2018年12月

2018年12月31日

2018年を振り返らない

 すげー適当なタイトルだけど、いまの率直な気持ちはこういうところです。要は、今年はこういう年だった、というのが無い。とりたてて。前の仕事を退職して、引っ越して、新しい仕事を始め、なんとかそれに食らいつくようにして過ごして、そして空いた時間に膨大に本を読んだ。つまるところ、それ以上に特筆すべきことは無い。我々の業界でよく使われる表現で言うと、特記事項なし、というやつ。

 読んだ小説とか、見た映画とか、そういうのは個別にまた振り返ろうと思うんだけど、自分自身の仕事とか、生活とか、人生とかを考えた時に、何が残されたのだろうかと考えると非常に難しい一年だった。とりあえず給料は上がったがそれは転職したからであって、いまの仕事で求められるスキルにはとうてい及ばない。アラサーではあるが精々一年目の立場でしかないということだ。

 まあそんなことは分かっているから別にかまわないのだけれど、それを抜きにしても人生の選択というのは難しいな、と思う。逆に言えば、それが人生なのだろうということを、自分の身を持って学んだということかもしれない。お金を払っての学びではなくて、いただきながらの学びだったので(仕事なので)ある意味贅沢である。


*******


 考え方を変えれば、自分にとってどのような仕事をするかは思った以上に重要だ、ということも身に染みて分かった一年ではあった。選び取ったものが最善とは限らない。他方で、選べなかったものが最悪でもない。自由恋愛がいいか見合い結婚がいいかみたいな話かもしれないい。どちらにせよ、後の結果は保証されない。皮肉なものである。

 そういう流れで2018年をちゃんと振り返ってしまうと、大いに反省して2019年に生かす、みたいなことになるので、あえて2018年は振り返らない。ただ、いま感じていることをこうやってブログに残しておく。こうすることで、2018年が結果的に自分にとってどういう一年だったかは、未来の自分が判断してくれる、はず。

 思えば去年の年末は神戸で映画『ハッピーアワー』を見ていて、人生のままならなさというものと、でもそれが人生だよなっていうことを寒空の中で感じたりもしていた。それが他人の人生であれ、自分の人生であれ、人生というものは誰にでも平等に訪れる。

 やるべきことは、生き延びていくしかないのかなというシンプルなところであって、2019年はもう少しマシな形で生き延びていきたいと思っているよ。だから今年は振り返らない。その分、これからもうちょっと、人生をいろいろ模索してみたい。このままで留まり続けて歳をとっていくのは嫌だ、ということだけはよくわかっている。はずなので。




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2018年12月26日

2018年11月の読書記録

 11月もたくさん読んだ。まあ普通に仕事はしながらだし、仕事はきつい時期でもあったんだけど、その反動でひたすら本を読んでいたんだろうと思う。青ブタシリーズも気づいたら全部読んでいた。
 mediumには書評を10本アップした。こちらもどうぞ。

