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2014年02月23日

困難さに立ち向かうこと、あらがうこと ――木村朗子『震災後文学論 あたらしい日本文学のために』(2013年)


 以前から気になっていたし、各種書評でますます気になっていたこの本を図書館で借りられたので読んでみた。ほとんど一気読み。3.11の震災後の文学(小説を中心としつつ、小説に限らないあらゆる作品を対象としている)をスケッチしながら、作り手たちが直面してきた「困難さ」(とりわけ、書くことにたいする困難さ)のありかを探る。
 筆者は著書の前半で、かつての災い(戦争など)に対しどのような作品が残されてきたのか。また、かつての原子力や核エネルギーに対する想像力はどのようなものだったのかも簡単に振り返っている。3.11以前以後をとりまく議論は多いが、戦後から議論を出発させる視角は良い試みだと思う。まずは振り返らなくてはならないのだ、一つ一つの経験を。
 もう一つ、9.11に対する想像力との比較もなされる。なかでも、映画化もされたサフラン・フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』がとった9.11という事象との距離感についての考察が印象に残った。直接的に9.11を描写するのではなく、やや迂回する形で9.11に対する想像力を端々に織り込み、かつ主人公の少年オスカーの目線で追体験させるという形式は小説的にも(そして映画的にも)非常に魅力的だったのだろうし、9.11とは「そういうものだったのではないか」と時間の経過を織り込んだ上で改めてつきつけてくるのがクリティカルだ。



 小説を中心に、多くの作品が登場する。小説は具体的に挙げるとキリがないが、2011年に書かれたものとしては川上弘美『神様 2011』や高橋源一郎『恋する原発』が俎上に乗り、他方である程度の時間を経て生まれた想像力としていとうせいこう『想像ラジオ』をとりあげる。高橋源一郎にしてもいとうせいこうにしても、このような書き方で3.11を描写したことについて多くの批判があったことだろう。
 その上で木村は、高樹のぶ子が第149回芥川賞の選評で挙げた「蛮勇には蛮勇を」という言葉をとりあげる。『想像ラジオ』はなぜこのような形式で書かれなければならなかったのかを考え、また一定の肯定的な評価を加えるために「蛮勇」という言葉は非常に面白い。
 似たような議論を佐々木敦が昨年末に出した『シチュエーションズ』の中でも行っている。佐々木は和合亮一の「野蛮な詩」が必要とされているという主張を肯定し、さらに詩に限らず求められると言う。
 
その「野蛮さ」とは、単純な意味で「国民感情」と逆立すれば、そう見えていればいいわけではないだろう。「短慮」や「後ろめたさ」や「みっともなさ」だけでないのはもちろんのことだが、「俺だって考えてる」に陥らず、「失語」をも回避するためには、一見「野蛮」とは思えないような、新しい「野蛮」が要請されているのではないか。
佐々木敦(2013)『シチュエーションズ』文藝春秋、p.24

 さて、書くことの困難さについての話に移ろう。本書の中で中心的に議論されていることはいくつがあるが、書くことの倫理からくる困難さについての議論が全体に通底している。その中だと、とりわけ佐藤友哉の主張がつきささる。彼ほどこの事態に対して、作家として、文学を担うものとして痛烈な言葉を発した人を俺は他に知らない。孫引きになるので直接の引用は避けるが、pp.57-58にかけての言葉は非常に力強い。

 木村は「書くことの困難さ」について、本の最後で「どうやら戦後に長い時間をかけて築かれた言論の壁のせいであった」と(暫定的に)結論づける。これはとりわけ第二章で映画『ゴジラ』や『太陽を盗んだ男』、あるいは田原総一朗『原子力戦争』といった原子力文学を一覧した上で得られる結論と考えればよいだろう。
 そしてこれはフランスの書き手たちが3.11について言及した態度と比較した第六章を読めば、非常に分かりやすい。あるいは、木村自身の経験をつづったあとがきを読めばよい。本書のあとがきは「日本人がほとほと嫌になった」と語るカナダ人研究者(木村の友人でもある)の言葉から始まる。本書はこの言葉に対応するために書かれたものでもあると木村はあとがきに記している。大学で講義をする際、積極的に意見を交わす留学生たちと、口を閉ざす日本人学生の差異を気にしたとのことだ。
 こうしたやりとりを読むと、先ほどの「書くことの困難さ」と同じくらい、「語ることの困難さ」が多くの日本人の周りにあったことを思い出させる。いずれも日本の政治文化に由来するものであろう。政治的に語ることは、常日頃わたしたちが忌避していることであって、震災後もそれが維持されている。であるがゆえに、なぜ日本に住むわたしたちはある時期あまりにも身近だった事象について未だ多くの言葉を持つことができないのだろうか、といった現在もなお薄れない問いが立ち上がってくる。

 言論の壁が立ちはだかっている現状とはどのようなものだろう。日本人が日頃から政治的でないという状況もその一つではないか。政治的に振る舞おうとすると周囲に忌避されることも一因だろう。政治は遠く、政治から遠いことがナチュラルであるかのように思っている。
 しかし、杉田敦が『政治的思考』でも触れているように、人が政治から遠ざかっても、政治は人を離しはしない。社会契約に基づく共通のルールの下で日々を生きる以上、政治からは逃げることができないのだ。無視すれば、あるいは遠ざければなおのこと政治は権力を自由に用いることができる。それはめぐりめぐって、少なくとも民主主義社会においては人々にとって大きな損失となりかねない。
 その「語ることの困難さ」を受け入れてしまえば、「失語」に陥りかねない。どうやればこの負のスパイラルから抜け出すのかについては難しく、たった一つの優れたアイデアも容易には期待できない。その上でできることは、どうにかして(倫理的に不当でなければどういった方法でもいいから)「困難さ」に対抗しようと努めること、なのかもしれない。

