Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

2018年09月



見:Netflix


 キャロルを演じたケイト・ブランシェットも、テレーズを演じたルーニー・マーラも非常に美しかった。そしてブランシェットはキャロルの怒りや悲しさといった感情を豊かに表現して見せ、同時にテレーズに対する愛情や欲情をこれでもかというほど積極的に表現して見せていた。これは原作でもそうだったと思うが、まだ若者であるテレーズに対し、年の離れた貴婦人であるキャロルはその品位を体現することが求められるが、ブランシェットはあまりにも適任だったろうなと思う。彼女でなければ、演じきれない品位と、妖艶さが同時にあったからだ。

 もっとも、原作読者からするといささか物足りないことも多い。キャロルとテレーズの関係性に焦点を当てながら同時にキャロルの家族関係の不和にも焦点を向けなければならない。これがなければ、キャロルがテレーズに向かう理由が説明できないからだ。だからその分、テレーズとはどういう女の子なのか、何を目指してデパートで店員のバイトをしている女の子だったのかという点が、どうしても十分に説明されないままになっていた。小説ではテレーズの夢や目標、葛藤や人間関係も詳細に書かれているが尺の都合上映画ではその点は必要最低限に抑えられている。

 だからというわけではないが、他の誰にも邪魔されない、キャロルとテレーズの二人しか画面に出てこないシーンが非常に貴重なものとなっている。お互いに長くは続かないことも感じながら逃避行をするエピソードは原作でも非常に重要な部分となっているが(そしてとても悲しい)テレーズの前だからこそ見せるキャロルの笑顔が、非常に良かった。家族関係に不和を抱えるキャロルは激情的にもなるし、だいぶ年下であるテレーズの前で素をすぐには出せない。だから遠くに行き、二人だけで夜を過ごすことの尊さを一番実感していたはずだし、その瞬間に一気に情欲を見せるキャロルはセクシーそのものだった。まさに大人の名優の持つ、セクシーさだった。

 テレーズはというと、彼女はまた何かを目指す途中であり、そしてキャロルほどではないが男性のパートナーとは不和を抱えている。この映画では男性のキャラクターは徹底的にネガティブに描かれる。それは原作者のハイスミスの視点かもしれないし、キャロルとテレーズがそれぞれに感じ取っていたものかもしれない。二人が逃げるエピソードはだから、それだけで非常に尊い時間なのだ。

 それでも人生というのは常に逃げていられるものではない。すぐに後ろから追いかけてくる残酷な現実を向き合わねばならない。このラストが何を意味するかは分からないが、キャロルとテレーズがそれぞれの形で前に進んでいるといいなと思う。そうでなければ、二人の時間が悲しい「だけ」になってしまうから。そうではなくて、悲しくて切ないけれど、美しくて尊いものであってほしいと、願ってしまった。

 一つの芸術的な形として、このようなレズビアン映画が日本でも広く鑑賞されたことはうれしく思う。現実の認知や偏見は根深いだろうが、前進には違いない。
このエントリーをはてなブックマークに追加



見:Netflix


 家族というものは常にややこしい。日本に限らず世界共通のものだろうな、ということはこの映画を見ながらよく実感したし、男女の構成は違うが俺も三人兄妹の長男なので、あと仕事をしていなかった時期も少しではあるがあるので、本作に出てくるダニーの気持ちがとてもよくわかる。期待を背負わらせるマシューの憂鬱も、逆に無風すぎて影の薄いジーンの複雑さも。そして名優ダスティン・ホフマン演じる彼らの「偉大な」父、ハロルドという存在のややこしさも。

 ジャンルとしてはコメディという体裁をとっているからか、のっけからおかしい会話のやりとりが続いていくが、どれだけ言葉を交わしてもハロルドと子どもたちの間にはディスコミュニケーションしか残らない。ダニーは仕事を持たないからか実家に居候するという流れになっているけど、コメディなのでさほどシリアスには描かれない。ハロルドのダニーは一緒にやきう(MLB)を見てメッツの応援をしたりするが、関係は特に改善されない。

 その理由は少しずつわかってくる。ハロルドはどうやらダニーにはさほど期待しれおらず、マシューに期待していたらしい。しかしマシューは父と同じ芸術家の道には進まず(センスはあったものの)スーツを着こなすような「堅い仕事」に就く。だから大人になったマシューもまた、ハロルドとは反りが合わない。ハロルドからすれば資本主義の犬のような存在になったマシューとは、食事の席でももちろんディスコミュニケーションばかりだ。というか、そもそもハロルドはまともに会話しようとしない。

