Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

2023年06月



見:イオンシネマ綾川




 原作を読んだのは約5年前なのでかなり忘れてていたが、思った以上に「ケアする兄」の要素をうまく出していた映画だった。兄が全部背負わずにうまいこと周囲の人間を頼るのはいい作り方で、原作のレビューでは「チーム花楓」という表現をしているがその形をどうやって構築し、広げるかが映画の展開にも良い影響の与えていたように思う(そもそも兄である咲太ってヤングケアラーじゃんということも同時に思い出した)。

 「ケアする兄」である咲太は、自分だけで妹の傷、あるいはトラウマといった問題に向き合わない。病気の妻のそばにいるため別居している父(「ケアする夫」である)が今回頻繁に登場するのは、多くの場合アニメやライトノベルで影の存在であり、ほとんどいないかのように扱われる「主人公の両親」は普通にちゃんと存在しているぞ、というメッセージでもある。

 映画の尺の関係もあってか、「おでかけシスター」という要素はあまり生かされていない。原作の持ち味としては、普段自宅にひきこもっている花楓の行動範囲を少しずつ広げ、最終的に高校入試までたどりつけるように、という構想と実践があったわけだが、その部分はかなり圧縮されている。その代わり、前述した「チーム花楓」の構築プロセスがこの映画の主眼となっている。

 花楓を支えたいという気持ちが多くのキャラクターに少しずつ共有されることで、花楓は一歩を踏み出そうとする。しかしそれは同時に、本心を隠したままでもあった。花楓がかえでだった時代の経験と、いまはかえでではなく花楓であるという分離を、どのように処理すればよいのか、その答えを先送りにしてしまうからだ。

 あえて群像という表記をこのエントリーのタイトルに使ったのは、花楓を支える周囲のキャラクタータチは、同時に自分自身とも向き合う必要があるということ、そしてそれは青春期にあるべき課題や葛藤であり、成長の過程でもあるんだろうな、ということが映画で表現されているからだ。咲太は花楓にとって優しい。でもその優しさは、常に花楓にとって正しいわけではない。咲太が兄として振舞おうとすればするほど、花楓は逆に傷つくかもしれない。

 もちろん咲太も自分の限界はよく知っている。だから豊浜のどかや広川卯月と言った、自分にはできないことをできるキャラクターの協力が必要になってくる。では豊浜や広川は、花楓を支える(あるいはケアする)キャラクターだと言えるのだろうか。個人的にはもう少し、相互作用的に見たほうがいいのだろうなと思った。花楓をケアすることは、豊浜や広川にも何らかの形で還元される行為なんだろうなと思えたからだ。とりわけ、咲太を含めた4人で海岸で語り合うエピソードは、この4人の間で起きている相互作用をきれいに表象しているなと感じた。

 次回予告のようなラストはご愛嬌といったところだろうが、今回は「花楓の姉」的な役割を果たした桜島麻衣が、次は自分とその家族と向き合わなければならないことはすでにここで示唆されている。様ざまなキャラクターを通して現代的な家族の形や青春期の群像を示すこのシリーズがまだ映像で見られるのは個人的にはとても嬉しいので、もう少し、楽しみが増えそうだ。
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 いつも5本紹介するが今回は絞りきれなかったので6本紹介します。地上波、BSごちゃまぜだけど全部NHKなので一部の番組はオンデマンドでも視聴可能(リンクを貼っています)。オンデマンドで見られなくてもBS世界のドキュメンタリーなどは今後再放送があるかもしれないので、その時にチェックしてもらえると嬉しい限り。

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◆BS世界のドキュメンタリー「大量収監 急増する女性受刑者 〜アメリカ・オクラホマ州〜」(2023年3月8日)



 アメリカは犯罪大国で受刑者の数も先進国では図抜けて多い。というのは一つの事実だが、この番組を見ていると意図的に受刑者を多く生み出しているのでは? という疑問を抱く。保守的なオクラホマ州という政治的な文脈を取り上げながら、同じ犯罪や暴力を行っても男性に比べて女性の方が不当に扱われているという事態を検証していく。この事実(作られた女性受刑者の存在)に向き合う良心的な議員も登場するが、そうした議員が多数を占めるか、あるいは知事が誕生しなければこの現実は容易には変わらないのではないか、という無力感も味わうことになる番組だった。