11月の読書メーター
読んだ本の数:26
読んだページ数:8497
ナイス数:49

行政学講義 (ちくま新書)行政学講義 (ちくま新書)感想
もうほんとうに金井節って感じ。本当にこの人の精密さはすごい。新書だからか、いままで読んだどの本よりも(金井さんの本としては)読みやすかった。
読了日:11月02日 著者:金井 利之
青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)感想
いいね、いい。とてもいい。 https://medium.com/p/4e8f9179ec9
読了日:11月03日 著者:鴨志田 一
戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)戦時の音楽 (新潮クレスト・ブックス)感想
もう一回読め場別かもだが、あまりストンと落ちなかった。「ブリーフケース」はよかったとおもう。
読了日:11月03日 著者:レベッカ マカーイ
政治の理論 (中公叢書)政治の理論 (中公叢書)感想
議論は非常に難しいが、『新自由主義の妖怪』を経由するとまだ読みやすいかなと思う。アーレントやフーコーや、あるいはスミスから遠く離れてリベラルな共和主義を構想することの現代的意義とはなにか。経済学の一ジャンルとしての政治経済学とはどのようなものか。そもそも「政治」の範囲はどこからどこまでなのぁ、など。そうかハーバーマスもマルクス主義の枠組みからは逃れられなかったんだな、というのは勉強になった。 https://medium.com/p/7df09b784311
読了日:11月03日 著者:稲葉 振一郎
青線: 売春の記憶を刻む旅 (集英社文庫)青線: 売春の記憶を刻む旅 (集英社文庫)感想
味わいがある一冊。ゆっくりと滅びゆく現代史の一幕という感覚。
読了日:11月04日 著者:八木澤 高明
子どものための精神医学子どものための精神医学
読了日:11月06日 著者:滝川一廣
青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない (電撃文庫)青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない (電撃文庫)感想
だんだんクラナドっぽくなりそう。人生だねこれは。次からの新展開も楽しみ。 https://medium.com/p/db723aee40cd
読了日:11月06日 著者:鴨志田 一
文字渦文字渦感想
https://medium.com/p/d009ddb02b2e
読了日:11月06日 著者:円城 塔
経済数学入門の入門 (岩波新書)経済数学入門の入門 (岩波新書)
読了日:11月06日 著者:田中 久稔
五月の雪 (新潮クレスト・ブックス)五月の雪 (新潮クレスト・ブックス)感想
https://medium.com/p/b3cf13465b1f
読了日:11月08日 著者:クセニヤ メルニク
キス (ディアプラス文庫)キス (ディアプラス文庫)
読了日:11月08日 著者:一穂 ミチ
第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)第三帝国 (ボラーニョ・コレクション)感想
https://medium.com/p/1e37410622f9
読了日:11月10日 著者:ロベルト・ボラーニョ
自画像 (双葉文庫)自画像 (双葉文庫)
読了日:11月10日 著者:朝比奈 あすか
光の犬光の犬感想
https://medium.com/p/521a86fb535d
読了日:11月12日 著者:松家 仁之
カミーユ (現代歌人シリーズ22)カミーユ (現代歌人シリーズ22)
読了日:11月13日 著者:大森 静佳
まっぷたつの先生まっぷたつの先生感想
https://medium.com/p/130d29c6a197
読了日:11月17日 著者:木村 紅美
だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査
読了日:11月17日 著者:劇団雌猫
元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法
読了日:11月17日 著者:柴山 和久
TIMELESSTIMELESS感想
https://medium.com/p/8d4e9b00a25c
読了日:11月18日 著者:朝吹 真理子
オブジェクタムオブジェクタム
読了日:11月18日 著者:高山羽根子
アンダーグラウンド (講談社文庫)アンダーグラウンド (講談社文庫)
読了日:11月18日 著者:村上 春樹
極夜行極夜行感想
https://medium.com/p/8aa0b0c94779
読了日:11月19日 著者:角幡 唯介
ポリフォニック・イリュージョンポリフォニック・イリュージョン
読了日:11月22日 著者:飛浩隆
情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー (朝日新書)情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー (朝日新書)
読了日:11月23日 著者:津田大介
最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)感想
https://medium.com/p/137302c039f9
読了日:11月25日 著者:ミランダ ジュライ
未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学
読了日:11月25日 著者:宇野 重規

読書メーター


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2018年12月25日

政治改革という名の選挙制度改革の帰結とその意味 ――『NHKスペシャル 平成史 第3回』(2018年)感想

NHKスペシャル 平成史 第3回▽“劇薬”が日本を変えた〜秘録小選挙区制導入

◇いま小選挙区制導入を振り返る意味
 NHKが「平成史」というくくりで、平成を象徴する出来事を振り返るNスぺを継続して作っている。一回目は野茂英雄というのはやや意外性があったが、二回目が山一證券破綻というのはやや妥当すぎるとも思えた。
 そんな中、三回目のテーマが小選挙区制導入という、前の二つのテーマに比べればやや地味であり、しかしながらいまの国政にもダイレクトにつながる(安倍一強とか、野党の多弱とか)テーマを持って来たなという印象を受けた。
 選挙制度それ自体を取り上げるのは地味ではあるが、しかし政治を考える上で選挙制度というのは非常に重要なトピックだ。選挙の時だけ盛り上がるのはいまでも変わらないし、その盛り上がり方も昔と今では違う。そもそも、いまの若い人たちは社会党なんか知らないし、ましてや55年体制という言葉も知らないだろう。30代だとしても昭和の時代をリアルには知らないから、政治に興味がなければ昔の政治なんて知らない。
 そんな現状で、しかしいまの自民党一強多弱を生んでいるのはまぎれもなく衆議院における小選挙区制度に依るところが大きいわけで、振り返る意味はあったんだろうなと思う。

