2011年07月

2011年07月22日

音楽における本質とは何か

 私は音楽における本質とは、影響力とコミュニケーションであると考える。以下でこのふたつの要素と音楽との関わりについて述べていきたい。
 まず、影響力について。これは「音楽が聴き手に与える影響」と定義したい。つまり、音楽が聴き手に何も与えないとすれば、その音楽は音楽として本質をついていないのではないか、と私は思うのである。
 多くの人が何らかの形で音楽に影響を受けて生きている、ということはここに記すまでもない。私個人としては、なんとなく買った1枚のCDを聴いてひどく感動する、という体験が年に数えきれないほどある。また、なんとなくいい曲だなあ、という程度に思っていた曲を落ち込んだときに聴くと、ひどく心が落ち着く、という経験も何度もある。
 いま挙げたような例は全ての曲に当てはまることではないかもしれないが、人がある音楽を聴いたときに、単純にいいな、と感じさせるだけでも音楽の影響力はゼロではない。もちろん、こんな曲二度と聴きたくない、というネガティブな影響力も音楽は持っているだろう。この意味では、音楽は人に聴かれることで新しい価値を持つ、と言ってもいいのではないか。 

 次に、コミュニケーションについて。たとえば音楽を聴いて少なからぬ影響を受けた誰かが、友達に紹介する。あるいは、ミュージシャンのライブに行って、直接話をする。もしくは、同じ音楽やミュージシャンを好きな者同士が会話したり仲良くなる。
 つまり、音楽を介してコミュニケーションが発生することも音楽の本質ではないかと思う。そのときには、前述した影響力というものも大きく関わってきているはずである。元々音楽とは一人で演奏するものではなく、誰かと共に演奏するものであったはずで、その時点でコミュニケーションは生まれているはずだ。ただ、コンピュータの進歩やパッケージとしての音楽の流通によって、一人でも音楽を楽しむことは可能になった。
 だが、一人になったからこそ、音楽の幅自体が多種多様になっているからこそ、コミュニケーションをとりたいという欲求も新たに生まれるのではないだろうか。自分だけしか知らないけど素晴らしい曲を誰かに教えてあげたい、あまり注目されてないけど面白い音楽を作るミュージシャンがいる・・・など、音楽は新しいコミュニケーションを生み出すことができる。

 テクノロジーの発達した現代には、そのコミュニケーションが可視化される。同じ趣味や嗜好を持った人を見つけることも、ずいぶんと簡単になった。音楽の聴き手にとっては、幸せな時代であるだろう。音楽の作り手にとっても幸せかどうか、音楽自身について幸せかどうかは分からないが、作り手と聴き手のコミュニケーションもテクノロジーの発達によってずいぶんとコストが下がったのは確かである。
 テクノロジーはあくまで手段だが、この手段をうまく使えば、音楽にとっても幸せな時代がまた訪れるのではないだろうか。そのときに、音楽の持つ影響力やコミュニケーションを生む力は、また新しい価値や意味を持つに違いない。

 私はそんなふうに思いながら、今日も大好きな音楽やまだ知らない音楽と戯れる日々を送る。


* この文章は2010年度「複合文化学特論8(教員:佐々木敦)」で書いた期末レポートの転載です。ちなみに評価はAでした(キリッ

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2011年07月15日

その街のこども ―実感としての1995年 【2010/2011年】

監督:井上剛
脚本:渡辺あや
主演:森山未來、佐藤江梨子

鑑賞劇場:シネマロサ


NHK公式サイト 映画公式サイト

 これは阪神大震災をテーマにした映画であるし、そうでない映画でもある。

 という前ふりを、ログを見ると2月25日の深夜に行っていたらしい。このあと個人的に進路的な意味でごにょごにょしたあと、3.11を目撃する。できるならばその前に完成させておきたかった文章でもある。
 この映画について語る限り、3.11に言及する必要はない。ただ、今生きているのはまぎれもなく3.11後の世界だ。阪神大震災から14,15,16年と時が経ち、記憶の風化という文字や震災後に生まれた世代が増えてきているという文章を新聞などで見かけた気がするが、3.11後にどれだけ95年1月17日とその周辺が語られたかは、改めて言及するまでもないだろう。