 小説の言葉は、そうした「困難さ」に立ち向かったり、抗ったりするための力を与えてくれるかもしれない。ヒントを与えてくれるかもしれない。ドキュメンタリーには現実を切り取る力がある一方、小説なら現実以外からも想像力を動員することができる。 
 たとえば木村朗子は本書の終わり近くで、次のように述べている。
 
文学が強度を持つというのは、簡単には単純化されない構造を持つところにある。物語のなかには、作家の意見を代弁する人ばかりが出てくるわけでもないし、いつも複数の価値観やいろんな立場の人間がせめぐように存在しているのであって、ある考えに反した人物が排除されるということはない。だからこそ、清濁のすべてを見渡せる智者として有事のときには作家の発言に人々は期待をするのではないか。
本書 p.237

 あの日からもう少しで3年が経過する。木村が言うように、まだまだ読むべきものはたくさんあるし、まだまだできることはたくさんあると思いたい。少なくとも「失語」に陥らないために、もっと多くの言葉を求めてよいはずだ。








 これは佐々木の『シチュエーションズ』刊行を記念したトークイベントの映像で、震災直後に『311』を撮影した映画監督の一人でもある森達也が応じている。こちらも一覧あれ。




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2012年10月21日

とらえきれないということの先に道標を探す

 去年の11月に卒論研究のインタビューとちょっとしたフィールドワークのために岩手県の一関を訪れた。
 今年の1月に青春18きっぷ2枚分を使って、福島市内や郡山に会津、ほんのちょっとだけ磐越東線に乗っていわきにも足を運んだ。ずっと会いたかった、某巨大動画サイトで出会って以来2年半の付き合いになる某氏に会うこともできた。一緒に食べたラーメンはしみるようにおいしかった。磐越東線のなかでいわきの近くに住むおばあちゃんと話したことは、旅の一幕としてなつかしい思い出だ。
 8月の終わりに、松島町から東松島市へ、そして石巻市をめぐる機会を得た。

 四国出身の俺は東北に対するリアリティをほとんど持っていない。ゼミ生のなかに東北出身者がたまたま3人もいていろんな話はしたし、教科書で地理的なことや歴史的なことは知ってはいるが、せいぜいその程度でしかない。
 3.11以降、何かをしたい、とはずっと思っていた。所詮学生かもしれないが、「何か」はできるのではないかと。
 しかしながらどこか遠くで「何か」をする前に、まずは何より身近な場所である東京で、他でもない自分の身の振り方を考えなければならなかった。両立させることは不可能ではないだろう。ただ、そんな余裕は2011年の俺にはあまりなかったし、言い訳のようにして遠くに行くことはしたくなかった。

******

 手の届く範囲は限られている。そんななか、東京でやってきたことは膨大な映像を見ることだ。
 NHKを中心に、3.11に関するドキュメンタリーをかなりの数録画した。いくつかはDVDに焼いたので総量は分からないが、いまでもHDDには100本以上の数がある。
 ほかにも、たとえばNHKは毎日平日の2時から「お元気ですか 震災に負けない」という各地域をつなぐ番組で確実に意識しているが、民放が震災のことを伝えるということはほとんどなくなった。良い悪いではなく、もうすぐあれから1年半経つということはそういうことなのだろう。

 以前、「その街の子ども」についてのエントリーを書いたとき、宇野常寛の「巨大なものをどうとらえるか」という言葉を引用した。
 今回、あらためて思うのはあまりにも3.11という現象は巨大すぎるということだ。全体像をとらえるなんて一人の人間にはおそらく不可能だろう。過去ないくらいの死者の数、史上に残ってしまう悲惨さが今でも尾を引く原発事故、いまだ断続的だがやむことのない余震、そして残されて生活している数十万の人々・・・集計的にとらえることでも十分人の無力さを伝えているように見える。そして実際”その場”に立つと、なおさらだ。

 映像を見て何度もシミュレーションはできていた、という部分はある。それに、手元のタブレットはオフラインでもなんとか動いてくれるグーグルマップ先生がある。あの地名の場所にいくと、ああいう景色が見えるのだろう、というある程度のイメージはあった。
 実際、映像で繰り返し見た光景は何度も見た。積み上がったがれきの山、壊れている家、地盤沈下して水がたまっている土壌、所狭しと敷設されている仮設住宅の数々。名詞で語ることは簡単だ。見たことがあったものを、その場にいって確かめた、ということにすぎないのだから。

 こらえられない、と思ったのは、あらかじめ見ていたもののがあまりにも膨大なことだ。
 「巨大なものをどうとらえるか」というのは3.11という事象にこめられた観念的な意味合いでもあるし、何より実際の現場が膨大なことによるのだと、それだって分かってはいたが改めて感じた。映像はあくまでも全体を切り取ったものにすぎない。その、途方もないスケールを伝えるには限界がある。
 いや、限界があるにせよ伝えようと様々な映像を届けてくれたことにまずは敬意を表すべきかも知れない。

******
 
「帰ってきたら誰かに伝えよう」という気持ちが消えていったのは、そのあたりだった。「もしもこれが自分の地元で起きたことだったら」という考えが頭をもたげた。そうしたら、もう冷静に事態を眺めることができなくなった。そこに住む人の気持ちを想像することはできなかった。その事実がよけい私を動揺させた。
「伝えられない、ということ」(これ以上のばかにならないために)

