Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

2010年11月

 なんか久しぶりのdays=普通の日記であるな。11/3のことでも書きます。
 3日は大阪に行ってきましたよ、と。開幕ライブとかいうリクナビの就活イベントという名の合同説明会です。でもちゃっかり景品の抽選があったりするあたりはお祭り的だよなあ・・・と斜めに見つつ、地下鉄乗った段階から周りが黒のスーツばかりで会場入りする前から戦場だったのでした。
 会場もまあ、一部は戦場のような区域があったけど(H報堂とかT版印刷とか)人が多い分数が多いので探して選べば立ち見は余裕で回避できました。5時間ちょいで7カ所くらい回ったかな、ブースは。大きくて知名度あるところも試しに寄ってはみたが表面的な話しか聞けなかったのであまり得るものはなく、全てがそうではないだろうけど中規模であんまり知名度はないくらいの企業のほうがアピールすることにかけては力を入れているような気が総体的にした。大企業が流れ作業のようにやっているのに比べると中小の採用活動は必死なんだな、と思った次第である。大きいところでは東京エレクトロンは仕事の話が細かくて結構面白かったけどね。
 終幕間際の17時くらいに会場で市立大のちひろ氏と合流して梅田の東通り商店街でメシを食う。次の日学校なのにバスの見送りまでしてくれて非常に嬉しかったです、ありがとう。前に書いたが過去と向き合うことがただでさえ苦手なので、素のままに腹を割って話せる友人がいるというのはそれだけで幸せなことだと思ってる。疲れててあんまり喋れんかったのは申し訳なかったが、またいつかどこかで。昔話と未来の話でも肴にしましょ。
 
 感じたこと。
 就活の早期化は全体の流れだからひとまずはどうしようもないんだろうが(俺の次の代から少し変わるかもしれないが)大企業病はリクナビの仕様に寄るところが大きい気がしている。
 まあ、功罪両方あると思っていて、誰かが言ってたがリクナビ自体のコンテンツは非常に使えると思ってる。自己分析やら企業分析やら細かい特集の数々は。ただ、リクナビの提供する情報ソースは大企業に非常に偏っていて、毎日送られるメールも基本的にそうだし、あげく「みんなが行っている」とか「先輩も使った」とか同質化を煽っているような気もする。んー、まあこれはリクナビが悪いというよりサービスの手法の問題とは言えるんだろうけれど、最終的には個人が他人とどう違うのかを示す就活において、同質化を煽るのってどうなの?とは思うのである。
 誰かと同じことをするというのは結局はナッシュ均衡に陥っているだけで、差別化をはかることには繋がらない。悪くはないが、あなたにとってのベストというわけではない。
 ベターなのかベターじゃないのかという選択肢をとりつづけても、主体的な就活からはおおよそ遠いところに行くだろうし、それが就活ビジネスの狙っているところではないかと勘ぐりたくなる。うまくいかなければいかなくなるほど何かに頼るようになり、さらに顧客が増えるだろうからね。東洋経済の今週の特集で言うところの、悪いパターンの就活の典型例である。まあ、自分の周りであのパターンに陥っている人はあまり見かけないからあまり現実感は持っていなくて、つまりは早稲田の学生は就活への感度が高いのだなあと思う。大阪の友人と話をしていても思ったけど。
 大事なことは結果を出すことだ、と言われればそりゃそうかもしれないが、就活はゴールではなくて次のスタートなので、結果を出すことに固執しても意味はないと思う。それも大事だが大事なのはもっと先の話だろう、とね。そのためには主体的でないと後で自分が後悔するだけなんていうのは、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』ではないけど思うところである。