 ・・・と、こうやって文章を繕うことと映画自体の評価にはあまり関係ないような気がするので、まずは映画そのものから振り返ることにしたい。震災論はあとでいい。
 言いたかったのは、3.11以前に書いておくことができれば、それ以後に見直して何か発見があったかもしれないな、というところかな。極端に以前以後を区分けする必要もないと思うが、意識レベルでは否が応でも切り離せない。
 
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 映画ではあるのだが元は2010年、あれから15年の日にNHKが放送したドラマである。いくつかの映像を付け加えたものが映画として公開された。
 少なくとも、いつもの俺ならそのときに何か書いていていいはずだ。ただツイッターを見てもほとんど何も書いてはいない。神戸という土地に多少は馴染みがあるが、自分のこととしてとらえるにはあまりにも95年の1月は幼すぎた。
 とはいえ何も語ることがなかったわけじゃない。地元でも震度4は観測したし、この震災と3月の地下鉄サリン事件は幼いながらに社会というものを感じた初めてのきっかけだった。同世代で同じような感慨を持つ人はそれなりにいていいと思う。

 この映画もそういった意味では、あの日を直接語る映画ではない。ただただ、追体験していく。社会の中の出来事ではなく、自分のものとして追体験していく。
 美夏を演じる佐藤江梨子の関西弁も、勇治を演じる森山未來のぎこちなさも、特別な誰かではなくてどこにでもいたはずの一個人を演じることに徹しているように思えた。そしてもはや、見ていると彼らが演じているのか役そのものなのかが分からなくなる、という心地よい矛盾を抱えることになる。

 彼ら自身の抱えている矛盾もある。ふたりとも15年という年月の間立ち寄ることはなかった。15年ぶりに訪れた理由がいっぽうにはあるが、他方にはほとんどない。必然と偶然が絡み合っていくがゆえに、抱えている矛盾が露呈していく。
 その様がものすごくリアルなのだ、という気がした。ぎこちない関西弁から露呈していく過去。この映画は物語があるようでない。ふたりが偶然出会って、あの日から15年後の朝に向かって街を歩く。撮影方法からしても映画と言うよりはドキュメンタリータッチにも思える。エフェクトを駆使したり、カメラワークを意識したりということがほとんど感じられない。
 美夏と勇治のようなふたりはどこにでもいるようで、でもどこにでもいないかもしれない。

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 忘れてしまうこととか、歴史になってしまうこととか、それ自体は必然だとしても当事者として考えるとなんとも言えない気持ちになるんだろうね。だからエンディングに本当の1月17日を持ってきたことのインパクトは虚構と現実の交差以上の意味がある。
 もう15年も経ってしまって前後の世代が経験という意味で確実に断絶している。もちろんそれぞれの思いがあるんだろうけど、経験した人の感じるもどかしさのようなものはどんどん積もるのかもしれないな、と。美夏が三宮の変化を見たときの違和感が象徴してるように。
 冒頭に書いた阪神大震災の映画でもあるしそうではない、という意味はこのへんにあると思っていて、つまりはあくまで阪神大震災という実際の出来事や神戸、三宮、長田、御影という舞台を下敷きに、あるいは媒介にしつつ、美夏と勇治の出会いを淡々と描いていく。淡々と、と書いていいくらいスタンスがはっきりしていて、かつ生々しい。脚本で書かれた言葉ではあるのだろうけれど、どこかにあったはずの出来事、のように思わせる意味はおそらく現場で語られているから、という側面も大きい。そして語りを続けるにつれ洗練されていく関西弁も。

 『Prelude 2011』で宇野常寛が書いている「巨大なものをどうとらえるか」という視点は間違っていない。とらえきれないことは分かっていて、だからずっと抑圧または逃避していて、ふたりの距離はぎこちないし、会話はかみ合わない。
 ただ、その上でも美夏と勇治は語ろうとする。自分の言葉で、記憶をたどりながら心を開いていく。そうして少しずつ寄り添おうとしているときに、「巨大なものをどうとらえるか」という視点では足りない何かがあるような気もした。
 語ることによって目指す到達点としての巨大なものという実感は映画を見ていてあったが、あくまでそれは結果にすぎないのではないか。あるいは、巨大なものをとらえようとしつつ、自分の中の何かを堀り出そうとしているように見えた。

