2017年11月

2017年11月11日

運命を乗り越えられるか ――『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(イギリス・アメリカ合作、2016年)



見:ソレイユ・2
公式:http://www.uplink.co.jp/dancer/

 この映画を見ようと思った動機はひらりささんだったりする(最近いろいろなところで影響を受けている気がする)わけですが、彼女の書いたnoteの記事以外の情報をほとんど入れずに見に行ったので、なんとなく面白いのだろうというくらいのノリだった。果たして、そのノリは完全に間違っていたことに気づくわけだが、なんというかこれは、現代のヴェーネ・アンスバッハなのでは、という思いがとても強く残った。ああこれは、運命に支配されていた人間の格闘の物語であり、失われた青春でもあり、そして(ヴェーネが果たすことのできなかった)運命を乗り越えていく若者の物語なのだと。

 ウクライナ生まれのセルゲイはまずは母によって教育を受け、のちにロシアにわたり、そしてイギリスへという夢を果たす。それまでの道のりがまず長い。父は出稼ぎのため海外へ行き、父と母のコミュニケーションは次第に薄れていく。それはおそらく、父と子の関係においても言えるのかもしれない。バレエの練習に日々励むことになるセルゲイは、実質的に孤独な青春を送ることになる。育ち盛りの10代の男の子にとって、その孤独はとてもつらかったはずだ。

 イギリスに渡ってからのアカデミーでセルゲイは寮生活を送ることになるが、ここで何かから解放されたかのように生き始める。彼の「悪友たち」何人かがインタビューで登場しているが(逆にロシアやウクライナ時代の友人は登場しなかったはず)悪友たちとのいたずらや夜の遊び、タバコや酒、ドラッグといった、おそらく一般的にも好ましくないこれらの要素は逆にセルゲイという人間をようやく冷静にとらえることができたように思う。あまりにもこうした形跡のなかったロシア時代は、一種の踊るマシーンのようにしか見えなかったからだ。それはまさに、「救世の道具」として幼きころから養育され、人間らしさを形成しないまま成長を重ねたヴェーネとダブってしまう。

 ヴェーネよろしくセルゲイも、親によって与えられた役割を果たすという意味では、忠実な子どもである。あるいはそれ以外の選択肢をはじめから与えられない親の道具である。ジークベルトは子育てをゲームに例えていたが、セルゲイの母親も躍りの世界でのしあがっていくというゲームの成功を夢見ていたに違いない。夢をかなえてもなお人生は続くということを、どれだけ分かっていたかは別として。

 だからイギリスにいたころも、セルゲイが一度も両親を自分の舞台に招かなかった、というのは合点がいった。そんなに容易に、自身の親を容認することなどできないという意思の表れでもあるだろうし、この世界でプロになり、自身のパフォーマンスで稼ぐことができるようになったという意味でもはや子どもではないという思いもあったのだろう。


*******


 そうして次第にセルゲイ自身の抱える葛藤へと物語の焦点が当たっていくにつれ、そういえばセルゲイは最終的に死ぬのだろうかとあらぬことを考えてしまったが、イギリス時代の終盤、つまりもうほとんどのことを叶えてしまい、目指すべきものがなくなってしまったセルゲイにとって、生きる意味そのものを再び見いだせるだろうか、という悩みが深刻化していくこの時期のつらさは、幼少期のつらさとはまた異なる次元のものだろう。夢を叶えれば苦しみから逃れられるのではなく、また新たな苦しみに出会うことになる。葛藤は永遠に続くかのように思われるのだ。

 それはヴェーネが越えることのできなかった壁でもある。一人で苦しんだという意味ではヴェーネとセルゲイは似ているし、セルゲイの役割は理論的には代替可能だが、ここまでの次元の存在になるとそれも容易ではなく、ほとんど唯一無二の存在だ。この壁を乗り越えるためのセルゲイの選択は、イギリスを離れることだというのはなるほどと思った。

 数々のスキャンダルも起こしてきたイギリスにとどまりつづけることは、もはやセルゲイにとって何の意味ももたらさない、とするならば、場所を変えるのが確かに一番手っとりばやい。そのための場所は、一つの候補であったアメリカでは難航したことからロシアになる。再び返り咲いたロシアの舞台で、いまもセルゲイは躍りつづけているようだ。

 幼きころに選択肢を持たなかったセルゲイにとって、何かを自身で選択することは容易ではなかったに違いない。しかしイギリスを離れるという選択をすることによって自分の人生を生きなおすことができた。何度も復唱するようだが、イギリスにとどまっていればヴェーネ・アンスバッハになったかもしれないセルゲイ・ポルーニンは、その呪縛を解き放つことができたのだ。場所を変えるという、シンプルな選択によって。そしてすぐれた指導者という他者を頼るという、人間関係の回復によって。

考えられるのは二つの方法だ。一つはヴェーネ自身が「外部」へと手を伸ばすこ
と。もう一つは、「他者」や「社会」の側がヴェーネの人生に介入していくことだ。要は、セカイ(そんなものはもう存在しないのに)に閉じこもっているヴェーネを、「外部」へと引っ張ってくることだ。

