2022年04月06日

ナラティブによる揺さぶりと、二人の巡礼 ――『ドライブ・マイ・カー』(2021年)



見:イオンシネマ高松東

 原作である村上春樹の短編集『女のいない男たち』を読んだのはもう何年も前なので、見事に内容を忘れたまま映画を見ることになった。いかにもな村上春樹の書く主人公である家福(西島秀俊)の惰性的なセックスとクリエイティブへのこだわりを見るにつれて、思った以上に饒舌(な印象を受けた)だと思ったが饒舌な主人公は濱口竜介作品にはよく似合う。劇中劇とそれを作る過程を描いた4時間の大作『親密さ』と比べると、劇中劇であるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』がちょっと道具的じゃない?(制作のプロセスを詳細に扱っていたのだから、もう少し劇自体を長く見たかった)という不満はあったものの。

 原作である同作以外に同じ短編集から「シェエラザード」のエッセンスを取り入れることで、この映画で最も重要なのはナラティブなのだということが象徴的に描かれ、導入されていく。カップルの性行為(少し風変わりな)を起点として物語を進行するのもいかにもな村上春樹といったところで、ただ主人公がよく喋ることに意味があるわけではない。むしろ、たいていのことは語る彼の語らないことに意味があるのではないか。そのために、劇中劇が利用されているのではないかという仮説を早いうちに提示する。

 家福に付き添うのは主に二人。ドライバーのみさき(三浦透子)と、スキャンダルによってフリーランスになった俳優、高槻(岡田将生)だ。この二人の間の会話のやりとり、そして高槻が積極的に投げかけるいくつかの質問は、家福を揺さぶる。家福自身の感情を揺さぶり、彼のナラティブ(とりわけ、妻であった音に対するもの)を揺さぶる。

 同時に、会話ないしコミュニケーションは双方向のものであるから、問いかける側も常に揺さぶりを受けることとなる。この揺さぶりが、巡礼のような形で結実するのが終盤のみさきとの長いドライブだ。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』において、ある女性の死をめぐる多崎つくるの巡礼を描いた。彼の旅路は、謎を解くこと自体にももちろん重要な意味はあるが、旅をするというプロセスが彼の感情を揺さぶり続けることに意味があった。

 みさきは、一人では決して訪れることのなかっただろうその場所に訪れる。そして、思わず家福に甘えてしまう。こうした感情のやりとりもまた、家福が音との間に喪失していたものなのかもしれない。みさきの過去をめぐるための巡礼が、みさきとは無関係の他者であった家福を揺さぶる。客観的に見ると、家福がみさきを道具的に利用したようにも見えるが、みさきもまた家福を利用している。

 この双務関係とも共犯関係とも言える関係は、『多崎つくる』にはなかった形の巡礼である。多崎つくるも一人ではなく誰かと一緒に巡礼をしていればまた違った感情が芽生えたのかもしれないし、発見があったかもしれない。もちろん一人旅も悪いものではないが、一人ではなく二人であるということの意味は、意外にも大きいものだったのだろう。

女のいない男たち (文春文庫)
村上春樹
文藝春秋
2016-10-07


村上春樹
文藝春秋
2015-12-04




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2022年03月26日

プーチンの「方法」を今振り返る意味 ――『Putin's way』(アメリカ、2015年)






 「経済の停滞とウクライナ問題で緊迫するロシア。世界の目は、大統領ウラジーミル・プーチンに注がれています」
 「追い詰められた時のプーチンは危険です」


 こうしたナレーションでこのドキュメンタリーは始まる。もちろん2022年ではなく、もっと前(2015年)に作られたドキュメンタリーだが、2014年のクリミア編入の後というのは一つポイントだ。その時から(足掛け8年を経て)現在進行形で発生しているロシア・ウクライナ戦争を理解する一助にはなるだろう。(あくまで一助である。プーチンを理解することは重要だが、それがこの戦争のすべてではないからだ)