 そのハロルドも業界的には大家であり、何度か展覧会の様子も描かれる。そこに兄妹たちが一緒にいるという絵面は皮肉でもあるように思うが、まさか最後の最後にちょっとした感動エピソードを持ってくるとはおそれいった。終始コメディ調で進んでいくのに終盤に見せる転換はどうだ。あとイライザがやっぱり最後までかわいかった。彼女の存在の有無は、この映画の厚みにも関与していると思う。

 終盤に挿入される展覧会ではある事情でハロルドが不在になる。なるほどこのシーンのために、いままでの余興は成されたのかと思うと、バームバックの手腕もさすがであると思う。めでたく去年のカンヌで上映される運びになったもののネトフリでしか流さないということでフランスの映画業界の一部からdisられたようだが、それはさておいていいものはいいのだから作品は作品として認めるべきだろう。ある意味、守旧的なハロルドと現代的なダニーやマシューとの間の確執が、現実化したのだと思うとこれもまた一つの皮肉かもしれないが。

 結局親子関係というものは、死ぬまで続いていくのだ。究極的には逃げようがない。親が毒親の場合、コミュニケーションすら辛いものになるだろう。愛憎こそが人生、かどうかはさておき、家族であっても所詮他人だよなという感覚と、それでもどうしようもないくらい家族は家族なんだよな、という二つの感覚をうまくミックスさせた映画だとは思う。使い古されたテーマかもしれないが、いずれの役者も演技が見事で、それがまたよりリアルな家族不和を演出してみせたように見えた。
このエントリーをはてなブックマークに追加




見:シネ・ヌーヴォX

 評判はいいと聞いていた。監督が同世代だということもあとで調べて知った。しかし、それ以上に朝倉あきが主演をつとめるということに、思った以上に心動かされた。NHKのドラマ『とめはねっ』『てっぱん』で重要な役をつとめ、『かぐや姫の物語』ではかぐや姫の声優を演じてみせた。その後、一度彼女は役者としては引退した存在だった。その空白の時間に何があったかは詳しくは知らないが、 『四月の永い夢』のヒロインをつとめた朝倉あきは、まぎれもなく大きく成長して帰ってきた朝倉あきだったと思う。

 冒頭から朝倉あきがこっちを見つめる。彼女が何かを語っているシーンがある(予告編でもこのあたりは見られる)わけだが、そこに出てくる彼女は非常にノスタルジックな存在だ。なぜ四月なのか。なぜ「永い夢」というタイトルであるのかが、おぼろげと見えてくる。映画監督になる前の中川龍太郎は詩人としてデビューしたことも、こういう風に表現してきたか、と思わせるには十分だ。

 朝倉あきは滝本初海という、モラトリアムな20代女性を演じている。元々は教師をやっていたが、あることをきっかけに辞めてからは小さな食堂でバイトをしながその日暮らしをしている。レトロな下宿には古いマンガやラジオが置いてあり、手紙をしたためるシーンも繰り返し登場する。スマートフォンで音楽を聴くという現代的な演出もある場面で効果的になされているものの、初海の生活はレトロそのものだ。それはつまり、前に進めないまま止まった女性である初海を思わせる。しかも彼女の暮らす国立は一橋大学の所在する、学生街だ。進めないのか進まないのかは、すぐには教えてくれない。

 ここで思い出されれるのは新海誠の『言の葉の庭』である。初海も三浦貴大演じる繊維職人に出会い、心を動かされることになるが、傷を癒やすのは身近にいる、生きている誰かであるというのは、ごくごくありふれた感覚でもある。そうでなければ前に進むことは難しい。学生時代の女友達も彼女をなんとか「社会復帰」させようとする。

 他方で、元教え子の楓が初海を連れまわすエピソードも印象的だ。楓は過去とか現在とかにとらわれず、社会常識にもとらわれず、半ば衝動的に生きている。楓にも悩みはあるし闇はあるのだが、初海にとってはそれすら新鮮に映ったのかもしれない。それと同時に、初海も自身の闇に目を向けなければならないということを、楓の存在は伝えてくれる。

