そういえばプライムビデオに入っていたはずだが、見ようとして見るのを忘れていたのがこれ。約100分、テレビシリーズとは全く異なったキャラクターを与えられたアネモネが、彼女の生きる新しい世界を疾走する。忘れたもの、失われたものを探すために。あらすじをざっくりとシンプルに説明するならこういった表現でよいだろうか。

 「ハイエボリューション」としてリメイクされた第一弾となった2017年公開の劇場版は評判がよろしくなく、実際に見たけれどテレビシリーズの総集編という印象しか残らなかった。テレビシリーズ放映時(2005年)から12年も経っているので若いオタクに向けてあえて総集編を作ったのかもしれないが、新作としての期待感が強かっただけに落胆が大きかったのかもしれない。だが本作『ANEMONE』は全く違う。前作が前作だったからか、まったく違うものを新しい視点で見せるということに(半分くらい皮肉かもしれないが)成功している。

 テレビシリーズでは十分掘り下げられなかったキャラクターであるアネモネ、そしてドミニクをメインに据えることで(ドミニクは厳密には助演男優賞的なポジションではあるが)「ハイエボリューション」として新作を作った意図も理解することができた。それはつまり、『エウレカセブン』の世界観の単なる再構築ではなく、「原作」である2005年のテレビシリーズや2012年放映の『エウレカセブンAO』を経たからこそ(さらに厳密にはいわゆる旧劇場版的立ち位置にあたる『ポケットが虹でいっぱい』)作ることのできたリメイクなのかもしれない。

 『ポケットが虹でいっぱい』は名前だけ借りた別世界ものとして作られたが、ハイエボリューションシリーズはエウレカやエウレカAOの延長にある。それは原作の映像を要所で使用しているというマッシュアップ的編集も含め、原作が説明しきれなかったSF的な設定をさらに拡張している点にあるだろう。だから昔からの視聴者は自分含めこの世界はいったいなんなのか?と困惑しつつも、まったく新しい姿で登場するアネモネがそうであるように、変わったもの、忘れたもの、新しいものを探しに行くような気持ちで見ていられる。ディストピア化する世界の中でもアネモネの明るさが失われていないからだ。

 アネモネはドミニクと、エウレカはレントンと、バディシステムのように心が通じ合う関係だ。それでもアネモネは常にドミニクには会えないし、レントンは生死不明であり、エウレカは自責の念に苦しむ。こうした心境を分かりあえるアネモネとエウレカの姿がまた美しい。どことなく綾波レイとアスカがダブってくるが、この二人の間に百合のような関係はほとんどなかった。心を開くようになったエウレカと、自分の気持ちに正直なアネモネとならばそれができる。ここもまた、リメイクされることによって生まれた新しい関係性であり、新しい世界観かもしれない。探しに行こう、二人で。物語はまだまだThere's No Ending.