 かつてのKGB(現FSB)のスパイとしてキャリアをスタートさせた後、16年活動したのちにサンクトペテルブルグの市職員になり、副市長を務めるようになる。ここが、政治家としてのプーチンの活動のスタートであり、この時点から黒い政治に積極的に手を染めて、結果的にその黒い活動により自分のキャリアを築いていく。

 プーチンはやがてFSBの長官に就任し、エリツィンにも認められるようになる。そして、首相へ。このすべてを90年代にやっているのだから、「ただの元スパイ」としては十分すぎる出世コースだろう。人脈を築くこと、そのためには裏の世界とつながることともいとわない、手段を選ばないスタイルがすでに築かれていたことがよくわかる。

 90年代はソ連崩壊によって長くロシアが苦しんだ時代だ。そのため、2000年代に颯爽と登場したプーチンはロシア国民の期待を多く背負ったらしい。実際に2000年代のロシアは経済的には好況なディケイドで、BRICSと呼ばれる巨大な新興国家に名を連ねるようにもなる。このことは、当時高校生だった自分も現代社会や政治経済で学んだことだ。

 少し話を変えるが、廣瀬陽子の『ハイブリッド戦争』の中で、今のロシアを代表するPMC「ワグネル」についての記述がある。しかし、ワグネルの実態はまだよく知られていない。なぜなら、記者やジャーナリストがワグネルに近づこうとすると、「消される」からだと廣瀬は述べている




 このドキュメンタリーでもプーチンの闇、たとえばマネーロンダリングなどに接近しようと様々な人が登場するが、迫り切れない。全員が「消される」わけではないものの、核心に近づくことはできない。不都合な人間を排除する方法はいくらでもあるのだろう。

 1999年にはモスクワで高層アパートの連続爆破事件が起きる。このタイミングでプーチンは首相に就任しており、事件後にチェチェンへの侵攻を開始した。



 非常に奇怪な事件であるが、その後のチェチェン侵攻にあたってのプーチンのロジックは一貫している。目的のためなら手段を選ばない。敵を敵たらしめるために、自分の国の無実の民間人すら犠牲にする。同時に、まだ政治家として知名度がほとんどなかったプーチンが自分の存在をアピールするためにあちこちに登場したとドキュメンタリーでは語られる。

 このドキュメンタリーの邦題は「プーチンの道」となっている。彼の歩んだ足跡を表すという意味では悪い訳ではない。ただ、原題がway(roadではない)なので「方法」と解釈してもよいはずだ。いかにして彼は地位を駆け上がってきたか、そのhowがつまったドキュメンタリーであり、ある意味一貫してきたその手法(人脈構築に余念がなく、目的のためには手段を選ばない狡猾さと冷徹さを発揮する)は2022年にも顕在化している。

 もっと根本的に重要だとされるプーチンの歴史観についてはあまり触れられていない。これについては例えば以下の本で補う必要があるだろう。それでも、わずか50分ほどでプーチンの脳内と彼の歩みを把握できるという意味では、オススメの一本である。少なくとも2022年を生きるわたしたちは、彼の脳内を覗き見る価値はあるだろう、大いに。

ファシズムとロシア
マルレーヌ・ラリュエル
東京堂出版
2022-02-26



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2022年03月11日

「幼保無償化による再分配の失敗」という統計的ファクトの解釈と、今後必要とされる議論を整理する







■今回の論点

 9日から10日かけて、子育て世帯のタイムラインが非常に荒ぶっており確認したところ、教育経済学者による中室牧子の上記の発言が発端となっているようだった(厳密には、彼女の発言が一部切り取られた時事通信の記事に対する反響が火種)。ツイッターで建設的な議論を行うことは年々難しくなっていると改めて感じるが、関心のある方への情報提供としてこのエントリーを書いた。分量は長いが、随所に引用やレコメンドの情報も含んでいるため、そちらも併せてご覧いただければ嬉しい。

 さて、上記のyoutube動画の14分〜29分あたりが件の中室発言である。中室によるnoteに発言と資料がそのまま掲載されているので、動画ではなくnoteを閲覧してもよい。今回の火種になったのは以下の部分である。(なお太字はバーニングによるもの)