 永い夢から覚めるためには、まず初海自身が行動する必要がある。そして、過去に向き合いながら、同時に現在も生きなければならない。容易ではない。逃げたくなる気持ちもわかる。それでも逃げてばかりでは、という、モラトリアムだからこそ起こりうる様々な葛藤が、後半は非常に鮮やかに消化されていく。前半の停滞に比べると後半の初海はあまりにも流れに沿って前に進んでいるように見えてしまうが、そこに行きつくためにはやはり前半の停滞が必要だったのだ。『言の葉の庭』における雪野が、何度も何度も繰り返し新宿御苑に通っていたように、その行為そのものに意味がなくても、後から振り返ったときに意味のある停滞というものは存在する。

 果たして初海は夢から覚めたのだろうか。はっきりとは分からないまでも、最後の演出はまた憎い。朝倉あきの笑顔が、強烈に焼き付いている。


四月の永い夢 [DVD]
朝倉あき
ギャガ
2018-10-02





 
このエントリーをはてなブックマークに追加

 秋めいてきたこのごろにいまさら感あるけど、8月の振り返り。

 今年は夏コミに合わせて、11と12日に上京してきた。11の朝に着いて12の14時半には品川から新幹線に乗っていたので、滞在時間は30時間強といったところ。睡眠時間はいつも通り7時間くらい確保したが、寝ている間と移動中以外はほぼほぼ何かしら予定があるという、贅沢で慌ただしい滞在だった。まあ慌ただしいのはいつものことで、たまにはもう少しゆったりしたらいいものの、なぜか分刻みのスケジュールになってしまうのは自分の貧乏性なのだろう。

 特に夏コミの時期は。東京に来る機会は、なんだかんだ貴重ではあるので有効活用したい結果がこうである。逆に言うと、完全に個人的なタイミングで上京しているので、会う人会う人にはありがたさしかない。雑ですが、この場を借りてお礼を。

文学賞受賞作読書会

 11日の昼は6月にも参加した読書会の続きに参加した。かれこれ10年近いかそれ以上の付き合いになっているレイズさんに誘われて6月に参加した読書会がなかなかに面白く、かつ自分にとってためになったなということで、今回も夏コミの期間中にたまたま開催時期が決まっていたので続けて参加することにした。前半で課題図書を一冊読み、後半は参加者それぞれが提出したオリジナルの短編小説を合評するという、異なる種類の読書会を連続した形で行っているという読書会だ。会のスタンスとしては、前半で得たものを後半にもつなげる(可能な範囲で)という形で連続性を持たせた読書会になっている。

 これは同人サークル「アレ Club」が毎年大阪の谷町六丁目で開催しているイベントにも近い形かもしれない。アレの場合は読む→書く→合評という形を約3時間に押し込んでいるので、まだこちらも2回しか参加していないが密度が濃くて毎度面白い。やっぱりこう、集まって何かをするのならそれなりに効果のあるものにしたいという思いがどちらの側にもあるのかもしれないな、となんとなく思ったのと、久しぶりに集まって読んだり書いたりというイベントに続けて参加して、純粋に楽しかったという思いがある。

 もちろん楽しいだけじゃなくて、自分の強みと弱みの再確認にもなったし、何より他人が書いたものを読み、その他人が目の前にいてしゃべっている、という環境はなかなかにいい。地方暮らしでは得難い体験を続けてさせてもらったな、という気持ちがある。もちろん地方でもできないわけじゃない、ということも再度認識しつつ。

 ちなみに今回読んだのはこれでした。


レトリカイベント「避暑


















 11日夜はいったん大久保のナインアワーズにチェックインしたあと、秋葉原で行われていたレトリカのイベントという名の公開編集作業実況?みたいなのに参加した。2012年から2年おきにレトリカは本を作っているが、今回も秋の文フリに合わせて作っているということで(しかし遅れているということで)レトリカ4に参加予定のメンバーを中心としたゆるい集まり兼企画のプレゼンという感じだった。いろいろな人が来ていて、旧知のレロに至っては滞在時間を伸ばしてもらって会うことができたので、やはりいろいろ感謝しかない。瀬下くんやまつともくんも元気そうで、ほかのレトリカメンバーともいろいろと話をした。

 自分がした話としては、主に地方暮らしと現職に関することが主で、合間で小説の話やらアイカツの話やらをしているという具合だった。当日も誰かに話したことだったけど、レトリカがいいなと思うのは、慶應の同期メンバーを中心としつつ、誰か一人だけが中心にいるわけではないということと、その核となる部分の周辺にいろいろなクラスタから人が集まっていることだろう。瀬下くんがプレゼンの中で改めてレトリカのコンセプトを話していたが、「作り続ける」という運動を、かれこれ2012年から数えてずっと一貫しているのはすごいことだと思うし、建築、都市、デザイン、メディア、生活といった複数のタグを用意しながら多様なメンバーを集め続けることができているのも、なかなかできないことだと思う。

