2020年08月

2020年08月22日

目に見えない巨大なものと、親密さの複数性 ――『はちどり』(韓国、2018年)





見:ホール・ソレイユ

 今年観た二本の韓国映画、『1987』と『国家が破産する日』のほぼ中間の時代という認識を持ちながらこの映画を眺めていた。社会全体が変動の空気に包まれていた80年代が明けたが、かといってすぐに明るい未来はやってこない。男尊女卑や家父長制など、いまもまだ韓国に残るこれらの慣習(日本も他人事ではないが)は、この映画でも色濃く描写されている。こういう社会では、子どもの、とりわけ少女の立場というものはあまりにも弱く、儚い。それが特別な季節であったとしても、だ。

 ウニと呼ばれる中学二年生の少女の目に映る1994年とはどういうものだっただろうか。もちろん、時代という巨大なものを直接的に描くことはしない。クライマックスは別として、多くのシーンでは時代を象徴する出来事、例えばアメリカワールドカップ(日本はドーハの悲劇で出場していないが韓国は出場している)も、北朝鮮の金日成主席の死去にしても、少女の目にはテレビに映る出来事の一つでしかない。それよりも彼女にとっては、友人や後輩との語らい、彼氏との小さくて幸せな時間、カラオケ、クラブ、たばこや万引きといったちょっとした悪事などなどが、生活を形作る。

 その生活は、ひとときの楽しさや歓びがあったとしても、基本的には息の詰まるような日々だ。だから女友達や、学校の後輩、別の学校の彼氏などとの親密な時間はとても大切で、そこが優しい時間であってほしいとウニは望んでいる。それは半分は満たされるが、半分は満たされない。様々な事情や、あるいは権力的な構造が、ウニにとっての優しい時間を侵害する。彼女は親密さを単一な関係性(たとえば異性愛)ではなく、複数性を持つものとして手に入れようとした(同性愛に近い感情を含んだものと、異性愛のいずれをも受け入れる)。そして、そのウニの狙いと挫折の隙間に入り込んでくるのが、漢文塾に新しくやってきた大学生アルバイトの、ヨンジ先生だ。

 ウニとヨンジ先生との間の関係性をめぐる描写と演出がこの映画の半分くらいの意味を占めていると思うのだけど、はちどりを観る前に『1987』を見ていた意味を改めて感じる。あの時代の少し後の物語だけど、希望がたくさんあるというよりまだまだ不安が大きい、韓国社会にとっての過渡期の時代が90年代前半のように思えた。87年の翌年にはソウルオリンピックを経験しているし、民主化というものはそれ自体が、激動な過渡期である。

 ヨンジ先生のキャラクターについて少し言及すると、『言の葉の庭』のように、年上の女教師の魅力と謎を両方兼ね備えた存在でありつつ、ユキノ先生ほど饒舌には語らせないところが絶妙だと感じた。語りすぎてしまうとキャラクターが出来上がってしまうけれど、パンフレットを読む限りいろいろなイメージをヨンジ先生に表象させたかったのだろうと受け止めた。
 
 ヨンジ先生がウニに対して、上から目線で可愛がったり助言をしたり人生相談に乗ってあげるといった上下の関係ではなく、自分自身の苦しみを隠さず、自分が嫌になるときがあってもなんとか最善を尽くし、自分にできる話を分かち合うひとりの仲間のような存在であることを望みました。
 それはウニに対するヨンジ先生の態度というだけではなく、私がこの映画に反映させたい態度の在り方でした(中略)ヨンジ先生の態度は、世界に接するこの映画の態度の反映であり象徴だと言えると思います。
(日本版のパンフレットより)


 彼女は年齢的に70年代生まれで、ウニが94年を覆う巨大なものをみつめていたように、ヨンジ先生は激動の80年代を見て来たし、生きて来た。ソウル大学を休学していることが途中で明かされるが、その経緯や、彼女の本来の学年など、付随する情報は出さない。確かにここは『言の葉の庭』で新海が試みたこと、すなわち年上の女性は一見魅力的に映るが、当事者の立場になるとあくまで弱くてもろい、一人の人間でしかないことがキャラクターに投影されている。そして彼ら彼女らはいまもまだこの社会で、世界で苦しみとともに生きているということは、『82年生まれ、キム・ジヨン』を通してすでに多くの人に知れ渡っていることでもある。

 本当はヨンジ先生もユキノ先生のように涙を流したかったかもしれない。二人とも、少しずつ自己開示をすることで年下の友人と親しくなるきっかけを作った。なぜヨンジ先生は涙を流さなかったか、なぜヨンジ先生はウニとの関係を断ち切ってしまったのか。残された謎と悲しい出来事を思うことが、よりこの時代の韓国社会であったり、この時代に弱い立場で生きて来た多くの名もなき人たちのことを思うことにつながるのかもしれない。



1987、ある闘いの真実 (字幕版)
ソル・ギョング
2019-02-06



国家が破産する日 (字幕版)
ハン・ジミン
2020-04-08












82年生まれ、キム・ジヨン
チョ・ナムジュ
筑摩書房
2019-02-13



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2020年08月12日

【2020年7月振り返り】なぜか強い?ヤクルト、山本昌、俺ガイル完

 引き続きやっていきましょうという気持ちでウーバーイーツは継続しており、なぜか自己ベストだった5月の収入を更新するほどの7月だったわけだが(よく分からないが梅雨のせいだろうとは思う)6月から野球が始まったことによって、注文と注文の合間に経過をチェックしたりラジオで中継を聞いたりするのがとても楽しい。