 東松島の沿岸部、正確には浜がある入り組んだ地形の場所に降り立ったとき、なおちゃんさんのこの言葉の意味を理解した。いや、それ以前に体感的に、浜のある場所で生まれ育った自分の15年を思い、こみあげてくる何かをこらえた。ひとりだったらこらえられず、吹きだしていたのかもしれない。
 東松島はちょうど海岸沿いに仙石線が通っている。岸壁もさほど高くなかったので、おそらくオーシャンビューの路線として旅行者や地元の人たちに親しまれていたのだと思う。あれ以来、駅が破壊され、脱線という言葉が似合わないほどレールが壊れた結果、いくつかの区間が動いていない。将来的により陸地のほうにレールを引き直すことで新しい仙石線のルートを作るらしい。何年後のことかはよく分からない。当然だが、それまで地元の人の足は(代行バスがでているようだが)制限される。
 浜で育った15年間を振り返る機会は東京にいるとさほどあるわけではない。ただ、地元を離れたことでより相対化できるようになったし、相対化できるだけの年月も流れた。地元を離れて今年で8年目(うち3年間は高松での生活。県内ではあるが「地元」とは別次元)になるから、この倍の年月を地元の外で重ねると最初の15年間はより過去になる。

******

 話は少しそれるが、『さよなら妖精』のなかで、登場人物のひとり太刀洗万智は市内にある墓地を訪れるシーンでこうつぶやく。「没年が読めるわ。・・・・・・過去って、本当にあったのね」と。この短い言葉にも独特の重みがあるが、この言葉を聞いたあとの主人公守屋路行の独白が興味深い。
おれはこういう場所に来ると、じりじりとした焦りのようなものがこみあげるのを抑えられなくなる。おれ自身は決して名誉欲の強い人間ではない。少なくとも自分ではそう思っている。しかしそれでいながら、ここに葬られた幾千のひとびとを思うと、ただ生きてただ死んでいくことは望ましいことではない、という気になってしまうのだ。(中略)俺は、高度な手法を手にしていながらなにも把握していない。周囲が複雑すぎて、なにから手をつけていいかわからない。ならせめて道標が欲しい。道標が。
米澤穂信『さよなら妖精』(2006年、創元推理文庫、p174)
 
 ストーリーの都合上、守屋の焦りはマーヤというヒロインへと向けられたものでもある。しかし、膨大な数の死の余韻を目の前にしてどう受け止めていいか分からない、という感覚は、今回東松島を訪れて感じたことと非常に似ている。
 津波が残酷なのは、行方不明として処理されている人たちが、埋葬すらされぬまま、つまり死の余韻すら残さないまま消えてしまったことでもある。そのリアリティは数字でしか分からない。
 それでも、土壌や建物にははっきりと余韻が残る。多くの人が流されたのだろうという意味で過去が本当にあったことをいやおうなく実感させられる。

*****

 この週末に、園子温監督の最新作「希望の国」が公開された。南相馬でロケを行い、もう一度原発事故が起きた時の日本を仮想したフィクションに仕立てている。
 他方、現在進行形で避難している双葉町民を追ったドキュメント「フタバから遠く離れて」という映画がひっそりと公開されていることも最近知った。
 わたしたちはまだ、語り足りていないし表現し足りていないのだろう。Too big to failという表現がビジネスの世界にはあるが、3.11はToo big to captureとでも言えばいいのだろうか。

 それでも。それでも、何かを語ること、あるいは表現することによって、それぞれのコンテクストに沿った道標は見えてくるんじゃないか。
 自分なりにcaptureしていくためにまだまだみつめ続けていこうということを、あらためていまは感じている。
 



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2011年04月23日

3.11をあとにして―『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット)をふりかえる

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか
災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか


■1.読み始めたきっかけとか
 地震が起きる前に読み始めた『災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』を3月15日に読了した。最近話題になっていて4刷も決まったという話を聞いて、多くの人に読まれるということは興味深いし、いい傾向だと思う。
 ネット上の知り合いに「バーニングさん、って地震前から読んでましたよね。預言者ですか?」と半ば冗談めかしく言われたがそんなことはなく、読み始めた伏線は色々あった、ということがまず一つ。
 具体的に言えば1年間のゼミの中で災害とボランティアのことや、災害とコミュニティということを指導教員が何度も話題に出していたので(ゼミの中で大きく扱うことはなかったものも)気になっていた。
 あとは、1月に阪神大震災から16年が経過し、そのことを映画化した「その街のこども」(感想を書くつもりが遅れている。どこかで改めて書きたい)を見たという経験が大きい。

 想定外という文面が3.11以降散見されたが、結局のところ日本は台風や地震、津波といった自然災害から不可避なのだということが改めて確認できた、ということにすぎない。今まで何千年も起こってきたことだし、この先何千年も経験することだろう。
 だからこの機会に、大学3年生のしめくくりとして読んでおきたい、と思った。しかも海外の人が書いた文章というのは日本だけをテーマにしていない、という意味でも興味深かったし、読み物として単純に面白そうだ、と思ったのも動機のひとつ。

 とはいえ、だ。もっとダイレクトなきっかけは柄谷行人の書評である。言うなれば、彼こそが預言者だろう→http://book.asahi.com/review/TKY201102080172.html
 本書にはそれこそ今後私たちがどうすべきか、グラウンドゼロから遠いところにいる人が被災地のことをどう見守れば良いのかについて示唆的(あくまで示唆、であることがポイントかな)なことがいくつも書かれている。


■2.本書の内容と着目点
一時的に見いだされる「災害ユートピア」を永続化するにはどうすればよいか、という問題は残る。しかし、先ず、人間性についての通念を見直すことが大切である


