2017年02月

2017年02月14日

19世紀のロシアは奥深く、難しく、面白い ――ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳:2006-2007、光文社古典新訳文庫)読書メモ

◆1巻
いまのところもっとも善良に思われるアリョーシャが変人というのはこのあとの展開が気になるところ。まだまだ先は長いが、1巻の中で膨大に費やされている宗教的な記述(主に信仰をめぐるもの)は今後の大きな伏線になっているのか。あとカテリーナという盤石そうなヒロインを配置しながらグルシェーニカというサブヒロインをどどーんと出してくるあたりも波乱含みになっていきそう。先は長いのでのんびり読んでいきたい。




◆2巻
イワンがアリョーシャに人生について語る流れはなかなか面白く読んだがそのあとにくるゾシマ長老の人生に圧倒されてしまう構成がとてもうまいなと思った。ベタなのだけど、長くいきてきた者にはそれだけの厚みのある人生があるということを、イワンやアリョーシャに間接的に示しているようにも見えた。






◆4巻
前半は長く感じたが裁判が始まってからはさくさく読めた。イワンは悪魔にとりつかれていたのか・・・。この時代のロシアにおける農奴制に関する知識がさほどあるわけではないのだが、終盤のフェチュコーヴィチの演説は時代背景を探る上でも重要な見所だと思う。




◆5巻
5巻はエピローグということであっさりと終わってしまうが(4巻が長すぎたせいかもしれない)そのあとに続く亀山せんせいの解説が読み応えたっぷり。ドストエフスキーはなぜ本作のようなスタイルをとったのかとか、「父殺し」というテーマに対して各キャラクターたちがどのようなアプローチをとっていたのか、などなど。再読へのポイントもご丁寧にまとめられていてよい。個人的にはグルシェーニカとカテリーナの比較が面白かった。最初の印象と違って法廷では確かにカテリーナのほうがしたたかな女性だったと思う。




 以上は読書メーターで残したそれぞれのログだ。3巻だけないのは単純な俺の怠慢だが、去年の夏から秋にかけて、ある人の影響でドストエフスキーの五大長編のひとつ、『カラマーゾフの兄弟』を亀山訳で読んでいた。新潮文庫で『罪と罰』を読んで以来、二つ目の五大長編である。
 カラマーゾフを選んだ理由は単にすでにキンドルに入っていた(セールのときに買っていた)からであって、そしてたまたまそのある人とカラマーゾフの話になったからだ。興味を持ち、手元にあるならばとりあえず読んでみるのが自然な流れだった。
 とはいえ1巻から膨大な長さであり、ストーリーはなかなか進んでゆかず、難儀な旅になるだろうなあという予感があった。2巻までの前半部分は確かにとにかく長く長い、ただ大審問と呼ばれる司法に舞台が移されてからは様相が異なる。それは単に司法を舞台にしたほうが盛り上がるから、といいたいわけではない。1巻と2巻の冗長さが(冗長さそれ自体はいかにもドストエフスキーらしい、とも言えるのだろうが)あってこそ、司法に舞台がようやく移っていくのだ、という流れを理解したからだ。

 なぜか。ひとつはこれは信仰を問う形式の物語になっているからだ。ゾシマ長老やミーチャなど、敬虔なロシア正教徒が重要な役割を持つこの小説は、展開が進むにつれてやがて罪を問う物語になっていく。罪を問うならばそれこそ罪をテーマにした『罪と罰』と同じだ。
 だがそれだけではない。もっと重要なのは、19世紀のロシアで書かれた小説だということだ。いまになっては古典だが、当時のロシアの読者たちは純粋な現代文学として受け入れたであろう時代認識や社会に対するイメージなどが、ふんだんに取り入れられている。
 『罪と罰』は展開が進むにつれて移動を多く試みる小説だったが、『カラマーゾフの兄弟』の基本ラインはクローズドな社会だ。兄弟と題されてある通り兄弟たちと父親をめぐる家族の物語でもあり、兄弟たちの青春や恋愛の物語でもあり、宗教と信仰の物語でもある。それらはある程度狭い範囲の社会を舞台にしなければ、深いところまでは書き込んでいけない。
 『罪と罰』が個人の実存という近代的なテーマを持っていたのに対し、『カラマーゾフの兄弟』の場合は時代が移り変わる近代において、古いものと新しいものとの間のコンフリクトがテーマになっている。その最たるものであり、象徴的なものが宗教であり、信仰だというわけだ。

 もちろんロシア正教会の信仰はいまでもロシア本国や周辺諸国において影響力は持っているだろう。しかしそれは、長い歴史から見た現代においてはらやはりかつてほどではない、と言うべきであろう。
 世俗化とはなにかを問うときに、この小説は非常に適している。古いロシアを乗り越えるためにゾシマや父カラマーゾフの死が意味を持つならば、新しいロシアを切り開いていくのは兄弟たちなのだろう。
 次回作を構想中に亡くなったドストエフスキーの無念を思いながら、ある歴史の転換点を小説の中で目撃できること。そのダイナミズムをキンドルという新しい媒体で味わうことができる現代の一人の読者として向き合えたことを、非常に興味深く受け止めている。






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burningday at 00:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)books