 番組自体は後藤田正晴から始まり、金丸信や小沢一郎を経由して、ポスト55年体制の主役となった細川護熙と河野洋平の会談、そしてそれを演出した森喜朗へのインタビューへをたどりついたところがクライマックス。エピローグとして流れるのは鳩山由紀夫や菅直人の登場の一方、小選挙区制導入と小沢一郎を猛烈に批判しながら、小選挙区の時代に勝ちまくった(たとえば2005年の郵政選挙)小泉純一郎を取り上げる。
 ゼロ年代に長く衆院議長を務めた河野洋平が政治の表舞台に出てくることはもうないし、森も小泉も細川も、あるいは小沢一郎も現代ではただの老害と化してしまっているので、番組で振り返る時代の彼らの若さ(特に小泉や細川)は同じ平成でもそれくらいの時間が経ってしまったのか、という気さえしてしまうが、良くも悪くもやはり平成の国政は小沢一郎を中心として動いて来た時代が長かったことを実感させられる。

◇小沢一郎の時代

 いまではもうほとんど小沢一郎の存在が目立つことはないが、少なくとも民主党が政権を持っていた時代まではこの男の名前が表舞台からなくなることはなかった。
 小選挙区制導入へのこだわりを小沢が見せたのは、これはゼロ年代に入ってからもそうだったがイギリス流の二大政党へのこだわりが強かったからだろう。他方で、後藤田は長く続いた55年体制が国政を劣化させることを恐れた。冷戦崩壊を経て世界がめまぐるしく変わっていく中で、自民党と社会党がほどほどに議席を分かち合うかつての仕組みを捨て、生きるか死ぬかの小選挙区制導入を急いだのは、いまから振り替えれば理解できる。
 ただ、当たり前だがそれはこれまでの自民党を否定することに直結する。55年体制下の自民党は派閥間闘争によって疑似的政権交代を生み出してきたとも言われているが、それを後藤田はもはやポジティブに評価できなくなった、ということなのだと思う。
 やがて大量に刺客を送り込んだりチルドレンを生み出して小選挙区で勝ちまくる小泉が、小沢憎しも相まって小選挙区制批判の先鋒だったというのは、なかなか皮肉めいて面白い。
 ただ、小泉だけではなく現状維持にこだわる政治家が圧倒的多数であり、小沢の思い通りにはなかなかいかないのも、妥当なものとしてうなずける。

 それでも実現したのは自民党の下野と、最終的には森喜朗のセッティングした河野と細川の会談だった、というのが今回のNスぺの結論だった。
 その結論にどうこう言うつもりはないが、結果的にいずれ自民党総裁に就く森喜朗が小沢一郎の願望をアシストした結果になった、というのもこれまた皮肉なもののように見える。
 森喜朗によって、小沢一郎の時代がむしろここから始まっていくのだ、とも言えるからだ。

◇選挙制度改革への拘泥と、永遠に三合目の政治改革

 小選挙区制にするメリットは、その時々によって票の入り方に大きなばらつきがでるということだ。もちろん死票がその分増えるが、いまの自民党がそうであるように、あるいは09年の民主党がそうであるように、勢いがあるときは大勝しやすい。逆にいまの民主系政党や09年の自民党がそうであるように、大敗もしやすい。
 55年体制化のように、自民党から見えた社会党のような、確固とした大きな野党がいればそうはならないかもしれないが、社会党は社民党になって一気に弱体化した。あるいは、アメリカやイギリスのように、地域や階層によって明確に支持政党が分かれていれば大勝も大敗も生まれにくいかもしれないが、日本の場合国政選挙に影響を与えるのは流動的な浮動票、つまり無党派層である。
 この無党派層をいかに取り込むかが、小選挙区制に入ってずっと試されてきたことだ。だから結果的に、小沢の描いた夢は、絵に描いた餅にしかなっていない。
 あれだけ選挙制度改革にこだわり続けたにも関わらず、である。そしていまも、参院の合区の問題であったり、選挙制度改革への関心は根強い。

