2020年05月

2020年05月19日

池江璃花子と受容理論、レジリエンス、あるいはCOVID-19下の世界で彼女が生きるということ




 先日NHKスペシャルで池江璃花子の特集が組まれていたので見ていた。約一年前の冬、高校卒業の直前のタイミングに白血病を発症し、競技者としての活動を停止。結果的に来年に延期になったとはいえ、東京生まれの彼女が地元で迎えるはずだった東京オリンピックへの参加が相当厳しい状況になってきた。

 それでも彼女は病室から、あるいは自宅から定期的にメディアを通してメッセージを発してきた。自身のインスタグラムでも発信を続けている。以下に引用するのが昨年12月に退院した際の直筆メッセージだ。


 
 一人のアスリートとして、そして一人の難病患者として。それでも彼女はまだ18,19歳の少女である。そんな彼女が、自身の社会的役割を深く自認するかのようなメッセージを発信し続けることに、個人的には強い驚きを持っている。もちろんインスタグラムのようなソーシャルメディアがあるからこそ、彼女はダイレクトに自身の言葉を発信できる。最近ではウィッグをつけていない、あの長く黒い髪がほとんどない画像のアップもしている。NHKスペシャルでの密着でも、彼女は自分自身をさらけ出すことにとても積極的だった。発病直後の、とても弱くなった姿ですら。

 受容理論というモデルが心理学にはある。障害の受容理論や病の受容理論といった形で使われることが多い。



 中途障害や難病など、心身の状況の変化を受け入れることが困難な出来事に遭遇した時、この理論によればショック期→否認期→混乱期→努力期→受容期といった5つのステップを経て人は新しい心身の状態を受け入れていくようになると言う。ただ、いったんステップが進んだあとに戻ることもあれば、この期間が誰にとっても共通なものとは言えない。ガンなどの重大な疾病の場合、亡くなるまで受容期に至らないままということもあるだろう。

 こうした受容理論の一般的な経過を考えると、池江璃花子はあまりにも早く努力期ないし受容期に到達しているなと言える。若いからだ、と考えることもできるだろう。闘病生活は容易ではないだろうが、回復に至る段階になれば彼女にはまだ残された時間は長い。東京が無理でもパリを目指せばいい。何より早くプールで泳ぎたい。こんな心境をNスぺの映像から感じとることができた。

 ただ、かつて自分自身がそうだったが、病を受け入れるのは相当に苦しいものである。病そのものとの闘いも苦しいが、何より、他人と比較してしまう自分に打ち克つ必要があるからだ。周りは学校に行って元気に勉強したり遊んでいるのに、自分は退屈な病室で飲みたくない薬を飲まなければならない。病院のごはんはおいしくない。何より外で思いっきり体を動かすことができない。5歳や10歳の再発時、病院で考えていたのはこういうことだ。自分だけがなぜ苦しまなければならないのか、といった現実を受け入れることが、10歳の自分には到底難しいものだった。

 もっとも、彼女とて楽だったはずがない。映像の中にもいくつかは映っていたが、そこには映らない彼女の苦しみを想像することはできる。それでも難病と闘う同世代の仲間や、遠くにいるファンや、泳ぎたいという気持ち。起きているだけで体がしんどく、「死んだほうがいいんじゃないか」と思ってしまうほど深く大きく心理的に落ちたあとに、そこからリバウンドする力がなんと強くてすがすがしいことか。

 レジリエンス、という言葉をここ10年ほどでよく聞くようになった。3.11の時にもこの言葉をよく聞いた。退院後、彼女とて例外ではなく同じように、いや、免疫機能が弱まっているがゆえによりリスクの高い形でCOVID-19とともにある世界で生きることになった。それでもなんて彼女はポジティブで力強いのだろうと感じさせてくれたのは、COVID-19の流行を機に減ってしまった献血への呼びかけだ。
 
 彼女は強いから魅力的なのではないと感じた。彼女は自然な姿を見せるだけで、それだけでものすごく魅力的に見えるのだ。やさしさ、ポジティブさ、強さ、弱さ、もろさ。ありのままのいまを見せようとする彼女にどうしようもなく惹きつけられる。同世代のほとんどが味わうことのないような過酷な経験をしたことでもろさ、弱さを知った彼女が見せる新たな表情と言葉が、とてつもなく強く、まっすぐに響く。

 彼女はもう過去の彼女には戻れない。でも彼女の輝きはきっとこれからも失われないし、新しい色になって存在感を示していくのだろう。願わくばまた彼女が笑顔で、そして強くプールで泳いでいる姿を見られることを。あるいはそれが叶わないとするならば、彼女の見つけた新しい道を、人生を。
 