 同人サークル、特に文章系の場合は1人ないし2人の中心メンバーとそれ以外、といった感じで成り立っている印象がある(大学のサークルをベースとした集まりはこの限りではない)ので、中心メンバーが抜ければ存続が難しくなるし、中心メンバーの気分や考え次第でサークル全体のコンセプトも変わることがあるが(これ自体がマイナスになるかどうかはまた別だ)レトリカの場合中心がゆるやかであるせいか、ふわっとしつつも2年に一度ごとにプロジェクトを駆動させながらコンセプトを固めていっているおかげで、2012年に掲げたテーマの継続性と一貫性、そしてそれらを磨いているなという印象がある。

 もっとも、これは2012年のレトリカ創刊時に自分が投げかけた問いでもあるのだけれど、それでもやはり個人のライフステージの変化がサークルに与える影響が大きいのではないかということ、それと、いまは続けることに熱心で、それが続いているのは素晴らしいと思うのだけれど、それでもいつか終わりが来るとするなら、それはどのような形で着地させるのかということも、いずれ無縁ではいられないのではないだろうか。

 これらは少々穿った見方であることは承知しているし、彼らの活動に水を差すつもりは全然ないのだけれど、やはり多くの文章系、批評系のサークルが生まれては消え、あるいは止まり、という現象を見ている中で、レトリカもそうした盛衰とは無縁ではいられないはずだ、という予感がある。もちろん無縁のままさらに10年や20年続けられたら素晴らしいことではあると思うけれども、やがて離散するのであれば、そこに何らかのレガシーを残してほしいなという思いも勝手ながらある。それは作り手である彼らだけだけではなく、受け手である自分たちの問題でもあるのだけれど。

 とかなんとか言いつつも、イベントは本当に楽しくて面白かった。2012年からずっとちゃんと追いかけているわけではないけど、6年経って皆それぞれ肩書きや住む場所が変わってもまた一つの旗の下で集まれるんだな、というのは現代の若い書き手や作り手に対して一つの希望的なモデルを示しているんじゃないかと思う。さっきも書いたように、2010年代の間にたくさんの盛衰を見てきた側からすると、レトリカは別のところにいるな、と思えるのだ。あと自分の課題でもある、個人ワークと集団での創作をどう両立させるのか、みたいなところにちょっとした示唆を持てた気がする。


C94(3日目)

 暑かった。最終日だけ21万人てどういうことや……(たぶんアイマスとFGOのせい)



 以上が夏の遠征のお話でした。総じてとても暑くて熱かった。コミケとか行くたびに早く帰りたくなるけど、でもまたいずれ参加するのだろう。それもまた不思議だね。
このエントリーをはてなブックマークに追加




見:MOVIX堺

 書評家・ライターの瀧井朝世がこの映画のパンフレットに書いていたが、柴崎友香の小説の中でもこの作品の映像化はちょっとどうやってやるのかがイメージできなかった。しかし、監督が濱口竜介だと聞いて、それならばなんとかなるかもしれない、と感じた。2015年に公開した『ハッピーアワー』で一気に脚光を浴びる濱口だが、その前年から『寝ても覚めても』の企画はスタートしていたらしい。『ハッピーアワー』までの経歴は自主制作もしくは単館上映といったところだったが、『寝ても覚めても』は初の商業作品ということで、著名な俳優を用いながら、全国上映という運びになっている。しかも、春にはカンヌでも上映され、好評を浴びたという。

 弱冠20歳ながら主演の朝子を演じるのは新人の唐田えりか。芸能界には17歳から入っているが、本格的な演技経験はなく、ナタリーの記事によると業界を辞めようかどうか考えていたころに寝ても覚めてもと出会い、濱口竜介の演技指導を受けることになったという。シミルボンの記事によると、今回の演技や演出に関しては3.11以降に撮影した東北でのドキュメンタリーや『ハッピーアワー』での経験がベースになったようだ。