 もう鬼籍に入ってしまったが、後藤田にとって小選挙区の導入は三合目でしかなかったという。しかし、政治改革に名の下に選挙制度改革が実施され、まあそのあと90年代後半に省庁再編等々の動きはあるものの、ゼロ年代の国政のテーマは主に新自由主義的な改革とか憲法改正とか自衛隊の位置づけの問題であって、政治改革それ自体が本丸とはなりにくくなっていった。
 もちろん民主党政権になり、大臣政務官の導入、事業仕分け(現在の行政事業レビューに引き継がれる)等の改革はあったし、安倍政権になってから官邸機能の強化といった合理化や「マイナーチェンジ」は行われたが、後藤田や小沢が構想したような国政そのもののあり方を大きく変える制度変革には至っていない。いまはむしろ、そうしたムードすらないだろう。安倍政権のもっぱらの関心は経済政策であり、そして憲法改正なのだから。

 結果的に永遠に未完で永遠に三合目のまま終わってしまった政治改革であるが、選挙制度改革は人々の関心を選挙そのものに向けることには成功した。投票に行こうが行かまいが何も変わらない55年体制時代とは違い、激戦区ではわずかな票差で候補者の生死が決まる小選挙区制は、確かにドラマチックだし、テレビ受け、ネット受けもする。
 だがネット時代の選挙は、かつて以上に熱しやすく冷めやすくなっている印象も受ける。選挙が重要なのはもちろんだし選挙の重要性がかつてより大きくなったのが小選挙区制ではあるが、しかしそれは政治の一部でしかない。大事なことは議会で、委員会で、あるいは霞ヶ関で決まっていく。選挙で決まることは、それらのベースの部分でしかないのだ。
 ネット自体、とりわけ3.11以降のソーシャルメディアの時代になってからは各地で社会運動を起こしやすくなった。国会前でのデモは日常だし、沖縄における社会運動もダイレクトにネットから情報や映像が伝えられる。
 こういう時代には、たとえ政治改革が未完であったとしても、制度外の部分で政治を変えていくことができるかもしれない。それはつまるところ、選挙制度改革にこだわってきた時代の終焉にもなるのかもしれないし、それでもなんだかんだ選挙制度の重要性が(少なくともメディアの中では)失われずにいるのかもしれない。

 平成の次の時代がどういう時代になるかはわからないが、運動の時代はもう少し続いていくのだろう。これはどちらかというと、世界的な流れである。皆が皆選挙の時にわーっと祭りのように盛り上がる時代が終わらなくても、その横で運動の時代が続いていくのであれば、永遠に三合目の政治改革を補完することにつながるのかもしれない。
 まだまだ、後藤田と小沢の影からは逃れられないのかもしれないけれど。 

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2018年12月20日

日経平均年初来安値を記録した2018年12月20日時点の資産残高及びポートフォリオ+2019年の運用プラン

 最近マネーの話をしていなかったので、今回いろいろ書きます。
 まず12月はボーナス支給月だった。夏は満額ではなかったので、今回が初めての満額支給で、なるほどこれだけを見ればおいしい仕事ではあるな、と思う。ただまあこのためだけに生きる、という風にストイックにはなれない。
 それはさしおいて、12月の賞与と給与の一部を投資に回した分を含めた現在の残高(現預金、暗号通貨のぞく)と、ポートフォリオ。

Wealthnavi:479,744円
SBI証券:716,100円
ワンタップバイ:64,076円
合計:1,259,920円

 Welthnaviについてはリスク5で運用しているので細かなポートフォリオは省略。
 一時期総額70を超えていたのですが夏にキャッシュが必要になったので一度出金。出金対応はとても早かった。
 細かな内訳は以下のように。

◆SBI証券
(現物)
○国内株[49,830円]
・セブン銀行[8410]を100株
・みずほFG[8411]を100株
○国外株[109,835円]
・<ETF>iShares S&P500[1655]を55株
○REIT[246,830円]
・ヘルスケアメディカルリート[3455]を1株
・いちごホテルリート[3463]を1株
・<ETF>iShares Jリート[1476]を2株
(投信)
○特定口座[12,755円]
・iFreeNEXT Nasdaq100
○つみたてNISA[296.670円]
・eMaxis Slim 先進国
・eMaxis Slim S&P500
・iFree S&P500
・楽天全米
・楽天全世界

◆ワンタップバイ
※保有している中で評価額の大きい順
○アメリカ
・Exxon Mobil
・Coca-Cola
・IBM
・Pfizer
・P&G
・McDonald
○日本
・東京エレクトロン
・キヤノン
・武田薬品工業
・日産
・ブリヂストン
・積水ハウス
・ソニー
・ソフトバンク