 そうそう、こういう日常が本当は春先からあったんだということを、つい最近まで忘れていたと素直に思った。しばらくスポーツのない時間が続いていたことに半ばあきらめんような気持ちを持っていたが、始まってみるとやはりスポーツは楽しいし面白いなと思う。逆に一貫して無観客での開催を続けている競馬の世界の努力も本当に素晴らしいと思う。4月に桜花賞、5月にダービーといったように、競馬があることによって季節感を担保できた人も多かったのではないか。ちなみに馬券は当たったり外れたりでトントンです。

 そして6月中旬からシーズンが始まったプロ野球だが、いまのところなぜかヤクルトが強い。強いというより、しぶといというか、去年に比べると簡単に負けないチームになったのかなと思うが、なぜ8月になってもなおAクラスにいるのか、正直よく分からない。



 よく分からない理由は主に二つある。一つは外国人選手の不振である。唯一元メジャーリーガーでありバリバリの守備職人であるエスコバーは30代になっても堅実で華麗な守備を披露している。オープン戦や練習試合では今一つだった打撃面でも気づけば打率が3割に近づいて、最近では山田哲人の休養の穴埋めとして2番を打つこともある。だが、エスコバー以外、例えばイノーアはいまだ勝ちなしだし、スアレスも早々に離脱。マクガフはなんとか投げているが防御率が芳しくない。このような、助っ人が助っ人になれていないのがいまのヤクルトだ。

 もう一つは先発陣だ。開幕時、先発ローテに入っていていまも残っているのはライアン小川だけである。スアレスとイノーアが先述したように不振で、カツオもまだ勝ちがないまま調整中。こうなってくると2軍からの選手に頑張ってもらうしかなく、高橋奎二や高梨や原樹理がなんとか勝ちを拾い、山中浩史もシーズン初先発で8回無失点と好投し、ルーキーの大西や吉田大喜が早くも1軍で、という形になっている。吉田は先日プロ初勝利を挙げたが、開幕ローテの先発陣の離脱がなければ登板自体はもっと後になっていたことだろう。初勝利自体はいいニュースであるが、その背景は非常に複雑である。

 それでもなぜかヤクルトはAクラスだ。8月になって4連敗を記録したが、7月までは3連敗以上を経験しなかった。10回で終わりという規定の影響もあるが、大型連敗からそのままずるずるいってしまいうのは2018年に嫌なほど見た光景で、大型連敗がないのは一つ強さである。2018年はあの連敗(何連敗か思い出したくない)で開幕後のスタートダッシュを帳消しにしてしまい、シーズンをほぼ終わらせてしまった。

 この前、元中日の山本昌が『レジェンドの目撃者』という番組で語っていた内容がヤクルトの強さに通じる気がした。山本昌はエリートを歩んできた選手ではない。それでも40代でのノーノ―と200勝、49歳での勝利、50歳での登板という昭和の往年の選手でも作れなかった記録を達成できた。なぜなのか?

 よくも悪くも、持ち味を生かすしかなかったから、というのが山本昌の自己解釈である。大きな体格であったり、緻密な制球であったり、あるいはキャッチャーのサインには基本的に首を振る素直さであったり。自分自身の持ち味をフルに、かつ効果的に使うことによって選手生命を伸ばしてきた。

 これはいまのヤクルトも同じだ。エスコバーがショートを守り、村上がサードの守備を向上させることによって内野の守備はかなり堅実になった。内野が安定しているとピッチャーはゴロを打たせやすい。守備でのファインプレーが出れば攻撃へのリズムにつながる。ベテランの坂口は外野とファーストを行ったり来たりではあるが、ユーティリティーなベテランが出続けることで若手に対して危機感をあおる役割もあるかもしれない。若手とベテランの関係で言えば青木がキャプテンなのもいい。メジャーに行ってからの青木は、チームのモチベーターとしての役割も担えるようになった。(侍ジャパンでもこの能力は生かされてきた)

 現有戦力をいかに効果的に使うか。それも一人ずつバラバラに考えるのではなく、いかにしてチームとして機能させるのか。特に打つ方に関してはバレンティンが抜けたので、打線にホームランの多さは期待できない。その代わり、打率を明らかに向上させている村上が4番として機能しているように、誰かが抜ければ抜けた分、穴を埋めるための結果を各選手が残しているのが非常に頼もしい。巨人にパーラやウィーラー、阪神にサンズやボーア、DeNAにソトやロペスやオースティンといった布陣と比較すると、まるでいまのヤクルト打線は私立の強豪校に立ち向かう地方の公立校のようでもある。でも地方の公立校が常に私学強豪校に負けるわけでもない。特にプロ野球は甲子園のようにトーナメントではないから、三連戦を一つ負けても残り二つ勝てばいい(もしくは1勝1敗1分けでもよい)
というのは、特定の選手に依存するよりも幅広い選手が活躍できる環境の方が実は結果を残せるのかもしれない。(ソフトバンクの層が厚すぎるように)

 いずれにせよ、そんなわけで遅れてやってきた今年のプロ野球はいつになく面白いシーズンになっている。そして遅れてやってきたといえば3か月遅れて放送が始まった『俺ガイル完』もいまのところ順調に楽しんでいる。原作をおそらくなぞるような結果になるだろうから結末は知っている。けれどもずっと追いかけて来たシリーズがアニメでも完結までたどりつけるのは、なかなか幸福であることもまた感じている。

 そんな感じでようやく梅雨も明けた特別な夏、2020はまだしばらく続いていくのだろう。皆さんもどうかご自愛ください。屋外では積極的にマスク外していこうな。(特に人口密度の高くない地方ではさすがにもっとみんな外してもいいと思う)
 


7月の読書メーター
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