 ドキュメンタリーに登場する人々は、役者ではない。しかし圧倒的にリアルなものとして、彼らが魅力的に映ったという。また、『ハッピーアワー』では演技素人を多く含んだ役者たちをワークショップから鍛え上げ、かつ本来役者の持っているものを失うことなく演出することを心がけている。だからこそのあのヒロイン4人の鬼気迫る演技であるし、個人的にはとりわけ第二部以降の桜子は圧巻だった。菊池葉月という実在の女性が、桜子というヒロインへと同化していく様をまるで追いかけているようだった。

 話を『寝ても覚めても』に戻すと、まず唐田えりかの演技が思った以上に朝子だな、と思ったのだ。朝子は柴崎友香の書くヒロインとしてはわりと典型的なタイプ(自分の感情に率直に行動する、よく移動する、仲のいい女友達が複数いる、異性の友だちもいる、など)のヒロインとして登場する。だから彼女は最初大阪にいるが、理由は明かされないが途中から東京で暮らしている。大阪で恋愛と失恋をしたあと、東京で恋に落ちる相手が大阪時代に付き合っていた麦(ばく)とうり二つの亮平、という設定なのだけど、ここからエンドロールまでの間、麦と亮平の間で揺れ続けるヒロインを唐田えりかは演じることになるのだ。

 麦と亮平はいずれも東出昌大がつとめているが、思った以上にうまく演技をし分けていておそれいった。髪型や服装が違うのはもちろん、言葉遣いも異なる。いずれも関西弁を話すが、大阪で出会った麦と、兵庫出身の亮平とではその関西弁もやや異なるものとして現れる。あとは、朝子に対する誠実さの違いも、同じ役者が演じているとは思えないほど別のキャラクターとして立ち現れるのだ。対して朝子は、表向きは亮平に一途であろうとしても内面を完全には吐露しない。

 だから彼女は、積極的に多くの言葉を話さない。伊藤沙莉や山下リオ演じる朝子の女友達は饒舌なほどによく話すが、朝子は、これはもしかしたら原作の持つカメラアイを生かしているのかもしれないが、基本的には控えめに周囲をみつめている。最初に亮平の部屋でパーティーのような合コンをするシーンなどは典型的で、リビングで繰り広げられるやりとりを、朝子はキッチンからそっと眺めているのだ。そのかわり、いつまでたっても朝子製のお好み焼きが完成しなかったりもするのだが。

 付け加えると、唐田えりかが朝子というヒロインを忠実に演じること、そしてそれが唐田えりかが元からもっているそこはかとなさであったり、未成熟な感じと非常にリンクしていることが魅力的に映るのだ。カンヌの上映時では「ASAKO&供廚箸いΕ織ぅ肇襪砲覆辰燭蕕靴い、これは麦と会う時の朝子と亮平と会う時の朝子が別人であることや、映画の前半と後半で少しずつ変化していく朝子を象徴したタイトルなのだろうと思う。

 映画の中では8年の月日が流れ、2011年の3月11日の午後に観劇を予定していた亮平は劇場で被災したりするのだが、その後亮平と朝子は東北での支援を続ける、というエピソードも映画には含まれている。8年間は短くないが、長すぎるわけではない。この8年分を、まだ20歳の唐田えりかが違和感なく演じきったこと、そしてそれでも最後は別の表情をしてスクリーンの前に、亮平の前に現れたことをしっかりと覚えておきたい。

 少し前に見た『菊とギロチン』でもそうだったが、東出昌大の演技力はやはり図抜けている。東出の持つオーラに対しフラットに立ち向かえる女優はそう多くないだろう(だから東出の嫁が杏であるというのはうなずける)がその東出と並んでも唐田えりかは決して負けてはいない。若手最有力筆頭の映画俳優と新人のヒロインを並べられるのは、やはり濱口竜介の映画作りならではなのだろう。

 ちなみに冒頭で朝子と麦が出会うのは、映画では中之島の国立国際美術館という設定になってある。いまのリアルな国立国際美術館ではプーシキン美術館展が開催されているが、映画の半券を持っていくと100円引きになったり、映画で登場したカットを展示していたりした。大阪という場所限定ではあるが、映画と合わせて中之島に「聖地巡礼」してみるのも、おすすめする。




寝ても覚めても: 増補新版 (河出文庫)
柴崎友香
河出書房新社
2018-06-05










このエントリーをはてなブックマークに追加



見:Netflix

 タイトルだけを見ると濡れ場が多かったりとかセクシーなシーンが多いのかと思ってしまうが、実際は全然そうではなかった、というのがまず一点。元々は山崎ナオコーラが文藝賞を受賞したデビュー作が原作になっていて、ナオコーラが人のセックスを笑うな、と思った時の対象は同性愛だったらしい。なのでヘテロセクシュアルな恋愛を書くこの映画とはまたいよいよ関係ないのだけど、笑うな、と言われても笑ってしまうようなほほえましいシーンが多く散りばめられているのは、女性監督である井口奈己の憎い演出、といったところだろう。