 
 といったところ。ソフトバンクはIPOの日に遊びで1000円だけ買ったら買った時よりさらに下がって悲しい。

◇現物各種について

 まず今回は賞与の半分以上を国内REITに投じた。ETFを買い増してもよかったがまとまった金額があったので、わりかし利回りがよく増配傾向のある2本を購入。
 特に3455についてはヘルスケアを一つ持っておきたいという理由もあったので買った。3463については利回りもよく、安値水準だったので。1476は価格的に買いやすく、組み入れの大半がオフィスビルなので先に挙げた2本とは分散する意味で今後もじわじわ買い増したいETF。
 3455の投資先のお大半は介護施設でほかはわずかの医療機関のようだけど、都市部の有料老人ホームへの投資をしているファンドなので、介護施設としては安定的な収益が見込めるかなということで。少なくとも2025年までは。
 ちなみに今回REITを直接買うにあたってはラブリさんのブログと、以下の本を参考にした。







 1655は口座を開いたときからちまちま買い足ししているS&P500に連動するETFで、組み入れが本家IVVを100%だったはずなので、基本的には本家に連動する。なのでアメリカのS&P500指数が下げたら下がるし、逆に上がる時は一気に上がるという意味ではボラ高め。最近もかなり変動があったので、安値水準の時にちまちま買い足す感じ。
 こちらについてはつみニーでも2銘柄買っているし、しかも楽天全米やiFree Nasdaqも買っているので一見すればアメリカに全力みたいな感じですが、ポートフォリオの参考にしているのがたぱぞうさんのブログなので、そのへんはそういう理由でということで。
 むしろセブンやみずほを買ったり、国内REITを買うのが自分にとっては分散のつもり。セブンとみずほは値動きが荒くないディフェンシブ銘柄で、比較的利回りもよいので。まあセブン銀行は一度買って利確した商品でもあるのでぐっと上がればまたキャッシュ欲しさに手放すかもしれない。

◇投信とウェルスナビ、ワンタップバイについて

 つみたてNISAやウェルスナビがリスクをとってグロースを買っているので(もちろんこれがポートフォリオの軸)ワンタップバイはサテライト的な利用をしている。銘柄見てわかる人は分かると思いますが、ソニー以外は高配当の大型株。いわゆるダウの犬戦略というやつです。
 日本で言うと武田や日産あたりは最近年初来安値を更新したりしたが、まあいろいろあってもつぶれることはないと思うので。配当政策が変わる可能性はまあありますが、そのときにまた組み入れ比率を考えればよい。
 去年のように順調に上がった年と違って今年は年明けに最高値を記録して以降は日米ともにその時をなかなか越えられないか、越えたとしてもまた落ちる展開だったので、つみニーやロボアドを始めた投資初心者としてはやや受難な年だったかな、とは思う。
 ただ、どのタイミングで買っても高値づかみをしづらい(REITはやや別だが)とか、結果的に買い場が多かったという意味では、来年以降にもゆるやかに景気拡大が続くのであれば悪い年ではない。長期投資家にとっては単年の成績が全然すべてではないし、所詮スタートラインでしかないので、まずは一年続けることができてよかったということを、個人的には実感として持っておきたい。

 今年はいろいろ模索して、結果的にこういう形に落ち着いた。

◇来年の運用プラン


 仮にいま現在の手取りが続くとすれば、イメージとしては月に7〜10諭吉くらい、年間84〜120諭吉くらいは投資に回したいかなと。いまは官舎住まいなので、毎月の投資金額はだいたい東京の家賃水準くらいが目安。グロース:インカムの比率は7対3くらい。基本は海外(主にアメリカ)で、日本株は配当狙いで持つ個別株と、分散の意味でもつ国内REITくらい。REITは本当に日経平均とは違う独自の動きをするので、そういうのは面白いなと思いながら見ている。ただ好調なだけに高値掴みはあまりしたくないかなあ。

 月換算の内訳としては、
投信:3.5(現在のポートフォリオのまま継続)
現物:1.5〜2.5
ウェルスナビ:1〜2(現在のリスク運用度で継続)
ワンタップバイ:1〜2