 まあ当然自戒もこめて、だが。まだ悩んでる最中なので豪雪でもあれこれだったけど、ちょっとずつ照準をしぼりつつ、という方向にいきたいと思うし、必要な準備もせねばね、と思う。
 収穫としては色々あるけど、一番は今まで自分が準備してた知識や情報と、与えられる情報との照合ができたこと。自力でなんとかなる範囲と、直接聞かなければ分からないことの境目がある業種について確認できたことは今後別の業種で同じことを試していく上で糧になる。自分で得た情報をぶつけたら、それを前提にして話ができたことも価値があった。自分が何も持ってない状態だと、あっち側も発展性のある話はしてくれない。それはそれで情報収集と言えば意味があるけど、もっと意味のあるものにしていくために自分が何をすべきか、が示されたかな、と思っている。
 話が弾むと当然楽しいので、その楽しいを持続させることも就活を有意義に進める上では大事だろうね。あとは楽しいが目的化してしまわないように、というくらいか。このへんは10月のCEATECで遊びすぎて若干後悔したので今回は多少はマシにマジになって臨んだつもりである。

 今回の感想はこんな感じ。次の豪雪は年末年始かな。疲れるのであんまりしょっちゅう行きたくないd(ry
 学内セミナーでいくつか面白そうなのがあるのでそれに出つつ、業界&企業分析を着々と進めつつ、自己分析もちょっとずつやってみようかな、という感じです。
 自己分析は企業分析や豪雪などに行って実際的なことを知ること(=何が行われていて、何ができるのかを知ること)でもあると思ってるのである程度並行はできるんだけど、いわゆるESや面接用の自己分析(=自分が何をやりたいのか、アピールしたいのかを知ること)は今のところ華麗にスルーしてるのでちょっとずつでもやっていようかな、という感じです。後者を重視しても先に進めないので目先のセミナーなども考慮して前者を重視しよう、というスタイルです。
 腐ってもまだ11月なので逆算して最後には間に合わせればいいし、前者は自分ひとりの力ではできないことも多いので後者を後回し、という感じでもあるかな。何が行われているのかを知ることで興味が増して、何が出来るのかを知って自分がやりたいかどうかを刹那的に判断している部分もあるので、前者重視のほうが今のところは得られるものが大きいと思っている。興味が増しても今ならさらに調べる時間はある。また、判断と言っても悩むべきところは悩むから、逆にすぱっと決められる部分は早めに確定させておいたほうがいい。

 というのが少なくとも年内における就活のスタンスです。年明けたらもっと具体的な、即物的なこともやらなあかんでしょうな、とは思ってるけどねもちろん。

 っと、学祭のことも書こうと思ったんだが就活だけでスペース埋めすぎたな。今まで就活のこともあんまり書いてなかったので、色々考えたりやってきたことをぶちまけた感じになってしまった。
 学祭については「6,7日両日ともライブが楽しかったです、音楽を浴びるという体験の素晴らしさを体いっぱいに感じました(キリッ」 で終わらせてもまんざらじゃないんだがw暇があれば詳しく書きます。あとcathyさんはご多分に漏れず美人さんでした。やんわりしているのかな〜と思ったらなかなか鋭い部分もあって面白い会話が出来たと思います。好きなコト、モノに対する思い入れが強い人だなあ、と思いました。自分にまっすぐで、旅行好きだからかフットワークも軽いし、初対面だけど非常に話が弾んだし楽しかったよ。
 初対面が早稲田という日常的な場所で、でも学祭という非日常的な空間で、ふたりして音楽にまみれてました。いえーい。日常と非日常の狭間で、しかもルミナスオレンジとDE DE MOUSEのライブで盛り上がったあとにどういうふうに別れを告げればいいのかよく分からず、東西線の早稲田駅でふたりはにかみながら手を振ったのでした。ちゃんちゃん。

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ブログタイトルでもある今日の一曲、whooさんの「トラベリングムード」
大阪も早稲田学祭も、何回も行っている場所なのに全然違う景色を見せてくれた。違いを楽しむこと、それ自体が旅に他ならない(気がする
 