 あらすじだけを見ると、たまたま出会った年の離れた男女の恋愛映画かと思ってしまうが、ここにもまたミスリードがある。19歳のみるめ(松山ケンイチ)と、39歳のユリ(正式な名前はサユリ、永作博美)は出会って間もないころから互いに惹かれあっていく。二人が「絡む」シーンはどちらかの家であることがほとんどで、外にデートに行ったりとかごはんを食べたりとかはほとんどないし、タイトルにセックスとあるがホテルにもいかない。

 二人はリビングに現れると着ている服を脱いでそのままキスをしたり、布団にはいってお互いの体を触りあったり、全部脱ぐことはないがとにかくイチャイチャしているシーンが多い。そしてこれらのシーンは、ほぼすべてロングショットである。どんな些細なやりとりの間も、カメラはずっと回っているのだ。電気を消したりつけたりを繰り返すことだとか、空気を入れて膨らませるタイプの簡易ベッドを、空気入れを使わずに息でふくらまそうとするユリをみるめが「こどもみたいだな」「こどもに言われたくない!」というかけあいをするシーンなども、ずっとカメラは回っている。

 映画にはもう一組、みるめと同じ専門学校に通う蒼井優と忍成修吾が演じるカップルも出てくるが、こちらの関係はややぎこちない。だからだろうか、蒼井優がイライラしているシーンがすごく印象に残るのだ。蒼井優演じるえんちゃんはユリが実は・・・であることをみるめより先に知ることになるのだが、その気持ちをみるめにぶつけるときの表情やセリフがとても印象に残る。あくまで永作博美と松山ケンイチのための映画のようにも見えるが、それだけだとあまりにも世界が狭い。えんちゃん演じる蒼井優の持つかわいさは、この映画にまた別のアクセントをつけている。

 最近見た『寝ても覚めても』ではないが、基本的に奔放に生きるユリは柴崎友香の書くヒロインがダブる。どこまでも素直で正直で、みるめのことを触りたくなったから、という理由で恋をしてしまいながら、それでも二人の間に別れも訪れるということに自覚的になっているキャラクターだ。この映画のあとに、もしかしたらまた二人は再会するのかもしれない。けれど、いとしい日常はずっとは続いていくわけではないんだなとか、冬はやがて春になるんだなとか、いろいろなことを考える。

 まだ若いみるめにとっては、若いころの一つの恋でしかないかもしれない。でもユリにとっては、実はいろいろなものを賭けていた恋だったのかもしれない。率直な思いを言う代わりに心の底を見せないユリではあるが、それも含めてなんて魅力的なキャラクターなのだろうと思うし、そんな一風変わったアラフォー女をのびのびと演じた永作博美がほんとうによい。そして松山ケンイチは、この当時はこんなに体の線が細かったんだな、ということも再確認した。もちろん蒼井優のかわいさも、映画の中でならずっとこのときのまま記録されていく。いまならアマゾンプライムとネトフリで、その尊さを見られるぞ!!




人のセックスを笑うな (河出文庫)
山崎ナオコーラ
河出書房新社
2013-02-15

このエントリーをはてなブックマークに追加

◆6月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:4008
ナイス数:11

ゲームの王国 下ゲームの王国 下
読了日:06月03日 著者:小川 哲
人生について (中公文庫)人生について (中公文庫)
読了日:06月06日 著者:小林 秀雄
謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)
読了日:06月11日 著者:川名 壮志
仮往生伝試文 (講談社文芸文庫)仮往生伝試文 (講談社文芸文庫)
読了日:06月13日 著者:古井 由吉
日本のヤバい女の子日本のヤバい女の子
読了日:06月13日 著者:はらだ 有彩
アマゾンと物流大戦争 (NHK出版新書)アマゾンと物流大戦争 (NHK出版新書)
読了日:06月14日 著者:角井 亮一
日本文学盛衰史 (講談社文庫)日本文学盛衰史 (講談社文庫)
読了日:06月17日 著者:高橋 源一郎
失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 (光文社古典新訳文庫)失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 (光文社古典新訳文庫)
読了日:06月27日 著者:マルセル プルースト
心理学検定 基本キーワード 改訂版心理学検定 基本キーワード 改訂版
読了日:06月27日 著者:
製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド (星海社新書)製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド (星海社新書)
読了日:06月27日 著者:増田 弘道
どもる体 (シリーズ ケアをひらく)どもる体 (シリーズ ケアをひらく)
読了日:06月29日 著者:伊藤 亜紗