 くらいかなと。ウェルスナビは3万円以上じゃないと通常入金できないが、積立だと1万から1000円単位でいけるので、毎月相場や手持ちの資金を見て積立するかどうかを悩みつつ続けている。手数料は気になるけど基本的には各種分派金で取り返せるし、VTIやVWOを直接買ってくれるのはおいしいので、止めるつもりはいまのところなし。
 日経平均年初来安値を記録する一方で、戦後最大の景気拡大期でもあるというよくわからない現象が起きてたりするが、日本は所詮ゆるやかでも世界はまだまだいけるだろう、と思いながら長期分散投資でやっていきたい所存。REITはもう少し勉強したい。そんな感じ。

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2018年12月19日

6年ぶりの冬の東京はまだ暖かさが残っていた

 12月の1日〜3日かけて、夏コミ以来の東京遠征をした。夜勤明けからの直行だったのでとても眠い滞在で、3日間いたけれど滞在時間はトータルで40時間ちょっとくらいだったのではないかというくらいにはあわただしい。一日まるまる東京にいたのは2日目だけだったが、前日からの疲れと眠気でさほど行動はしていない。ただただ、それでもわざわざ行ってよかったな、と思う滞在にはなった。少し複雑な気持ちにはなったけれど、それはまたあとで。

 そもそも夜勤明けから東京まで向かった理由は12月1日に早稲田で学部時代のゼミのOB会が開かれたからだ。これがなければこのタイミングに無理矢理東京には行っていないわけだが、とりあえず夜勤明けでも間に合うということや(体力的なそれは置いておいて)、月曜日がたまたま休みに振られていたので、土日だけじゃなくて月曜日までゆったりしよう(実際はできていないが)という魂胆があったから。なので、時間数的には48時間にも満たないが、久しぶりの東京をそれなりには楽しめたと思う。

 学部ゼミを過ごしたのはもう遥か前で、そもそも学部を卒業したのが6年以上前なのだから、同期に会うのもほぼそれ以来だった。院ゼミも同じ先生だったので先生に会うのはもう少し短い間隔になったが、6年も経てば本キャンの3号館はすっかりきれいになっているし(みんなの学費が見事に消えている)セブンイレブンが建物の中に入っているしでうらやましいとしか言えない。事務所がえらい上にあるのは使いづらそうだったけど。

 まあそんな感じで、去年までは仕事で行けなかったイベントに卒業以来ようやく参加できたわけだが、自分たちはゼミの1期生だったので同期以外はみんな年下、みんな後輩である。なんというか、若くて元気だし、あと売り手市場だからか若い彼らの就職先がえらい豪勢である。まあ学歴的には違和感ないとは言えいつのまにそんなゼミになってしまったんや、という驚きがとても大きい。

 とはいえそれは全部口に出してしまえば老害感しかないし、若い彼ら彼女らと酒を飲みながら絡めたのはいろいろと楽しかった。気づいたら本の話とか声優の話をできる後輩たちがいたのもうれしかった。政経政治では肩身の狭い趣味かもしれないが社会人になっていても好きなものは好きでいてほしいと思う。というか社会人になってからのほうが、趣味に救われると思う、みたいな話はした気がする。

 6年も経てば小学生が中学生になったり、中学生が大学生になったりするくらいの年月が流れているわけで、当たり前のように変化していくものばかりだ。6年ぶりというブランクは、そうした変化を簡単には受け入れさせてくれないんだなということもよくわかった。ただ単純に言えることがあるとすれば、若くて優秀な後輩たちがたくさんいる、という環境は少なくとも香川で生活している分には得難い感覚だ。

 それは3年より長く仕事を続けていないせいもあるだろうし、そもそも優秀な後輩たちとは全然違うロールモデルを歩んでいる(気づいたらそうなっていた、くらいのものだが)からかもしれない。自分とは違う人たちがたくさんいるということ、でも彼ら彼女らも大学時代の一時期を早稲田で過ごしたというつながりはあるということ。同じものと違うものがたくさんあって、たった一晩の集まりを楽しむというのは、なかなかこう変な感じだ。非日常と言ってしまえばそれまでだし、ね。

 とりあえずいまはライター兼起業家?としても方々で活躍している田代くるみと再会できたのはとてもよかった。普段Twitterでよく絡んでいるのですげー久しぶりという感覚もなかったが、というか同期が彼女しかいないなんて聞いてなかったぞ。彼女は一次会で帰ったので、二次会とかかなりぼっちを覚悟したぞ(実際はそうではなかったです、よかった)。とりあえず時間ができたらアマゾンプライムでおさラブをチェックしてみようとは思います、はい。またどこかで同期たちとも会いたいですね。あまりにも会ってないので、そろそろ生存報告くらいはしたい。

