監督:白羽弥仁
脚本:安田真奈
主演:藤本泉(辰木桂役)
阪神大震災から20年という題材と木村紺のマンガ『神戸在住』という組み合わせは確かに悪くないと、企画を知ったときに思った。サンテレビで映像化されたドラマを元に劇場版が作られ、それがDVDになっていたのでTSUTAYAでレンタルして見た。NHKとサンテレビという違いはあるが、こちらも阪神大震災を題材にしている『その街のこども』と映像化の流れが少し通じ合うような気もする。ただ、20年後の神戸をいまを生きる女子大生たちの感覚で描く今回の『神戸在住』は大きく違う。そのことによって原作とも大きな差異が生じているが、登場するキャラクターたちは共通していて、20年経ったいまだからこそ作ることのできる『神戸在住』という作品を新たに産み出したと見るべきだろう。
大きな違い。それは、彼女たち(18歳や19歳の女子大生)は震災後の世代だということ。彼女たちは震災を知らない。彼女たちの知っている震災は、むしろ2011年の3.11のほうで、たとえば原作でも東京から神戸へ移住(して進学)している主人公の辰木桂は、3.11を東京で経験している設定だ。友人の和歌子とその恋人リン・ハオは東北に何度もボランティアにいっているという話をハオのバイト先で交わしており、そこでは気仙沼、仮設住宅と言ったワードが登場する。阪神大震災以後でもある世代は、同時に3.11以後の世代でもあるということを肌感覚でとらえているところはリアルだなと思った。
辰木桂は原作の印象よりも美少女としての評価をまわりから受けているが、原作よりも違う点はもうひとつあって、自分に対する自信のなさが際立っているところだろう。原作では大学生活がすでに始まっているが、入学してすぐのオリエンテーションから始まる実写版のほうでは終始おどおどとしていたり自己紹介の番ではほとんど声を出せなかったりしてしまう。なぜ自分にあまりにも自信がないのかということはのちの日和との出会いのシーンで語られることになるが、逆に桂のこうした自信のなさが友人たちを惹きつけていく。和歌子や高美、洋子たちの原作とはあまり変わらない強い個性が逆に桂を画面の中では埋没させたりもするが、目立たない桂の存在をカメラはしっかりととらえていく。基本ラインが桂の成長物語なのだ、ということは強く意識されているのだろう。
ただ、友人たちとの日常的な交流は尺の関係上あまり多くは描かれない。男友達はほとんど登場しないし、原作にあった部室での自由で多様なやりとりも登場してこない。そのかわり、中心的に焦点があたるのは車イスのイラストレーターである日和との出会いと交流の日々だ。日和を通して桂は自分の生きる道しるべを見つける。また、日和を通じて日和のショップを手伝っている早坂や合田さん、カフェのマスターであり元オペラ歌手でありゲイでもある小西との交流が始まっていく。
日和自身もそうであるように、日和の周辺にはマイノリティが少なくない。そのことを日和自身もやや自虐的にネタにしているが、だからどうこうというよりはそれが自然なものであるように彼や彼の周辺の人間は桂の前で示す。桂が失われた自信を回復していく過程で、こうしたマイノリティの人たちとの出会いがいくらか意味のあるものになっているのだろうと、安心することもできる。家とも学校とも違う、サードプレイスであり重要な人物である日和の存在の大きさが、物語の後半のドラマチックを引き立てていくのだ。
とはいえ、ある程度予想できたドラマチックは100分ほどの尺(本編に限ると90分と少し)のでは明らかに短い。後半では特に日和との日々が中心的に当たりすぎたせいで、かえって辰木桂の日常を消してしまっている。大学に通って講義を受けたり、絵を描いたり、友達と講義のあとにショッピングがおでかけをしたりといった要素をもう少し織り込むことができなかったかなと思ってしまう。このへんは究極的には尺の問題なので、構成をいじると逆に日和との関係性を作るパートが減ってしまうので、トレードオフではある。
そのなかでもうまくいっているなと思うのは日和の描く猫と、桂の猫に対する思いの部分だ。もう少し彼女の過去を語らせたり回想をつくってもよかったんじゃないかなと思うのだけれど、桂の猫への思いというだけでなく日和の描く猫に桂自身の気持ちや思いが投影されているということをうまく絡めている。この要素がなければ単に桂や日和が猫好きだということでしかなかったのだけど、猫のおかげで桂と日和はより強く結ばれているのだ、ということを表現することに成功している。でなければ、日和が死の直前にとっさに桂に対して起こしたあの行動の意味もまた変わってくるだろう。共感を強く求めてしまうのは、罪ではない。
というような感じで、原作ファンとしては物足りないところもあったし、もっと神戸感のある映像をいっぱいちりばめてもよかったんじゃないかな(三宮の東遊園地や元町の中華街は分かりやすかった)という気はするけれど、神戸という場所や空間を大事にしつつ、桂と日和の関係性に深くフォーカスしていくという方法自体はとてもよかったと思うし、ある程度うまくいっているなと思う。かなり別物になってしまってはいるが物足りない分は原作で補完する、くらいでいいのかもしれない。あとは、和歌子とリン・ハオのイチャイチャやリン・ハオの苦悩や葛藤をもっと見たかったですが、桂と日和の関係がメインだとするとここらは欲張りかな。