読書メーター


◆2018年7月の読書記録
〇計14冊
1.清水真人『財務省と政治』中公新書
2.河村博『少年法 ―その動向と実体―』東京法令出版
3.柴崎友香『千の扉』中央公論新社
4.三浦哲哉『「ハッピーアワー」論』羽鳥書店
5.プルースト『失われた時を求めて <2> スワン家のほうへ供抔文社古典新訳文庫
6.トイアンナ『モテたいわけではないのだが』文庫ぎんが堂
7.東山彰良『僕が殺した人と僕を殺した人』文藝春秋
8.平井秀幸『刑務所処遇の社会学 新自由主義認知行動療法・』
9.河野勝『政治を科学することは可能か』中央公論新社
10.阿久津隆『読書の日記』NUMABOOKS
11.NHKスペシャル取材班『未解決事件 グリコ・森永事件』新潮文庫
12.加納新太『小説 雲のむこう、約束の場所』角川文庫
13.加藤秀一『はじめてのジェンダー論』有斐閣ストゥディア
14.國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学(シリーズ ケアをひらく)』医学書院


◆8月の読書メーター
読んだ本の数:13
読んだページ数:5464
ナイス数:29

女子少年院 (角川oneテーマ21 (C-72))女子少年院 (角川oneテーマ21 (C-72))
読了日:08月04日 著者:魚住 絹代
基礎から学ぶ刑事法 第6版 (有斐閣アルマ)基礎から学ぶ刑事法 第6版 (有斐閣アルマ)
読了日:08月08日 著者:井田 良
失われた時を求めて〈3〉第二篇・花咲く乙女たちのかげに〈1〉 (光文社古典新訳文庫)失われた時を求めて〈3〉第二篇・花咲く乙女たちのかげに〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
読了日:08月09日 著者:マルセル プルースト
失われた時を求めて 5 第三篇「ゲルマントのほうI」 (古典新訳文庫)失われた時を求めて 5 第三篇「ゲルマントのほうI」 (古典新訳文庫)
読了日:08月09日 著者:プルースト
失われた時を求めて 4 第二篇「花咲く乙女たちのかげにII」 (古典新訳文庫)失われた時を求めて 4 第二篇「花咲く乙女たちのかげにII」 (古典新訳文庫)
読了日:08月09日 著者:プルースト
失われた時を求めて6 (光文社古典新訳文庫)失われた時を求めて6 (光文社古典新訳文庫)
読了日:08月09日 著者:マルセル プルースト
プルーストと過ごす夏プルーストと過ごす夏
読了日:08月09日 著者:アントワーヌ・コンパニョン,ジュリア・クリステヴァ,他
原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)
読了日:08月09日 著者:梯 久美子
失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)感想
ゲルマント編終わり。
読了日:08月15日 著者:プルースト
美術の力 表現の原点を辿る (光文社新書)美術の力 表現の原点を辿る (光文社新書)
読了日:08月30日 著者:宮下規久朗
ユリイカ 2013年7月号 特集=女子とエロ・小説篇ユリイカ 2013年7月号 特集=女子とエロ・小説篇
読了日:08月30日 著者:川上弘美,高橋源一郎,窪美澄,山内マリコ,村田沙耶香,藤野可織
ファーストラヴファーストラヴ感想
小説の書き方がずいぶん上手になったなと感じた。人間関係をじわじわえぐりながらも容易に破綻させない展開が面白かった。この着地点は見事だと思う。直木賞、ほんとうにおめでとう。
読了日:08月30日 著者:島本 理生
勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇 (集英社文庫)勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇 (集英社文庫)
読了日:08月30日 著者:中村 計

読書メーター
このエントリーをはてなブックマークに追加

【SBI証券】
現物:¥24,234
投資信託:¥231,108

(つみたてNISA含む)
Wealthnavi:¥714,072
One Tap Buy:¥6,049

TOTAL:¥975,463
(前回比 +134,400)