 先ほど挙げた書評を、この一文で柄谷行人は締めている。今回も地震直後に人間性を疑うようなデマが多発したが、そうした観念の修正は難しい。
 この本にある事例では1906年のサンフランシスコ地震と2005年のニューオーリンズのハリケーンカトリーナ被害が象徴的で、権力を持つものの「思いこみ」によって無節操な秩序維持が行われた。秩序維持という文脈でなんでもない人が何人も亡くなったという。

 確かに一部では火事場泥棒のような犯罪行為はあっただろう。ただ、ニューオーリンズでは地元のギャングが高齢者や女性を警護し、また略奪行為によって必要な物資や薬品を送り届けた(行為は必ずしも正当化できないが)という。
 「災害ユートピア」とは以前も記事に書いたが市民レベルで巻き起こった利他的で非排他的な交流であり、本書では「地獄の中のパラダイス」とも表現されている。その市民の中にギャングが含まれていることも象徴的であるが、違和感という言葉は通用しない。現場ではそれが最もナチュラルだったのだろう。

 たとえば
「危機的な状況が続く中で、人々は互いを愛していた」(第1章,p94)という言葉も印象的だ。
 岩手や、宮城の沿岸部。それに停電が続く福島や茨城といった地域は仙台より事態はもっと深刻だろう(*1)。テレビで映像を見るだけで想像を絶する。ただ、すでにネット上で多くのムーブメントが立ち上がっていて、2005年のニューオーリンズでもボランティアがネット経由で多く駆けつけたという。
 東京で似たような現象があったが、ハリケーンで家をなくした人々のために20万人の人が自宅に迎え入れたいと申し出た(p381)現象や、「数年間にわたり、延べ数千人の大学生が春休みを利用して(中略)再建を手伝った」(p393)ようだ。おそらく95年以降の神戸でも同じ現象はあっただろう。
 こうした膨大な事例について筆者は「何が可能であるかを、いや、もっと正確に言えば、何が潜在してるかを明白に示してくれている。それは、わたしたちのまわりの人々の立ち直りの速さや気前の良さ、そして別の種類の社会を即席に作る能力だ」(p428)

 「第二に、人々と繋がりたい、何かに参加したい、人々の役に立ち、目的のために邁進したいというわたしたちの欲求がいかに深いものであるかを見せつけてくれる」と述べる。これこそが愛である、とも筆者は述べる。
 さらに従来の社会ではこうした現象は埋没してしまうこと(冬眠という表現が言い得て妙だ)にも触れ、「災害は、世の中がどんな風に変われるかを浮き彫りにする。相互扶助がもともとわたしたちの中にある主義であり、市民社会が舞台の袖で出番を待つ何かであることを教えてくれる」と述べる(p439)
 「世の中はそういったものを土台に築ける」と触れ、前述した”地獄の中のパラダイス”は、「わたしたちが何ものになれるかを教えてくれる」と述べ、「わたしたちがすべきことは、門扉の向こうに見える可能性を認知し、それらを日々の領域に引き込むよう努力することである」と、本書を締めている。

■3.非日常で得た経験を日常へ生かせるのか
 最後に関しては今までとこれからの社会のありかたについて書いているのは興味深いが、少し抽象的で詳細な分析とは言えないしし、それこそ地震を実際に体験した私たちが「今、何が出来るか」については触れていないに等しい。
 ただ、これからの長い道のりを考えた上で参考になる部分は多いし、可能な限り参考にしていくべきだろう。
 自分自身の問題意識に繋げて言うならば、日本はこれから人口減少社会に入るし、地方では過疎がより深刻になるだろう。いずれ自分たちでどうにかするしかない、という局面が訪れても不思議ではない。
 もちろん回避できるならそのほうが幸福かもしれないが、明るい視点を描くより一方でネガティブなことをどうやって持続的な社会設計に織り込んでいくか、ということのほうが現実的に思える。両輪が必要だ。

 3.11の復興に目を向けても同じようなことが言えるんじゃないか。政府や東電による補償や政策展開はこれからなされていくだろうが、一方で政府不信も根深いし東電は信用されてないに等しい。たとえ東電だけが悪ではないにせよ、一度焼き付いた意識は根深いだろうから。
 東北地方は経済的に豊かではないが、愛郷心は豊富な地域だろう。それらを元にソルニットのいうような「土台」を築くことは不可能ではないはずだ。
 特に国や各県の努力により、街並みや施設の復興は時間がかかったらなんとかなるだろう。それと呼応して雇用も回復されるかもしれない。ただ、人々の生活が本当に回復するだろうか?衝撃的な光景や亡くなった人たちを前にして傷ついた心、それに伴うトラウマや残っていく記憶、肉体的にも精神的にも膨大な疲労感。
 これらは見えないし、人によって抱えているものは違う。「復興」という言葉は物理的な意味では可能だが、精神的な意味では終わりのないことだ(*2)

 前述したように、これからどうすべきか、について具体的なことは書かれておらずエピローグにおける希望的な文章も、概念的な記述でしかない。さらに言えば、本書の内容は災害時における一つの側面でもあり、違った側面から見ることも可能だろう(*3)
 ただ、実際行動するにあたって指針を立てたり、政策を考えるときに、支えるべき、助けるべき人たちの人間性や情感に触れるという視点もあっていいのではないか、とは感じた。それは復興という言葉が示すものが現実をとらえきれない言葉であることや、人々が本当に生活や日常を取り戻していくためには、多かれ少なかれ彼らに寄り添うことも必要になってくるだろう。