◆NHKスペシャル「海辺にあった、町の病院 〜震災12年 石巻市雄勝町〜」(2023年3月11日)





 3.11から今年で12年になるが、NHKがこの時期に意識的にドキュメンタリーを作り続けることは改めて大事だなと思った。記憶がどんどん薄れていく中、このドキュメンタリーに登場する病院のように自分のまだ知らない被災地のリアリティがあることは、3.11がどれだけ広い範囲を襲った災害だったかを改めて感じさせる。亡くなった人のことを冷静に振り返る患者遺族もいたことを見て、時間が経過したことで話せるようになったことも多くあるんだろうなと感じた。職員を責める患者遺族は登場しない(むしろ高台に逃げられるのに亡くなった職員に同情する人もいた)一方で、亡くなった職員の遺族の悲壮感は消えていない。「一生懸命やったけれど最悪の結果になった」、「家族が負った傷は一生治らない」と受け止める職員遺族もいて、この差は非常にシビアだと感じた。

◆NHK松山「ぼくたちが"家族"になるまで〜離島中学・生徒寮の1年〜」(2023年3月24日)



 NHK松山の制作なので最初は四国ローカルの放映だったが、BS1でも放送されたいたので全国でも見られたドキュメンタリーだったと思う。中学生の集団生活ってどう考えても難しいことばかりだよな〜というイメージはあったものの、大きなトラブルというより小さなトラブルをどうやって乗り越えてゆくのか、そして寮生とされる遠方からやってきた仲間同士の絆がどうやって形成されるのかといった、等身大で素朴な視点で最後まで構成されていたのが良かった。

◆BS世界のドキュメンタリー「ペレinニューヨーク サッカーの王様 最後の大舞台」(2023年4月3日)



 サッカーの王様ペレが晩年アメリカでプレーしていたことはこの番組で知った事実だった。いまでこそMLSがアメリカでも人気を博しており、女子サッカーの代表チームはオリンピックやワールドカップを制覇しているほどだが、当時のサッカー人気がどれほどだったのかをよく知らない。それでもペレが来る、というだけで地元やメディアが沸きに沸いたことがこの番組からよく伝わってくる。昔のことを、つい最近の出来事かのように興奮して話す当時の関係者や目撃者の証言がとても楽しい。

◆BS世界のドキュメンタリー「秘密の文字 ―中国 女書(にょしょ)の文化を伝えて―」(2023年4月17日)



 韓国のフェミニズムは本(フィクション、ノンフィクション問わず)や映画、ドラマなどで頻繁に日本にも伝えられるようになったがこのドキュメンタリーは中国における草の根のフェミニズムを描いた良質なドキュメンタリーだった。フェミニズムという言葉は直接使われていなかったと記憶しているが、日本以上に強い家族主義の伝統の中、主に家庭内のケアを担う女性たちの間だけで紡がれてきた文字があったことは初めて知ったし、その歴史とリアリティを丁寧にたどる番組構成も良かった。


◆ETV特集「魂を継ぐもの〜破滅の無頼派・西村賢太〜」(2023年4月29日)





 ETV特集は時々作家を特集する回があるが(大江健三郎の追悼を意識した再放送もあった)、西村賢太回はなかなかに見ごたえがあり。彼の小説と彼の人生をリンクさせながら、七尾の地に眠る西村のお寺まで取材に行くのはNHKらしいところ。住職に頼み込んでまで藤沢清造の眠る七尾の墓地のすぐそばに自分の墓を建て、実際にそこに眠る西村の人生は本当にシンプルで一貫しているなと、改めて感じた60分だった。

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見:イオンシネマ綾川

 野球日本代表、いわゆる侍ジャパンのドキュメンタリー映画はこれまで2本作られている。前回のWBCをドキュメントした2017年の映画と、稲葉ジャパン誕生から2019年のプレミア12制覇までを描いた映画だ。前者は見たのだが後者は見ておらず、という前提で今回の映画を振り返ると、分かりやすく主役が用意された映画だったなと感じた。とはいえ監督は三木慎太郎、JSPORTSが映像を提供し(おそらく)、アスミックエースが配給するこれまでの形式の延長なので、WBC決勝から数カ月での公開になったのはもはや慣れたものだなと感じた。