◆現時点の指数
日経平均:22856.00
NYダウ:24040.07
ナスダック:8109.54
S&P500:2901.52


◆雑感

 前回投稿したのが4月のデータだったわけだけど、まあ思った以上に増えていないのは生活に資金が必要になったからとかそういう理由。ちなみに4ヶ月前と比べて指数を見てみるとナスダックが前回より1000ポイント、S&Pも250ポイントほど増やしていて(S&Pは確か過去最高値)すげーなと感じる。ちなみにこの間日経平均はプラス400円。さみしい。

 この間、たとえば現物でいえば34本ほど持っていた1655のETF(iShares S&P500)を売却して利確したり、みずほFGやセブン銀行も100本ずつ持っていたけど上がったタイミングで利確した。
 この間つみたてNISAだけは堅調に積み立てていて、一番リターンがよい。一番いい時で+7%ほどの利益が出たこともあり、やはりドルコスト平均法は強いのだな(そして楽だ)ということを実感した。
 ウェルスナビは堅調に積み立てできているだけではないが、これも崩すことなく保有を続けている。
 要は、資金が必要になったときに利確して現金化しやすいのは現物だなということを確認した。なのである程度現預金を保有しつつも、すぐに必要ではないのなら現物に変えてホールドしておいたほうが(相場環境にはよるが)キャピタルゲインを短期で狙いやすいということだ。

 ちなみにつみたてNISAの内訳は、リターンがいい順番に
・楽天全米インデックス(楽天VTI)
・iFree S&P500
・eMaxis Slim 先進国インデックス
・楽天全世界インデックス(楽天VT)
・eMaxis Slim S&P500
・eMaxis Slim 新興国インデックス

 となっていて、楽天VTIに50%、それ以外の5種に10%ずつ毎日積み立てで投じている。
 eMaxisのS&P500は出たばかりなので利益が薄いが、順調に上がっていけばそれなりのリターンは出るだろう。悩ましいのが新興国インデックスで、長期で見れば面白いのかもしれないが、投じれる資金が少ないしあくまでつみニーの枠なので、新興国インデックスそれ自体を外してその分楽天VTに触ればいいのでは、という気持ちになっている。

◆ワンタップバイの使い方

 ワンタップバイではいまのところアメリカ株しか買ってなくて、持っているのもグーグルやアマゾンといったハイテクグロース株にしている。医療系が欲しいのでファイザーも持っていたりするのだけど、今後もグロース中心で持ちながら余裕が出てきたら配当狙いで大型株を買ってもいいと思っている。(実際いくつか買ったり売ったりしてみた)
 ただ現状は手持ちが多いわけではないので、グロースを1000円ずつ買っていくという積み立て的なポジションになると思うし、相場環境が上向いている流れを見ると妥当なやり方だと考えている。
 以前はETFをドルで買うみたいな話も書いていたが、手持ちの資金を考えるとそう高頻度でできる手段ではないということと、ウェルスナビがそのへんはある程度代替してくれているので、ワンタップバイではここでしかできない買い方をやってみたいと思っている。
 要はウェルスナビや投資信託では補えない買い方を、たとえばハイテクグロース株に焦点を当てて買ってみる、とかをやってみたい。それなりのボラリティはあるだろうが、少額での積み立てなら耐えられるだろう。

◆仮想通貨を始めるかも

 仮想通貨に関しては去年の年末にコインチェックのアカウントだけ作って放置していたらあの様なのでもういいや、と思っていたがここ最近BTCを中心とするメジャーな通貨のボラリティが安定してきたことや、SBIが仮想通貨の取り扱いを始めた(現状BTC、BCH、XRPの3種のみ)ことで個人的に参入しやすくなったので、こっちも少額でちまちまやってみる、かも。
 去年のようなギャンブル相場なら絶対やりたくなかったけど、BTCのETF上場が失敗しつつも意外と値が下がらなかったり、リップルの技術のすごさについては前から知っていて少し持ってもいいかなと思っていたので、資金に余裕が出来次第少しずつ、という構想。

◆まとめ

 まとめると
・つみニーとウェルスナビはコツコツ継続
・ワンタップバイでグロース株を積み立てる
・仮想通貨も少額で始める
・国内の株式やETFは安値なら持っておくか、計画的に積み立てる(以前の1655みたいに)
・REIT ETFも持っておく(iSharesのJリートETF、米リートETFあたりを中心に)

 こんな感じです。REITのことは全然書かなかったけど、iSharesが日本で出しているのが2000円前後から買えて買いやすいので、分散と利回り狙いの両方をこめて。





このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