 そういえば事あるごとに東京には行っているが、冬の時期に東京に行くのは本当に久しぶりではないのだろうか。11月や3月はあったけれど、12月から2月までの間に東京遠征した記憶がない。なので結果的に平成最後の冬の東京に爪跡を、という感じにはなったわけだ。一応。あと、2日目以降のことはまた書けたら書く。2日目は国立新美術館のボナール展と東山魁夷展をハシゴ。3日目は吉祥寺の古本屋「百年」に久しぶりに行ったら平積みがおもしろいラインナップだった、という予告だけ置いておきます。

 しかしもうずいぶん寒くなったので、冬なのに暖かさを感じたこの滞在がもうすでに懐かしく感じる。




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2018年12月16日

にぎやかな日々への愉快な追悼 ――『止められるか、俺たちを』(2018年)





見:テアトル新宿

 井浦新と門脇麦で若き頃の若松孝二とその周辺を描く。見たいと思っていたが、たぶん映画館では見られないだろうな、と思っていた矢先、たまたまとった休暇で訪れた東京は新宿のテアトル新宿で、しかもサービスデー価格の1000円で見ることができたのでとても満足している。若き日の、まだピンク映画を撮りまくっていたころの若松孝二を井浦新が演じ、その脇を門脇麦が埋めるなんて最高かよ、な映画なのですが本当に役者はどれも最高で(ほかの役者はわりとキャリアの浅い若手が埋めていたがそれもまたよかった)、1970年前後という、「闘争後」の若者もちらほら出てくるほどに時代の色が濃い作品となっていた。

 門脇麦のための映画になっているのは諸々の理由があるが、彼女が演じる吉積めぐみというキャラクターは若松プロダクションにおける紅一点的存在となっている点が挙げられる。いまどき若い女性の映画監督はさほど珍しくない(それでも「若い女性」というだけで際立つところは良くも悪くもあるが)この映画が舞台としている1970年前後の時代というのは、映画製作というのは非常に男臭いホモソーシャルな空間になっていることや、若松プロが原宿セントラルアパートに入居していたという事実も、非常に時代性に富んだものとなっている。ただそれはやはりいずれも、女性の存在はマイノリティだ。

 たびたび、門脇演じるめぐみは女を捨てたキャラとして描かれる。実際にそのように公言する場面があったり、まわりがすべて男の中で、同じように煙草を吸い、ウィスキーをあおる。そういう風に映画コミュニティにどっぷりと浸りながら、若松孝二の片腕として(助監督として)めきめき力をつけていくのである。(ともすれば現代では名誉男性と呼ばれてしまうような、故意に自身を男性化させる女性でもある)

 もちろんそれらのすべてはめぐみの生存戦略だった。プロダクションで仲のよかった、というかそもそもめぐみを招き入れた「オバケ」はある日若松プロから去っていくし、気づけば新しい若者が加わっているような、人の出入りが頻繁に行われるコミュニティにおいて頭角を現していくが、他方で一人の若者としての生き方も見せ始めていく。

 若松のように、映画の世界にどっぷりハマるキャラクターであったならば、全編通じて痛快な若者たちの青春映画として見られたと思う。いや、別にそのとらえ方が間違っているとは言えないし、そのようにこの映画を見てもいいのだと思う。けれど個人としては、女性として初めてピンク映画の監督を務めるまで成長しためぐみの、彼女がいつのまにか抱えていた複雑な感情の方に目を向けていたい。そうでなければ、若松ではなくめぐみを軸に据えた映画としての本作の意義がしぼんでしまうと感じるからだ。

 にぎやかな追悼とタイトルに書いたけれど、それはもちろん数年前に亡くなった若松孝二という唯一無二の映画監督に対してでもあるし、たった二年間、しかも20代前半という一番青く輝いた瞬間だけを映画製作にまるごと捧げた吉積めぐみという存在に対してでもあるはずだ。しんみりではなくにぎやかに、それがほんとうに、往事を経験してきた人たちにとってのリアリティでもあるんだろうな、と思う。

 暑苦しい映画である。けれども、ぐっと胸を打つ映画でもある。失われた時代の遺産が、たくさん散りばめられている。それはきっと、ただのノスタルジーではなく、現代にも響いてくる鎮魂歌だ。

