともいえないように思う。ここで先進国では〜というデータを持ち出すとしたらちょっと違うかな。

 足利事件で釈放された管家さんも時候廃止を主張しているようだが、時効がなくなり逮捕までに時間がかかった場合は証拠もあやふやになる可能性が高く、冤罪につながるおそれも考慮すべきだろう。DNAだとか確信の高いデータは別かもしれないが。
 管家さんは死刑廃止も主張しているようだ。これは冤罪犯として自分が長年収監された経験が強いのだろうし、冤罪犯が死刑にあってはたまらないだろう。俺は死刑廃止論者ではないが最近の死刑の求刑のされ方がよくわからない。死刑を連発するようでは死刑という極刑という立場があやふやになってしまうのでね。無期でも十分な事件はあると思ってる。前も書いたかもしれないが無期での収監年数は延びていて、25年〜30年でも仮釈放されないのはザラのようだ。管家さんも17年無期刑で収監されていたわけで、40代の頃に逮捕された人が出てくるのは還暦を過ぎてからという現実。それも冤罪だとわかったからで、30年入ってたら後期高齢者になっている、くらいの年齢だからそれくらい長い時間を娑婆とは隔絶した場所で過ごさねばならないというのは(罪の意識を背負いながら)想像に難い。
 時効も死刑もまだまだ議論されつくしてないようなので見守っていきたいと思うが、「司法制度改革」の名の下に早急に実行されないことだけを願うね。
 
 昨日がじーさんの誕生日だった。何歳か覚えてなくで電話したら80歳だそうだ。ついに大台。昭和4年、1929年ってことは世界大恐慌の年に生まれたのか。年月の重さを感じさせられるね。
 俺が80になるころは2070年ですか。想像できないですね。世紀末論争とか起こってるんですかね(まだ早い そんな今はまだ19歳。俺は俺で10代最後の年なので、まあ何事もなく平和な日常を送った先に20の台に乗れたらいいなーと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加
burningday at 00:37│Comments(0)TrackBack(0)days 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
アーバンストリートアウトクラトール