 さらに、ユートピアという言葉が使われるのも、災害が非日常空間であるからだろう。少しずつではあるが仮設住宅の建設が進んでいたり、政府や東電の支援策が徐々に明らかになってくるというニュースを聞くと、今後日常へシフトしていくフェーズが進んでいくのだろうなと思う。
 だからこそ、これはソルニットの主張でもあるが、ユートピアで学んだこと、実際に築いたものを、どうやれば日常の風景に少しでも生かすことができるのか。その答えについては具体的ではないが、だからこそ考えていくべきなのだろうな、ということは感じた。
 それはパットナムのソーシャルキャピタル論や、コミュニティ行政という文脈で考えることもできるだろうし、また全然別の視点から考えることもできる。今はこうした潮流があるということも本書の最後に触れていて(p429)日常に置き換えて考えるなら、被災地支援だけに留まらず、自分たちの生活や日常をどうやって組み立てるか、にも繋がる。
 その意味でも、本作はもっと読まれて欲しいと思う。あとはこれもさっき書いたけど、日本において災害は常に他人事でもなんでもないという、歴史的な事実をもう一回認識するためにもね。

*0 本稿は3月15日に自分がTwitter上で投稿した一連のツイートを再編集する形で書いた。

*1 一方で、そして既に被災地の1つである仙台ではソルニットが本作で書いているように、人々の利他精神が行為として体現されているようだ→仙台のやさしさに触れた3日間

*2 NHK大阪が2009年に作成した「未来は今 10years old,14 years after」というドラマ風ドキュメンタリーがあって、実際に95年に被災した俳優の森山未來が主演兼ナレーションをつとめている。番組の中で「何が復興なんか分からん」という言葉は本当にその通りなのだろうな、ということを番組を通じて、また今回3.11後の様々な報道を通じて実感した。言葉にしないということは無理だが、複雑な感情を反映するにはあまりにも短すぎる2文字だろう、とは思う。
 ちなみにこのドキュメンタリーの1年後に「その街のこども」がドラマとして作成され、そのまた1年後の今年に映画として公開されている。これもまたNHKが預言したことではないだろうが、16年間が1本の筋をたどっているような気もした。実際現場レベルでは阪神のときの経験が今回に生きていることも多いだろうからね。

*3 たとえば荻上チキはTBSラジオdig(2011年4月21日放送)で本書に書かれてあるユートピア概念や「エリート・パニック」と呼ばれる現象について、コミュニティの儚さ(持続不可能性)やコミュニティが持つプラスの面である「協調性」とマイナスの面である「排除性」について着目することの必要性を語るし、かつ内容の検証の必要性も語っている。参考までにポッドキャストを(一週間限定のよう)→http://podcast.tbsradio.jp/dig/files/ogiue20110421.mp3
 

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2011年03月28日

Your heads only (i think so)

 3つほど並べて書きます。
 一番言いたかったのは最後のことなので、そちらから読んでいただいても大丈夫です。最後が一番文章としてまとまりがある気もするので。
 「Your heads only」というタイトルにしたのは、思った以上に個々人の思考や行動が現象を左右しているから。そしてこれからも左右する余地が十分にある。当然、良くも悪くも。
 といいつつ本当は円城塔の第二短編集にあったお話のタイトルから拝借したのだけれど。

■メディアの有効性と負の効用 
 2週間と少し経って大きな実感としてあったのは、ツイッターに嫌気がさしたことである。これはもうなんとなく分かっていたことなのだけれど、地震後から一週間くらいはかなり熱心にネットに張り付いて情報を得ていたせいか、主な情報源(正確には経由することのほうが多いが)はツイッターだった。
 だがこれもある意味予見すべきだったんだろうけれど、ネット上も大いに混乱していた。いつもは冷静な人でも不安に押しつぶされそうな文章を書いたり、右往左往する人がいたり、情報を小出しにしすぎて何が言いたいのか分からなかったり、拡散希望が多すぎたり、結果として善意が善意には見えなかったり。
 しばらくして情報源のチャンネルをテレビやラジオ、もしくはブログに切り換えたのだがこういう選択肢を持っていて単純に良かったと思う。ツイッターは特性上、あまりにも流れが速すぎる。しかもこれだけの大事であり最初の週末は地震関連以外の話題は皆無に近かった。このような状況で情報を適切に得られるわけではないので、何人もの人をリムーブしたし、基本的に頼らないようにした。
 もう1つ、頼らない理由は自分の普段のツイッターの使い方ではないから。あくまで「あの人からはああいう情報を得たり会話することができるだろう」と思ってフォローを増やしているので、基本的には自分の思惑というか期待があって初めてフォローしている。つまり期待とは全く違うツイートを積極的に読む気にはならない。追っかけるだけで精一杯なので勘弁してくれ、という感じだった。

 そんな中で今回威力を発揮したメディアは間違いなくNHKと一部のラジオ局だった。前者はテレビだけでもチャンネルを多く持つことから積極的に使いわけをして(とは言っても当初はBS3チャンネル分が全部同じ放送だったりしたんだけどね)いたし、ネット配信のスピードも速かった。手話配信、英語配信も他局の追随を許していない。
 そしてラジオである。災害の時はラジオを持ちだそう、とは小学校のころから教わっていることだが、まずミニコミとしてのコミュニティFMや地方のラジオ局が情報を熱心に届けたらしい。東京にいる限り伝聞でしか知ることができないが、周波数を獲得して自主的に情報を発信するコミュニティFMもあったようで、従来のコミュニティFMの理念を超えてコミュニティや地域に根ざそうとしている様は感銘を受けた。ラジオという古典的ではあるが、シンプルなメディアというのは受信者にとって利便性も良く、また情報の出し手は発信の方法をまだまだ考えることはできるのだということが改めて分かった。
 ツイッターもそうなのだけど、メディアとしての情報発信がDIYでできる時代がもう既にあるのであって、情報の受け手にはそれぞれデジタルディバイドがあることを考えると(特に災害時のディバイドは平常時のそれとは質が異なるだろう)27日放送の文化系トークラジオLife/tbsラジオで津田さんが言っていたように情報の出し手と受け手をつなぐ何らかの取り組みは必要になるだろう(*1)なあ、と感じた。チャンネルが多すぎて発信側もちゃんと届いているのかどうかが分からないし、同じように受け手もどの情報を選択すればいいのか分からない。
 ツイッターにはRTという仕組みが情報のフィルタリングを平常時では果たしてきたのだが、災害時にはRTが連発されたりデマも飛び交うなど、負の効用が目立ったのも事実。ツイッターを使っていてこんなに「疲れた」のも初めてだった。