 ドキュメンタリー番組は画面全体をどうストーリーとして描くかが重要なので、特定の個人に焦点を当てることはむしろドキュメントの幅を狭めることになる。なので、誰に・どこに焦点を当てるか、そのバランスをどのように変えるのかが重要だと思っている。その点、この映画は本当に分かりやすい。栗山英樹という稀有な監督の存在がまずいながら、彼は究極の黒子に徹する。主役は選手であり、コーチたちなのだと。

 選手としての主役は、もちろん最後の最後に一番おいしいところを持って行ったのはこの映画のタイトルにもおそらく影響を与えている大谷翔平だろう。これはもう、野球ファンでなくてもそうでなくてもみんなが期待して、期待を全く裏切らなかったという貴重な瞬間を提供した存在である。彼のことが人間ではなく宇宙人とかユニコーンだとか言われるのも理解できなくはないが、この映画は野球中継やニュース映像に映らないバックヤードの映像を膨大に映すことによって、大谷翔平の人間くささを暴いていく。まあ暴いていくというより、単に我々が知らないだけ、ではあるのだが。

 もう一人決定的に重要な存在はダルビッシュ有だろう。これも多くの人が認識しているように、現代日本野球の最高峰の投手の一人である。2020年の短縮シーズンにはサイヤング賞投票で2位の成績を収めた(ちなみに1位の票を得て受賞したのは、現DeNAベイスターズのトレバー・バウアーである)。唯一30代の投手として参加した彼は、高橋宏斗や宇田川といったプロのキャリアがまだ浅い若手選手たちの良き見本となり続けた。全員の兄貴分であり、若手にとってのメンタルコーチであり、村田善則と協働して戦略を考えるバッテリーコーチ補佐でもあった。選手として、選手以上の存在であり続けたことが、この映画が映すバックヤードでこそ確認できるようになっている。

 ダルビッシュから始まり、大谷翔平で終わる。でもその間に目まぐるしく主役が登場するのが強いチームなんだな、ということも改めて感じた。ギリギリの合流になったにも関わらず持ち前の明るさですぐにチームに溶けこみ、攻守ともにファインプレーを連発したラーズ・ヌートバー。彼の不安や練習風景も、映像にしっかり収められている。特に鈴木誠也の不参加が決まり、外野全ポジションで出場する可能性が浮上したヌートバーにとっては、初めての代表参加のわりに責任が重すぎる(しかも一番打席数が回ってくるリードオフのバッター!)。その責任をどのように感じ、どのように克服したかも、この映画の見どころだ。

 そしてやはり重要なのはやはり源田と、佐々木朗希になってくるのだろう。源田は主役というより脇役かもしれないが、日本一のショートとして参加した彼は簡単には替えが利かない存在である。源田自身がそのことをよく分かっていることが、バックヤードの映像で彼が語る言葉や表情を見ていて痛いほど伝わってくる。そして佐々木朗希。3月11日の先発登板も、準決勝メキシコ戦の挫折も、いずれもが彼の野球人生にとって大きなものになったはずだ。通常カメラの前ではお茶らける表情も良く見せる彼が見せた涙や怒り(自分自身の不甲斐なさに対して)は、この映画のカメラだからこそ映し出したリアリティである。

 映画のほぼ半分はアメリカ編になっているので、あのメキシコ戦とアメリカ戦を映画館で追体験できるのはそれだけでも十分に楽しい、そしてずっと書いてきたように普段なかなか見えないバックヤードの映像は、野球ファンの琴線に触れるものが多くある。それだけの価値がある映像の集まりである。そしてまだWBCの興奮が醒めてない時期の公開ということもあり、誰が見ても満足度の高いドキュメンタリーになっているはずだ。



 あいみょんの、新曲ではないが確かに何かが確実にリンクするこの曲を主題歌に採用できたのもかなりビッグヒットなんじゃないかな、と思った。あいみょんファンの佐々木朗希は果たしてこの映画を見ただろうか。

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