読了
10月(つづき)
73:『医療崩壊の真犯人』村上正泰
74:『地域医療再生の力』中川雄一郎
75:『難病東大生』内藤佐和子
76:『スプライト・シュピーゲル1』冲方丁
77:『ツイッターノミクス』タラ・ハント
78:『スプライト・シュピーゲル2』冲方丁
11月
79:『就活の法則』波頭亮
80:『離脱・発言・忠誠』A・O・ハーシュマン
81:『<私>時代のデモクラシー』宇野重規
82:『恐れるな!』イヴィチャ・オシム
83:『財政危機と社会保障』鈴木亘

 小説が少ないのは最近の傾向ですね、諸々の理由で。シュピーゲルシリーズが思った以上に面白いのでとりあえずスプライトの残りの2冊は買ってきた。
 77は『デジタルネイティブは世界を変える』と内容が多々ダブってたのでちょっと損したかなあ。
 79はユニークだが芯のある持論は考えさせられる、かつ現実的なのがいい。
 81は社会学の素養がなくても読める。序盤に近代から再帰的近代にいたるまでの話があって非常に助かった。全体としてややコミュニタリアン的な香りはする。
 83は社会保障全般に関する直近の現状把握のために読んだ。政権交代後も含めたここ10年の動きが書かれているので『日本の社会保障』と読み比べたら面白いかも。ただ、あくまで効率的な配分をというあたりは経済学者らしいなあ、と無駄の多さや規制の多さの削減の部分には同意するが社会保障論としては弱いと思っている。まあ、それすら考えられないくらい危ないのですよ、と言わんとしているからなのだろうけれど。俺の頭で全体を把握するのはやっぱり難しいね、けどやれるだけはやってみたいし偏りすぎないように経済学者の話もちょいちょい読むことにしている。続きを読む
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 なんとなく過去を振りかえってみたくなった。端的に言えば色恋に関して。もっと広げて普遍的なことを書こうとしたけど長くなってまとまりそうにないので、今回は色恋に限定することにする。
 過去のソレとどう向き合うか、というよりは、今現在から過去のソレをどうとらえなおすか、という感じで書いていきたい。

 そこで。このブログでも3,4年前は何回か登場した”彼女”(参考:http://blog.livedoor.jp/burningday/archives/50677147.html)を久しぶりに取り上げることにする。
 ”彼女”がこれを読んでいることはないと思うので気楽に書いていこうと思うのだけど(もちろん罵倒などはしません)正直言えば、今でも良く覚えていると言っていい。去年好きだった人のことよりも、はるかに鮮明に覚えている。アナログでつけている日記にはもうどうしようもないくらい鮮明につづってあるからかもしれないが、文章でつづられている以上に”彼女”と過ごした時間の鮮やかさがイメージとして焼き付いているから、と言っていいと感じている。
 もっと具体的に言えば、出来事の積み重ねとして、ではなく明確な記憶を、一枚一枚刻むように、覚えているとでも言えばいいのかな。いやなんかこう書くと詩的になりすぎるけど、詩的にしたいくらいの出来事でした、とも思ってる。とか、あれこれ書くと変態乙としか言えないのでこんな感じでやめておこう。

 今でも鮮明な理由。理由はシンプルに、もう戻れないから、だろう。時間の不可逆性は言うに及ばずだが、あの頃の感性を取り戻すことはもう無理だ。
 だから今”彼女”に再会したとしても、あの頃ほどの感情を持って接することはおそらくないだろうと思っている。もちろん今は今抱くことの出来る感情で接することは可能だとしても、それはかつての抱いていたものではありえない。
 この歳になって、これから歳をとっていく中で洗練されていくものはあるだろうけれど、取り返せないものが自分の後ろに着実に積み上がっていくということ。
 それ自体は特に何とも思わないのだけれど、何かの機会に過去と向き合わなければならなくなると、どういう心持ちで接して良いのかが分からなかったりする。時間的な断絶が長いほど、変化を感じ取ることができないわけで、その変化を確かめるのが面白いと思えるようになれればいいな、と考えたりもする。当面の目標はそんな感じ。