■「素朴な恐怖心」というやっかいなもの
 これは端的に原発について、である。じゃあ果たしてどこから何故わき出るものなのか、と。
 理由自体ははっきりしていて、「解の不在」と、そのことに対する「飢餓的な渇望」だろう。みんな正しい情報や答えを求めすぎであって、今現在起こっていることは基本的にほとんどグレーもしくは辛うじて白黒ついていることが大半なのだから、一つ一つを精査するか、もしくはそうした行為からトンズラを決め込むくらいしかない。トンズラを決め込んだ人間から迷惑を被るのは嫌なんだけどね。

 また、学部の同期でもある(会ったことはないけど)なおちゃんさんが核心をつくような文章を書いていたので引用します。
 「東京に放射能がくるからこわい」という論調に対してどうしても感情的になってしまうのは、福島のひとのほうがずっとずっと危ない環境にいるのに、東京の私たちが助かることしか考えていないようにみえてしまうからだ


 と同時に、ハチさんの有名な曲「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の歌詞の中にある「しょせんはみなさん他人事」という言葉がよぎった。
 遠いと思っていたことが近くにあると感じる一方、所詮は遠いのだという開き直りも同時に垣間見える。
 土曜の夜にある店で酒を飲んでいた。曰く「福島には住みたくないよなあ」とか「茨城や千葉の野菜も食えないね」とか。
 「だから問題なのは量やどれだけ直接影響があるかであって」などど説き伏せたところで「素直な恐怖」を断ち切るのは無理。ただ、何かこう、腫れ物に触るような感覚がしてならないのが嫌だった。買い占めも、農作物の風評被害も、福島という地名の独り歩きも。ああみんな自分が大事なんだなあ、と。でもそれ自体を否定しようとしたら、じゃあお前は自分のことが大事じゃないのか、と言い返されることだろう。んなはずがないが、でもどこかおかしいと思う。
 
 シンプルな感情としては、福島にはネットで知り合った知人が何人もいるし(東北地方の他の地域よりも知り合いに何人もいる、不思議と)南相馬が出身のゼミ生がいたりするし。当事者ではないが、だからこそ想像するという行為は自分にとってすごくナチュラルな行為。全然他人事じゃない。
 あと、俺が中学のころに地元でSARSが流行したことがきっかけで、結構手ひどい風評被害(*2)を受けた。その年の観光業は大打撃だった。観光業で食っている人が大勢いるのでやるせない思いしか残らなかった。そうしたことを身近に経験したのだから、同じように振る舞えるわけがない。
 不謹慎や自粛ムードにしても、こういった恐怖心にしても、それら自体と向き合っても個人の力では無理だ。福島原発の収束を願うしかないのだろう。もしくは、皆が全てを忘れるか、だ。だが後者の選択に大きな価値が見えるとは思わない。それでもまあ、忘却はいずれ訪れるのだろうけどね。
 
■what is changed and what is not changed, and what will be changing

 端的に、自分の持っている肌感覚としての実感はほとんど何も変わってないのが現状なのではないかと思う。
 東京のごたごたはあくまで停電と素朴な恐怖心(主に原発関連)であって、その2つに大きな差し障りを感じない限り(*3)は日常生活を東京で送ることは全然難しいことでもなんでもない。なんだかんだ今のところ電気は足りているので(節電効果は意外とあるものだ)なおさらそう思う。
 こういった状況で26日の土曜日に六本木ヒルズであったイベントにふらっと行ってきたらめちゃくちゃ楽しかった。自分と同じような感慨を持っている人があの会場には大勢いた、気がする。
 六本木アートナイトが中止になったことによる代替イベントだったのだが、前半ちょっと出遅れはしたものも後半のトークショー「災害とアート、そしてウェブを語る」というのは語ること自体が一種のアクティビズムだったようにも思う。誰もが是とすることではないだろうからね、それこそ「こういう時」において。

 最も変わったことは、誰もが考えるチャンスを得ていて、それを実行している人が少なからぬいるということである。
 ネットではツイッターやブログなどで原発にまつわるあれこれ(科学リテラシー、エネルギー政策など)について盛んに議論が行われているし、1つ前のポストがそうであるように全国規模でNPOや団体が被災地に向けて動いた。
 こうした機運が巻き起こるのは災害時には決して珍しくないのかもしれない。災害とは違うがアメリカは911をきっかけにゼロ年代以降の自国のあり方を決定づけた。

 六本木のイベントのトークショーの登壇者であった椿昇という芸術家が言っていた。
ぼくは生きる不謹慎でいい。生きるってそういうことやろ。経済のことは関係ないけど目の前のことに動いていくのはええことやと思う。