 もうすぐ20代になる彼女の見せる、10代最後に見せるまぶしいまでの輝きをこれからも見続けていたい。


※このエントリーは5月9日に配信したツイキャスを下に書きました。ツイキャスの録音は以下を視聴ください。




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2020年05月03日

1997年の傷痕と、残された夢 ――『国家が破産する日』(韓国、2018年)



見:ソレイユ・2

 予定の調整が下手なので『エクストリーム・ジョブ』を見逃してしまったが97年のアジア通貨危機〜韓国IMFショックを描いている本作は絶対に見たいと思った。アジア通貨危機は日本でも高校生なら習うレベルなので、もちろん現代の韓国人にとっては悪夢であり重要な現代史であるこの一幕は学校でもおなじみの光景だろう(実際に小学校でリアルタイムに教えられるシーンがある)。

エクストリーム・ジョブ(字幕版)
シン・ハギュン
2020-04-10



 返ってこない手形、急速に進むウォン安ドル高(いまのドル円とはスピード感が違う)、減っていく外貨準備高、「不都合な真実」を隠そうと模索する財務官僚と、一刻も早い情報公開と経済立て直しを模索する韓国銀行(韓国の中央銀行)……ある程度金融、財政、為替、マーケットあたりの知見は必要だと思っていたが実際にその通りで、特に後半何の説明もなくIMFの専務理事が一種の悪役として登場するくだりはちょっと笑ってしまった。このあたりを抑えてから映画を見に行った方がいいかもしれない。

金融入門<第2版>
日本経済新聞出版社
2018-02-23



金融政策入門 (岩波新書)
湯本 雅士
岩波書店
2015-01-01



現代の金融入門 [新版] (ちくま新書)
池尾和人
筑摩書房
2014-02-07



日本銀行 (ちくま新書)
翁邦雄
筑摩書房
2014-05-02



 やや個人的な感想にはなるが、序盤のハン・シヒョンにシン・ゴジラの尾頭ヒロミみがあってとても良かった。情報量を早口で畳みかけるタイプ。どこかで読んだ情報では、現実の韓国銀行にハン・シヒョンが演じたようなキレキレの女性がいたわけではないらしい。だがあえて彼女をこのような役で起用したところは、韓国社会の男女間におけるいろいろな構造の変化を読み取れる。
 
 97年の金融危機はその後の韓国社会を形作ってゆくことになる。小さい会社があっさりと切り捨てられたり、対照的にサムスンのような巨大企業がより強い力を握っていったり。社会全体としては経済的に発展したかもしれないが、その内実は富める者がより富み、貧しい者は貧しい状態が強いられたままになる。アカデミー賞作品賞を獲得した『半地下』はその典型的な例だと言えるだろう。

 とりわけ民主化以降はもちろんいくつもの分岐点が韓国社会にあったのだろうけれど、バブル崩壊がその後の30年間の日本経済の形を大きく決定づけたのと同じくらいのインパクトが97年にあったことを、現代の視点から振り返るシーンがわずかながら挿入されているのもよいなと思った。ただの現代史の出来事ではないことを、その巨大なまでに発展した企業や街の姿と重ねることで改めて見せつけてくる。

 もう少し雑駁とした感想を続けると、韓国銀行で重要なポジションを務めるハン・シヒョン役のキム・ヘスが49歳と知って???という感じ。どう考えてもアラサーにしか見えなかったんだが。あと『バーニング』のユ・アインが転生して逆張り投資家として成功しているのも面白かった。でも成功しても喜びに欠けた表情が良かった。個人としての成功がを手にしても社会に向き合おうとするその姿が、現在の韓国社会が見る一つの夢なのかもしれない。勝者と敗者との間の分断を乗り越える夢を。


国家が破産する日 (字幕版)
ハン・ジミン
2020-04-08



バーニング 劇場版(字幕版)
パン・ヘラ
2019-08-07






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2020年05月02日

【2020年4月振り返り】福祉施設休業、原稿、ウーバーイーツ

 4月はCOVID-19の社会的インパクトが一気に深刻化した一か月だったと思うが、個人的には気づいたら5月になっていたという感覚が強い。理由の一つは仕事にさほど変化がないことだ。入所施設の福祉職員であるため、日中の通所施設のように閉鎖や休業という概念はない。日中施設については障害者施設も高齢者施設も800〜900ほどの施設が全国で休業をしているようで(利用時間、受け入れ人数の縮小などを合わせるともっと多いだろう)、高松も例に漏れず通所施設や短期入所の休業や縮小という情報を耳にする。