 ソーシャルワークや心理学でナラティブアプローチ(*1)というものがあるが、語りによって醸成される物語という点ではこの映画も近しいものがある。とはいえ、語られるものがもたらすのは不幸か幸福かは分からない。それすら分からないからまず語る、というところに映画の主眼は置かれているのだから。
 その語りが「巨大なもの」に向かう一方、自分自身の過去という内省的なところにも向けられている。そしてその語りはとにかく生々しく具体的だ。美夏がかつての友人ゆっちについて語るシーンやゆっちの父親に会いに行くシーンは、フィクションを見ているような感覚が全くなくて、これはきっとどこかで語られたはずのエピソードだろう、という感慨のほうが強かった。

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 もっと率直に感想を書くならば、この映画には苦い記憶を掘り返す暴力性もあったと思う。とはいえ15年も経ってしまうとほとんど当事者や神戸、阪神地区以外の人にとっては忘れてしまっていた遠い記憶である。自分自身も当時の記憶がほとんどない中で95年の冬、を思い出さねばならない、という不思議な感じがした。
 その上で感じたのは、日本に住む限り地震という災害からは逃れようがないし、たとえ語られなくなったとしても次がいつ来てもおかしくないなあ、という感覚だった。だから1ヶ月後に本当にあれだけの大災害を体験し(いわゆる被災地ほどのインパクトではなかったにせよ)、目の当たりにしたけれど、想定外という感覚は全くなかった。いつか来るはずだろう出来事を、自分の中ですんなり受け入れることができた。

 関東でも長く続く余震などからくる心理的不安を抱える人が多くいる中で、順調に日常生活に戻れた要因なのかなあとも思っている。他の人がどう感じたか分からないが、ラストシーンで浮かんだ95.1.17という数字が想起させたのは、メメント・モリ、刻まれたものを忘れないように、というメッセージだった。
 とはいえ完全に日常に引き戻してしまうと忘れてしまうことの効用のほうが大きかったりするので(常に考えていたら身動きとりづらいよね、とか)難しいのだけれど。ただ、ある人に言われたのだが、いずれも直近でなかったとは言え阪神大震災と3.11のふたつの地震を震度4と5弱という、大きすぎず小さすぎない数字で経験したという事実は、これからの人生で多かれ少なかれ意識せざるをえないのかもしれない。

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 この映画を見た雑感と実感はこんなところだろう。3.11のことも頭に入れつつ、できるだけそこから切り離して書いてきた。3.11で何かが変わったというよりは、上に書いたように宿命的な現実に引き戻されたという部分が大きいだろうという思いもあるし。
 70分少々という長さというのもあってドラマと映画合わせると5回以上は見ているが、細部へのこだわりが多々あるので見るたびに感じるものが変わってくる。地震云々はおいておいても、一生付き合っていく作品になるかもしれないな、と感じている。
 あとはまあ、最近のNHKはドラマに関して本気出し過ぎだよね、と。

 この記事を一通り書き上げたあとに最大震度5弱の地震が関東地方で起きるのだから、まあそういうことなのであるよ、と改めて。


*0 あとがき的な話をすると、95年は阪神大震災とは別に自分自身に大きな影響を与える出来事があったので、ラストシーンで数字が浮かんだときは何かとこみあげるものがあった。今でも弱い影響は続いているし、何よりあのときの出来事が今の自分を規定し、場合によっては突き動かしているとも言えるし、というか自分自身のアイデンティティと切り離せないことでもあるので、この映画とは全く関係ないけれど95年という数字が自分に与えた影響は大きい、というお話。オウムとも当然いっさい関係ありません。身近に育ってきた地元の友人知人はほとんど把握していると思うが、地元を離れてから具体的な話をしたことはほとんどなくて、自分の中でもある種抑圧してきた部分もあったのかもしれないなあ、という感じはしていた。同時に、自分以外の誰かも語らずに抑圧している過去なるものはあるのだろうなあ、ということもぼんやりと感じた。もしかしたらぽろっと誰かに話すかもしれないけれど、全てを語ろうとすると無駄に力が入るからきっと語ることはないだろう。そっと、これからも向き合っていけたらいいな、と思っている。たぶん95年当時の自分もそう感じた、もしくは大人にそう言われたはずなのでね。