 非常時は続いている一方で、日常があるということの重み。
 変わらないでいられる、という幸福感を多くの人が感じていることだろう。病気になって健康のありがたみに気づくとはよく言うが(というか身をもってさんざん経験しているが)少なくとも東京にいる人間は病気にならずに済んでいる一方、すぐ側に危機がある。
 このバランス感覚を自分や自分たちの人生や今後にどう生かしていけばいいのか。誰もがチャンスを得ている今、ある意味今後大きくこの国のかたちが変わる可能性(*4)を秘めている。

 また他方で、今後変わるか否かはさておい、現状(もしくは過去の経過)を再認識するチャンスでもあるということだ。
 具体的には下の記事に羅列されているが、このような形ではあるとは言え焦点が当たることはポジティブに考えて良いだろう。

震災で世の中が変わったのではなく、現実に気がついただけ

 反面「他の大事なこと」にはしばらく焦点が当たりづらくなるかも知れない。
 たとえばニュースは震災に関する話題が豊富だが、4月の統一地方選挙の話がかすんでいる。
 少なくとも震災に関係しない地域にとっては地元の今後を決めかねない大事な選挙なのだが、自分が住んでいる東京ではひっそりと選挙戦が行われているにすぎない印象がある。
 これはこれでひっそりと誰かが当選しそうでこわいよね。投票率どうなるんだろう、とか。
 
 大きなことに関心が向くのは必然だとしても、日常生活を送ることの出来る限りはそれぞれが普段から持っている問題意識や目的を洗練させていったほうが、たぶん本当の意味で「日常」を続けていくことになるんじゃないか。
 そうしていった先に、自分の関心が大きな関心に結びついたら気持ちいいだろうね。はっきりとした形でなくても、繋がりや行為を生み出せるのならば。
 オバマの言っていた「we can change」が象徴的だけれど、個々人の行動の果てに、いずれ私たち自身(we)が変わる可能性を、どこかに。 

 そのためにwarm heart,cool headでいたいよね。頭まで熱くなっている人が、特に震災直後はけっこう多かったので。こういうときこそ、冷静な判断が生きるよ。たぶん。なんてね。
 

*1 津田さんは声かけが大事であると言っていた。あくまで災害時に成すべきこと、という文脈なのかもしれないが、当事者にきちんと届けるという意味ではアナログで人伝いというのも重要な役割かもしれない。

*2 たとえばこの記事→http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tuiseki/213/

*3 とはいっても西武新宿線は私鉄の中でもかなり電力に関して弱いようで、本数がまだまだ少ないし準急と各停しか走ってない。計画停電開始直後は各停が10分おきに来るという事態だったのでさすがにキツかった。あんな満員電車はもう嫌です。でも数日すれば解消されるあたり、意外と東京はタフなのかもしれない。一応震度5以上の揺れはあったのだけどね。

*4 もちろん「変わらない」という選択肢もあっていい。変わらないのを選ぶのも、一つの勇気だろう。

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2011年03月20日

震災支援のための食品・物品寄付 #prayforjapan

震災支援のための食品・物品寄付
http://cultural-typhoon.com/support/

 昨日俺が参加してきたプロジェクトです。早稲田の関係者とちょっとしたつながりがあるので宣伝してみるなど。
 東北大学の坂田邦子先生と、NPO法人ハーベストジャパンなどを通じて物資が東北地方に寄付されるようです。
 東京では早稲田大学早稲田キャンパスの16号館(教育学部の棟)で今日明日、午後2時〜4時まで受け付けています。
21日(月)の受付が中止になり、26日(土)に延期されたようです


大きな地図で見る

 寄付可能な物資は
——————————————————————————————-

最優先食品・物資

・ 米、缶詰、レトルト食品(賞味期限内のもの)
・ カセットガス、電池、ホッカイロ
・ 赤ちゃん用紙おむつ、粉ミルク、離乳食、高齢者用紙おむつ(未開封のもの)
・ 生理用ナプキン、トイレットペーパー、ウエットティッシュ、マスク、簡易トイレ(未開封のもの)
・ 消毒薬、絆創膏などの外用薬(未開封のもの)

——————————————————————————————-

食品、飲料(未開封で賞味期限内のものでお願いします):
非常食、哺乳瓶、カロリーメイト、飲料水用ポリタンク、など常温で保存できる食品すべて


衛生用品、医薬品(未使用、未開封でお願いします):
耳栓、イヤホン、アイマスク、浄水器、ティッシュペーパー、生理用品、応急セット、うがい薬、石鹸、水のいらないシャンプー、など


炊き出し用品(未使用、未開封でお願いします):
紙皿、紙コップ、プラスチックスプーン・フォーク、割り箸、サランラップ


キャンプ用品(未使用、または通常使用可能なものでお願いします):
固形燃料、キャンプ用なべ、ランタン、ブルーシート、レジャーシート、ロープ、懐中電灯、ロウソク、ライター、缶切、栓抜き、小型ナイフ、ビニール袋、電子ジャー


その他:
(未使用)
新品の下着、タオル

(数回使用してのみできれいなもの)
毛布、寝袋、軍手、ヘルメット、スリッパ

(ポリタンクに入れて下さい)
軽油、灯油

——————————————————————————————-
ココマデ:セカンドハーベストジャパンのサイトより引用(http://www.2hj.org/index.php/news_j/disasterrelieffooddonations

 都内で今日明日の2日間お時間のある方はふらっと早稲田まで行ってみてはいかがでしょうか?
 