 ”彼女”の話に戻ると、たとえば「秒速5センチメートル」で貴樹が明里に対して持っていたイメージとかなり近いものがあって、次の恋愛には進めるけど、決して忘れてしまうことはない。
 貴樹がどう思ってたかは細かな部分は分からないとしても、明里と過ごした時間の唯一無二の感覚をずっと抱えていたのは確かだろう。あっという間に忘れてしまっていたなら、大人になってからの恋愛があれほどに空虚になることもないはずだ。あるいは、抱えこみすぎたことの弊害として、だろう。
 さすがに俺は貴樹のようには抱え込むつもりはないのだけれど、抱え込みたい気持ちは分かるのだ。過去にこだわりすぎだとか、中二病だと言われようが、どうしようもないものはどうしようもない、という破綻した理由を以てね。

 自分のことに関して言えば、”彼女”のことを忘れてしまったら、”彼女”とそれを取り巻く想い出の数々まであっという間に忘れてしまうんじゃないかという危惧があるからかもしれない。修学旅行が楽しみだった夜(彼女は急な熱発で来られなかったんだけど)、初めて一緒に帰った日、遅くまで教室にふたりして残っていた日(いちおうまじめに勉強してたよ!)や交わした会話の数々。誕生日おめでとう、の言葉は誰よりも嬉しかったしなあ。などなど。
 まだまだ未熟で、何も知らなかったころの想い出は、今後絶対にもう得られるものではないから。大学に入って得たものとは全然違う価値というか、唯一性があるような、そういう気がしている。戻れないことの価値は当時の俺が感じていた以上に、おおきいらしい。 
 特に恋愛におけるいくつかのステップを経験してしまったあとは、それを経験しなかったころの恋愛がひどく特別なものに思えてならないのである。貴樹が大人になって得た空虚感もそういうところに由来している気が個人的にはしている。形式的にリア充になったとしても、それ自体が幸せに繋がるわけではないし、先に進めば進むほど遠くなる過去がいとおしく思えてしまうんじゃないだろうか、と。
 自分自身としては破綻してしまわぬよう、”彼女”とその記憶と向き合っていきたいと思っている。それでもたぶん、時々はどうしようもなく懐かしく思い出すのだろうなあとは思うけどね。とりあえず、あゆんこさんの書く詩が好きだと思える間は貴樹のようになることはおそらくないと思っている。甘酸っぱい恋も面白いと思うし、身をすり減らすように誰かと抱き合うなんていうのも詩的でいいよね、と思えるくらいには歳を取っている。

 あとはまあ、今後も大事に抱えていける想い出を持っている分には、生きていくのは面白いかもしれないとは思うけどね。持っていないよりは、はるかに。

 もう会えないことよりも、出会えたことが嬉しい

 なるけみちこがそういう歌詞をつづっていたように、ね。

 
 最後になるけどあと1人、10代のうちに出会った人のうち忘れられない人がいる。彼女のことはまた別の機会で触れることにしようと思うが、高校時代の”彼女”とは会おうと思えば不可能ではない(同窓会とか)が、ここで挙げる彼女とはもうおそらく、会えない。
 そのことだけが忘れられない理由ではないのだけれど、出会ってから別れるまでの時間が楽しかったこと、それと過ごした時間の短さ、かな。主立った理由は。
 まあ、そんな感じで今年から20代になったということもあって、自分が歩んできた10代という時間をゆるゆると振りかえる機会がまたあるかもしれません。これぞ自己分析(ちょっと違


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秒速5センチメートル
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坂本真綾「ハニー・カム」

最近ちょっとハマってる1曲。恋の初期衝動のような、何かが始まりそうな気配を感じさせる強烈な明るさがいい。
上に書いた2人を最初に意識し始めたとき、ってたぶんこういう感覚だったんだろうなあ。いやあ、若いっていいねえ(←

 
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