ヴェーネ論」p.20


 セルゲイは自身がイギリスという世界の外部を知っているからこそ、外部に手を伸ばすことができたし、また外部からセルゲイに対してアプローチが送られた。その過程もまた容易ではなかったものの、生きなおす過程のセルゲイの輝くような笑顔は美しい。新しい舞台で苦しみもがく姿もまた、彼が望んで得たものだろう。だからこそ、物語のクライマックスでセルゲイが躍る"Take Me To Church"の静謐さと荘厳さ、そして美しさを、おそらくセルゲイ自身が一つのターニングポイントとして背負いながら、またこれからも新しい人生を生きなおしていくのだろうと、素朴に信じることができる。



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2017年11月05日

2017年10月の読書記録

 9月までは試験がまだつづいていたり仕事がバタバタしていたが、どちらもとりあえず落ち着いたので10月はようやっと本が読めるようになった。
 記録つけたりまとめを載せるのは最近サボってたが、あとになって見返すと面白いことはよく知っているので自分のためにちゃんと続けていきたい所存。

 10月は以下のラインナップです。
 

10月の読書メーター
読んだ本の数:24
読んだページ数:6609
ナイス数:9

『空海の風景』を旅する (中公文庫)『空海の風景』を旅する (中公文庫)
読了日:10月05日 著者:NHK取材班
未成年 (新潮クレスト・ブックス)未成年 (新潮クレスト・ブックス)
読了日:10月05日 著者:イアン マキューアン
カラー版 - 近代絵画史(上) 増補版 - ロマン主義、印象派、ゴッホ (中公新書)カラー版 - 近代絵画史(上) 増補版 - ロマン主義、印象派、ゴッホ (中公新書)
読了日:10月08日 著者:高階 秀爾
Ten years after (1982年) (角川文庫)Ten years after (1982年) (角川文庫)
読了日:10月09日 著者:片岡 義男
響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編 (宝島社文庫)響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編 (宝島社文庫)感想
https://medium.com/@burningsan/e3f02d919f6f
読了日:10月11日 著者:武田 綾乃
ノートブックに誘惑された (角川文庫)ノートブックに誘惑された (角川文庫)
読了日:10月13日 著者:片岡 義男
米澤穂信と古典部米澤穂信と古典部
読了日:10月14日 著者:米澤 穂信
文学効能事典 あなたの悩みに効く小説文学効能事典 あなたの悩みに効く小説
読了日:10月15日 著者:エラ・バーサド,スーザン・エルダキン
ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学
読了日:10月16日 著者:藤井 光
ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)感想
見えない、聞こえないという圧倒的に孤独な戦場を戦ってきたからこその生きざまというところ。生来の楽天的な気分がなければしかしここまで来ることができなかったのだろうと考えると、稀有な人だと思う。見えない、聞こえない、孤独だからこそコミュニケーションこそが最大の生存戦略であると感じた。そして点字による膨大な読書量にはおそれいる。
読了日:10月18日 著者:福島智
太宰治の辞書 (創元推理文庫)太宰治の辞書 (創元推理文庫)
読了日:10月18日 著者:北村 薫
カタロニア讃歌 (1970年) (筑摩叢書)カタロニア讃歌 (1970年) (筑摩叢書)感想
https://medium.com/@burningsan/6fa72a546b1
読了日:10月21日 著者:ジョージ・オーウェル
調書調書
読了日:10月21日 著者:J.M.G. ル・クレジオ
きょうの日はさようなら (集英社オレンジ文庫)きょうの日はさようなら (集英社オレンジ文庫)感想
https://medium.com/@burningsan/b383ab5c7de0
読了日:10月22日 著者:一穂 ミチ
すこしだけ白、すこしだけ黒 (角川文庫)すこしだけ白、すこしだけ黒 (角川文庫)
読了日:10月25日 著者:片岡 義男
誰も書かなかった 武豊 決断 (徳間文庫)誰も書かなかった 武豊 決断 (徳間文庫)感想
武豊を若いころから長い間追いかけてきた島田だから書ける一冊なのだろうと思う。絶妙な距離の近さがいい。
読了日:10月26日 著者:島田明宏
月食の日月食の日感想
https://medium.com/@burningsan/565d6a0063ae
読了日:10月26日 著者:木村 紅美
嘘はほんのり赤い (角川文庫)嘘はほんのり赤い (角川文庫)
読了日:10月29日 著者:片岡 義男
カラー版 - 近代絵画史(下)増補版 - 世紀末絵画、ピカソ、シュルレアリスム (中公新書)カラー版 - 近代絵画史(下)増補版 - 世紀末絵画、ピカソ、シュルレアリスム (中公新書)
読了日:10月29日 著者:高階 秀爾
バラッド30曲で1冊 (角川文庫)バラッド30曲で1冊 (角川文庫)
読了日:10月29日 著者:片岡 義男
族長の秋 (ラテンアメリカの文学 13)族長の秋 (ラテンアメリカの文学 13)感想
https://medium.com/@burningsan/b1f7ddbe009b
読了日:10月30日 著者:ガルシア=マルケス
あるようなないような (中公文庫)あるようなないような (中公文庫)
読了日:10月30日 著者:川上 弘美
冴えない彼女の育てかた13 (ファンタジア文庫)冴えない彼女の育てかた13 (ファンタジア文庫)
読了日:10月30日 著者:丸戸 史明
人生のちょっとした煩い (文春文庫)人生のちょっとした煩い (文春文庫)
読了日:10月31日 著者:グレイス ペイリー

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