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2011年03月11日

東北地方太平洋沖地震に関する情報ソースに関するまとめ #jishin #prayforjapan

最終更新:3月12日午前0時49分
※リンクは時間が経つとアクセスできない可能性もあります。
また、最後の更新後に動きがある場合もありますので、最新の情報でないことも了承下さい。

【情報収集】
[文字]
気象庁 http://www.jma.go.jp/jma/index.html
NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/
日経新聞電子版 http://s.nikkei.com/eAsg2G 
(有料会員でなくても閲覧可能)
Google Crisis Response http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011.html
東北地方太平洋沖地震まとめwiki http://www46.atwiki.jp/earthquakematome/

[映像]
Aljazeera(English) http://english.aljazeera.net/watch_now/
NHK http://www.ustream.tv/channel/nhk-gtv
TBS http://www.ustream.tv/channel/tbstv
フジテレビ http://live.nicovideo.jp/watch/lv43019860
(ニコニコ生放送経由、アカウント不要)
Twitcasting http://twitcasting.tv/lalastream
ニコニコニュース「地震速報」 http://live.nicovideo.jp/watch/lv43004420
(ニコニコ動画のアカウント不要)

[音声]
ラジコ  http://radiko.jp/ (エリア内のみ)

【避難、帰宅困難者用】
全国避難場所一覧 http://animal-navi.com/navi/map/map.html
→あくまで一覧なので、詳しい避難場所については各自治体のホームページや災害マップなどを確認したほうが確実かもしれません。
宮城県避難場所一覧 http://www.pref.miyagi.jp/kikitaisaku/wagayade/hinan_bashoshin/hinan_top.htm
東京都内避難場所 http://bit.ly/tokyohinan
(有志によるGoogleMapを利用したまとめ。どこまで確認がとれているかは分からないので、あくまで参考として)
横浜市と川崎市、公共施設を開放 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110311/t10014608701000.html

woman excite 帰宅困難者の心得 http://woman.excite.co.jp/lifeplanning/special/rid_20853/pid_2.html
NAVER 地震に遭遇したときの対応マニュアル http://matome.naver.jp/odai/2129850837113580401

※その他宿泊可能施設(首都圏)
株式会社プラスティー 東京都新宿区揚場町2−16 中嶋ビル 3F(TEL:03-6280-7230) http://twitter.com/Akihiro_Shimiz
東京国際フォーラム(一部開放) http://twitter.com/j00504ki
Dommune 渋谷区東4−6−5サンライズビルB1F/03-6427-4533 http://twitter.com/DOMMUNE

【電車等運行情報】
・JR西日本、JR北海道も一部運転できず。
・JR東日本と首都圏JRは日中運行停止 http://s.nikkei.com/ftTuXz
・都営地下鉄、東京メトロは安全確認のため運行停止。復旧には時間がかるみこみ(NHK速報 17時58分)
→東京メトロ銀座線が全線再開、メトロ半蔵門線が九段下〜押上間で再開(NHK速報、20時48分)
→全線運転再開。区間が限定されている場合もあり。終夜運転の見込み(0時50分)
→他の路線や都営地下鉄も随時再開の見込み。
cf.東京メトロ運行情報 http://www.tokyometro.jp/unkou/
・都電荒川線は運行中 http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/toden/diainfo/pc/unkou.html
・東北、上越、秋田、長野新幹線は日中運行停止。明日はまだ不明。東海道新幹線(東京大阪間)は運行停止で復旧の見込みなし。(NHK速報 18時00分)
・首都圏私鉄
→西武線(池袋線は池袋〜飯能間、有楽町線以外で終夜運転)、京王線、多摩都市モノレール(運行時間延長の見込み)が再開(tbsラジオ、22時45分)
→東急が再開(同上、23時05分)
→小田急、京急、東京モノレール、日暮里舎人ライナーは日中停止。(同上、22時45分)
http://s.nikkei.com/e2zBEz

NEXCO東日本 http://www.e-nexco.co.jp/pressroom/press_release/kanto/h23/0311d/

【安否確認】
Google Person Finder
http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja(日本語)
http://japan.person-finder.appspot.com/(English)
日経新聞 安否確認ダイヤル使い方 http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819499E3E3E2E28B8DE3E3E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2
→安否確認の電話は「171」から。「1」で録音、「2」で再生、そのあとは音声案内に従う。
→伝言板は携帯電話のトップページから
au http://dengon.ezweb.ne.jp/
docomo http://dengon.docomo.ne.jp/top.cgi
softbank http://dengon.softbank.ne.jp/
e-mobile http://dengon.emnet.ne.jp/
NTT東日本災害用ブロードバンド伝言板 https://www.web171.jp/top.php

【ツイッター】
[アカウント]
@asahi @asahi_tokyo @nhk_news @NHK_PR @nikkeionline @TOKYOMX @earthquake_jp @FDMA_JAPAN @inosenaoki(東京都副知事)
@AomoriPref @HachinoheCity @fmiwate @kahoku_shimpo @aizuwakamatsuct

[ハッシュタグ]
#nhk #jishin #jisjin #miyagi #tsunami #prayforjapan #hinanjo j_j_helpme #311care

※メディアのソースは比較的信頼していいと思いますが、ツイッターはデマが拡散している場合もあるので、個人アカウントの発信の場合可能な限りソースを確認することをすすめます。
*I think that newssources from mass media are almost right, but information from individuals is not always right.So, I think you should recognize the source of information as possible as.

【その他】
・マグニチュードは8.8〜8.9の模様
・全国的に余震が依然続いています。(17時36分)
・携帯電話は帯域制限がかかっている模様。自宅用電話にも制限が(NHKの速報より)
・東北6県にて公衆電話が無料開放中(都内など関東地方では無料ではないようです)
http://s.nikkei.com/fvKDUE
・太平洋側は全国的に津波のおそれあり。瀬戸内海や東北地方の日本海でも津波注意報が。


*further reading
災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか
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災害福祉とは何か―生活支援体制の構築に向けて
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