 こうした状況の変化もあり、自分の仕事は暇になるというよりむしろ忙しくなる。通所施設に通う時間が減った入居者がGHで過ごす時間が増えるのだから、当然である。増えた時そのものへのケアより、感染防止やストレス対策、運動不足対策などいろいろこまめに考えてはいる。いずれにしても、本業は3月よりずっと忙しくなってきた。在宅ワークや自宅待機で暇という人も世の中にはいるようだが、自分がいまの仕事をしている限りそういった人たちと同じ経験をすることはなさそうだ。ただ事務処理や書類作成の一部はクラウドで実施しているので、家で作った資料を職場からクラウドにエクスポートしたりとか、そういうことはこれまでもやっている。

 もう一つの理由が原稿である。二つの本にほぼ同時進行の形で参加していて、一つはまだ公式な情報が出てないのでこちらからは何も言えないが、もう一つはツイッターで普段から絡みのあるセラブルクラスタで作ったSeraphicBlue16周年を記念する同人誌『EVER BLUE』だ。ゲームのリリースとなった5月15日を目指して制作がスタートし、先日怒涛の締め切り追い込みと校正ラッシュを終えて無事
完成の運びとなった。このブログの読者の中にセラブルというゲームについて知っている人がどれだけいるかは分からないが、興味がある方は下記リンクからboothの通販で予約販売が始まっているのでリンクだけでも踏んでもらえるとありがたい。



 短いのも含めるとこの本だけで3本書いており、1つが書き下ろしの小説、もう1つが去年書いて発表したものに加筆修正して大幅に書き直した小説、もう1つがあとがきを兼ねたショートコラムだ。今回は意図的にどちらの小説にも精神医療的要素を入れてみたが、これはセラブルというゲームやそのキャラクターの特性を考えると無理くりではなく自然な形であると思う。宮内悠介のように精神医療を題材にした小説をいつか書いてみたいと思っていたので、二次創作ではあるがそれを実現した運びとなった。たぶんこれまでこの手のネタを仕込んだことはないので、お楽しみいただけるとうれしい。(どれだけの人が楽しめるかは分からんが)

 そして最後、三つ目の理由がウーバーイーツである。高松でも始まるという噂は今年の初頭から流れており(結構いろいろなお店に営業電話が来ていたようだ)あとは開始時期がいつからかが気になっていた。3月25日のサービス開始から一ヶ月ほど経ち、配達件数も100件ほどに到達したのでこのネタだけでブログ一本書けそうだとも思っているから今回は長くは書かない。

 書かないが、個人的なインパクトを少しだけ。まず腰痛が改善したこと。あえてスピードの出るロードバイクではなくternのverge P10(折りたたみのできるミニベロ)で配達しているが時速10〜12キロほどで配達の注文が途切れない限りは走り続けている。最長で一日に6時間稼働したが、その時は63キロというロングライドでもしない限りなかなか見ない数字を一日で記録した。さすがに体力や筋力を考えると現状の限界はこのあたりみたいで、翌日の疲労感が大きかった。

 ただ、これだけ一日で走っていると、夜の睡眠の質がぐっと上がり、これもかなりポジティブなインパクトである。特に去年は継続的に不眠に悩んでいた時期があって(気づいたら改善していて謎なのだが)特に寝つきの悪さをかなり気にしていた。しかしウーバーイーツでこれだけ走ることにより、寝つきの向上と、睡眠そのものの質の改善は心身ともに健康へのポジティブなインパクトがあった。そのため、本業や原稿を抱えながらも「運動」という名目でウーバーイーツを継続したことは、結果的に良かったと思っている。健康でなければ原稿を完成させることはできないが、画面にずっと張り付いていると運動する機会はやってこず不健康だ。そのため、ウーバーイーツというアクティビティをあえて日常の余暇として挿入することで、意外な形で効用を得られた一ヶ月でもあった。

 街で出会った何人かの配達員とも雑談をしたが、現状高松ではインセンティブがほとんどなく(あっても雨の日&週末クエストくらい)報酬単価も東京などに比べると安いため、ネットでよくあるような「ウーバーイーツで自由に稼ごう!」みたいなギグワーカー志望には向いてない。あくまで自分のように余暇時間を生かして生活の足しにすればいいのでは、くらいのレベルのための仕事だろう。

 このエントリー冒頭でも書いたが、4月に入りCOVID-19の影響が高松でも深刻化する中で飲食のデリバリー需要の高まりは肌で感じている。週末になると街にはウーバーバッグを背負った配達員や、ピザ屋や銀のさらの配達員を見かける機会がぐっと増えたように思うからだ。

 ウーバーイーツについては外出自粛需要がただでさえある上に初回クーポンを乱発していた効果もあるだろうから、このGWが明けてからが実際の利用実態を掴むタイミングかもしれない。まあそんな感じで、引き続き「運動」の一貫としてウーバーイーツ活動をマイペースでやっていこうと考えている。



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