*1 社会福祉実践におけるナラティブアプローチに関してはたとえばこの文章が参考になる。どういった歴史的背景と問題点を含んでいるかが整理されている。 http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~akiyak2/narrative.pdf

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2011年07月02日

after July 1st

 7月になりました。昨日はJuly 1stでしたね6月は息抜きとか思いつきという名目で長い文章をいくつか投下していますが今月はそんな余裕はきっとないでしょう。もっと追い込んでいきますよ、ていうかそうしないとさすがにもう夏なので。
 とはいえまだまだサボリ癖はあるので月初めに記しておけばとりあえず目にはつくだろうと思って、書いている。

 最近の日常は勉強面以外でも結構充実しているのかもしれない。高校3年生のときも勉強よりは人間関係で結構楽しかった時期だったなあ、と思っているが大学の最終学年でも似たような結果になっている。中学のときもそうだったかな。
 終わりへの余韻を方々で感じつつも、だからこそ目指すべき場所や側にいる人の大切さを感じる。あとは慣れですかね、色々もがいてきた中で得られた実感であるとか。そんなところ。一時期少し過剰だったネットでのコミュニケーションも、ある程度スタンスを再構築できた気はするし。
 というわけで、最後の1年を楽しみつつ追い込みつつ、ガンガンやっていきましょう、ということでいいんじゃないかと思っている。今までがそうであったように・・・結末もある程度ハッピーエンドだといいのだけどね。まあ、そのためには努力するしかない。

 とまあこんなところでしょう。
 この前花咲くいろはの13話と電波女の最終2話一挙放送なんかを見ていて色々思うことはあるが、純粋に楽しかったね。どっちも筋自体はささやかなんだけれど、その中をうまく書き込むことによって物語性を作り出しているアニメでした。いろははまだ続きますが。
 今期はこれに加えあの花やシュタゲを見ていたので、無駄に青春ものが多いなあと悟ったのでした。
 そして某所で「青春とは何だったのか問題」なんてものをぶちまけてしまったので、暇つぶしにいつか投下するかもしれません。けどこれは自分で考えるよりは他人と交わす会話のネタにするくらいがちょうどいいかな、という気はするけれど。高2,3のころはクラスの女子とわいわいやってて楽しかったです、まる。くらいしか言えないし、詳しく書くと方々からぶん殴られそうなので。
 時々ハプニングなどでパンチラがありましたがそれ以上のことは何もなく穏やかに終わったので許してくれ、と思っている。たぶん、どこにでもあるような高校生活のワンシーンなんじゃないかな、とね。

 ただそうしたどこにでもあるような、で規定するだけのものが青春ではないだろう?というのがたぶん、話の盛り上がりとしては面白いところで、前に書いたように誰かと会うときのネタにしてみようか、とは思うよ。
 単純に他人の過去には興味があるしね。結局大学入って知り合った人の場合、数年間くらいしか知らないけど、たぶんきっと掘り下げると面白い話はあるだろうし。黒歴史という地雷もあるかもだが。

 という感じで、今日はたまたま予定が3つくらい重なったリア充な日(全部遊びではないけど)なので羽根を伸ばしつつ、冒頭書いたように今月はガンガンいこうぜ、で頑張りたいと思います。
 でも本音は「恋したいぜ、夏」です。そういうことです。たぶん見通しは「こしいたいぜ、夏」だと思いますが。

今日の一曲


一曲といいつつJuly 1stとHanabiの2曲。両方ともシングル「H」に収録。個人的に2002年を彩った夏曲でした。続きを読む

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