有馬記念予想Prosit Neujahr 2009

2009年01月09日

dreizehn

【テーマ】年賀状、何枚もらった?

 今日になって3枚も入っててびっくりしたのも含めて13枚。メールは大学の友達から1通。今までで一番少ないけど事情はよく分かるような気はする。同年代は香川を出て一人暮らしが多いだろうから今までと違って年賀状を親から買って来てもらうのではなく自分で買わなきゃいけない、その出費は自分が出さなくちゃいけない。そんな余裕はない、とか。必然的に受け取る枚数が少なくなります。
 送られてきたのが男5女8というのを考えると男が面倒くさがって出さないのがよく分かる(失礼 小さい頃から友達間の手紙や日記文化がある(ような気がする)のが女性陣の多い理由、かな。彼女いない癖にこんなにもらっていいのかどうかが分かりません。ありがとう。まあ、いないからこそもらっても全然オッケーなのかもしれないが。
 男女通じて友達の幅が広いのは俺らしいかもしれませんね。だからこそいよいよ彼女ができないのです。今年は作ろう、とも今のところは考えてません。作る、っていう言葉が好きじゃないかな、うん。できたらいいな、とは思うけどさ。まあもう少し時間にゆとりができたら考えよう。

 今年は少ない中でももらって嬉しいものが多かった。っつーのは去年会った人と会ってない人の枚数はそれぞれ3:10ということでほとんどが会ってない人からのもの。中学のときの陸上部の後輩から進路が決まった、っていうものとか中一のころネットで知り合ってメッセにも登録しているのに去年は結局一度も話す機会がなかった人とか。女性陣は長い手書きの文章なども添えてくれて、すごくありがたい気がした。ただでさえ疎遠になっているとは言えしっかり覚えていてもらえているので、こっちも頑張なあかんなと思えてもくるしね。励みになります。不思議なものです。
 もう一つ面白いのは小中高時代の先生からもらったものが5/13枚で、全て子どもの写った家族写真というお話。本当に子どもっていう子どもなので、殺人的なかわいさにこれまた癒やされる( 
 年賀状は贈り物、が今年のキャッチフレーズだったわけだけどそういうのを一番実感したかもしれない。普段会えない人からの一年に一度の贈り物ですよ(というのは場合によってはロマンチックにすぎる気がします

 こういう時代に年賀状を送るという野暮な習慣がどこまで続くのかが分からない。出しても返ってこない人もいっぱいいるし、俺も今年は出す人を少なくしたんだけど、それでも続けられたらいいな、とは思う。返事を期待して出すってのも変だし、俺が確実に出したい人に出せばいいや、と。出さない人が自分にとってどうでもいいとかそういうのでは決してないけど、俺から受け取った人はまあこれからもよろしく、ということで。
 今年は年賀メールを結局作らずじまいだったからこんなのをネットで書いてもどうしようもないんだが、まあいいや。切手シート当たってるといいなあ。  

このエントリーをはてなブックマークに追加
burningday at 01:01│Comments(0)TrackBack(0)text 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
有馬記念予想Prosit Neujahr 2009