 あ、一瞬だけあった百合シーンが本当に良かった。深夜のプールは画になる。







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2018年12月11日

連帯と尊厳 ――『わたしは、ダニエルブレイク』(イギリス・フランス、2016年)



見:Netflix

 御年80を超えているケン・ローチにとって復帰作となったのが本作のようだが、年齢を考えると常に新作が遺作になってもおかしくない、という気持ちでみつめていた。主人公のダニエル・ブレイクもケイティも、いわゆる(と言っていいかは微妙だが少なくともイギリスのようなアングロサクソン諸国では妥当なのではないか)「新自由主義的な現代社会」においてはある意味わかりやすい象徴的な人物だ。

 ダニエル・ブレイクは一貫して大工としてのキャリアを築いてきたが心臓の疾患によって仕事をするべきではないと医者に勧告されている中高年世代の人物。日本でいえば団塊世代よりは一つ下で、新人類より一つ上、アメリカならばトランプを支持していてもおかしくない「学歴を持たないがコツコツ労働してきた」層の男性だ。ダニエルがハローワーク的な行政機関に行ってもろもろの手当を申請しようとするが、いかにもお役所的な硬直的な事情のため、うまくいかない。抗議をしたいと訴えるもペーパーレスによりオンライン申請のみとなっていて、マウスの使い方を役所の職員や近くの利用者に教わる羽目に。歳をとり、妻にも先立たれ、病気にもなったダニエルは社会政策の中で埋もれた存在になってしまった。

 そのダニエルがハロワで出合うのが二人の子を持つシングルマザー、ケイティである。ケイティの描き方には非常にリアリティがあって、列をなしてフードバンクに通うものの空腹に耐えかねてすぐに缶詰を空けてしまったり、生理用品をついスーパーで万引きしてしまったり(初犯だからか、事情をくんでもらい警察沙汰にはされずにすむ)、割のいい仕事の紹介をされたら予想されたように娼館での売春だったり、といったように、日本でもそうであるが(そしておそらく日本のほうがより厳しい)シングルマザーもまた社会政策の中で十分に救われているとは言えない存在だ。

 しかしおそらく、当初はダニエルもケイティも、そういう恵まれない層の一人として典型的に描写しながらも、次第にダニエル、ケイティといったキャラクターの個性を浮き彫りにした描写を増やしていく。それは、ダニエルとケイティ家の交流、主に子どもを介してのそれが展開されていくからだろう。労働市場では戦力外のダニエルも、持ち前の器用さで子どもたちを楽しませることはできる。あるいは、身寄りもなく孤独なケイティに対して、慰めの言葉をかけることはできる。ささやかな連帯というべきか、あるいは生きるための連帯というもっとハードなイメージでとらえるべきかは難しいが、ある時にダニエルの発する言葉が印象に残る。

 字幕では「尊厳を失ったら終わりだ」と書かれていた。ここでいう尊厳は、respectとダニエルが発していたので、dignityとはやや意味が異なるのだろうけれど、相手へのrespectというよりは自分自身へのrespect、つまり、ケイティがケイティ自身を見捨ててはいけない、という意味でのメッセージだったのだろうと思う。絶望的な境遇で、いわゆるセルフネグレクトに陥りそうだったケイティを救ったのは、間違いなくダニエルであり、子どもたちだろう。

 最初から最後まで行政があまりにも典型的な悪役として描写されるのはやや難点だが(現実的には、ハロワで対応できることには限界があるし、ダニエルもケイティもそれぞれ別の機関につなぐことはできたはずだ)、行政の施策にこぼれ落ちたり、あるいはそもそも利用できない、利用しないことによって貧困を極める場合は珍しくない。ある程度のアウトリーチはどの国、地域でも実践されているだろうが、基本的に行政は申請主義で受け身である。目の前の人間をすぐさま救うことはできない。

 ところでこの映画の原題は"I, Daniel Blake"となっていて、非常にシンプルでわかりやすい。Iを最初に持ってきているのは、名もなき貧困層ではなく一人の人間だということ(まさに尊厳である)や、それぞれの人間にアイデンティティがある、ということなのだろう。祝祭的なラスト直前の落書きシーンはなかなかにいい。あれがまさに、「連帯と尊厳」が両方現れたシーンだったし、この映画で唯一と言ってもいいほどファニーな場面だった。




わたしは、ダニエル・ブレイク [Blu-ray]
デイヴ・ジョーンズ
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2017-09-06



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