今の日本においても、再分配政策があまりうまく機能していない可能性があります。3ページをご覧ください。これは、兵庫県尼崎市から提供を受けた市内の保育所に支払われる保育料の分布です。グラフの一番下にあります緑の分布が2000年のもの、一番上の黄色が2015年のものです。これをみると、2000年時点では、保育所利用料は0円のところが最も多くなっていることがわかります。保育所は、児童福祉施設の1つであり、保育料は応能負担となっていますから、この時点では経済的に苦しいご家庭における子供の養育を支援する福祉的な役割が大きかったということがわかります。しかし、2015年になると、最も高い保育料を支払っている家計が最も多くなっています。これは、この15年の間に、保育所の役割は福祉から共働き世帯のサポートへと変化してきたことを意味します。このような状況で、一律に幼児教育の無償化という再分配政策が行われれば何が起こるのでしょうか。2019年10月に開始された幼児教育無償化への支出の多くは、高所得世帯への再分配となったと考えられます。同様のことは他の自治体でも生じており、例えば東京大学の山口慎太郎教授らによれば、神奈川県横浜市では世帯年収1,130万円以上の世帯が幼児教育無償化によって受けた恩恵は1年間で約52万円に上るのに対し、360万円の世帯では15万円程度であったということです。このように世帯の経済状況を把握することなく一律の無償化を行えば、再分配の機能を果たし得ないことがわかります。わが国の財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を行うことは国民の理解を得られないものと思います。


 今回の中室発言と彼女の議論を端的にまとめると、現在の幼保無償化政策は高所得世帯が恩恵を多く受けるという(意図せざる)帰結を招いている。児童福祉における無償化政策という(給付はしないが自己負担を求めないタイプの)再分配政策の結果、高所得世帯が最も恩恵を受けるとするならば、それは福祉政策としては「政府の失敗」であると言ってよいだろう。ある政策が意図せざる帰結を招き、むしろやらなければよかったのでは、ということは歴史的にも珍しいことではない。



 山口慎太郎による横浜市の研究は2021年刊行の『子育て支援の経済学』でも紹介されており、mediumに書評を書いている。

子育て支援の経済学
山口 慎太郎
日本評論社
2021-02-15




 また、中田さんによるこちらの一連のコメントは本書の議論のポイントがコンパクトにまとめられている。






■「再分配の失敗」の解釈、あるいは政策デザインの失敗

 高所得世帯をどこで線引きするかは議論があると思われるが、こちらの記事で紹介されているデータによると年収1000万以上の子育て世帯は2016年時点で16%を占めている。数としては多くないが、この層は上昇傾向にある。これは、中室発言の「2015年になると、最も高い保育料を支払っている家計が最も多くなっています」ともリンクするだろう。中室が示している家計がどの程度の年収世帯かは分からないが、保育料が上限付きの応能負担だと仮定すると上限の最も上の金額を支払う世帯が多数を占めるということは、所得の比較的高い層が積極的に保育所を利用していると考えてよい。

 つまり、中室発言は統計的なファクトであり、中室発言を攻撃することにはほとんど意味がない。攻撃するとすれば、幼保無償化の政策過程だろう。かつて「3年抱っこし放題」発言がネガティブない身で話題になった安倍晋三を改めて攻撃してもよい。






 幼保無償化の対象が3歳〜5歳であり、0歳〜2歳が外れたことに対する批判は政策決定当初から目立っていたため、改めて同じ批判をすることも一つの手である。完全無償化ではない幼稚園、特に私立幼稚園は無償化をきっかけに保育料を意図的に引き上げたことが珍しくなく、この行為に対する批判が当時多くなされていた。



 また、こちらのnoteに書かれているように、そもそもの政策デザインが子育て支援や少子化対策という名目に対して微妙だという指摘もできるだろう。



 とはいえ、政策というのは往々にして経路依存的であるため、すでに実施した政策を取りやめるのは難しい。無償化の後に自己負担に転じたのは1970年代の老人福祉法に基づく老人医療費無料化が挙げられるが、例は多くない。また、高齢者の医療と福祉は平成に入って後期高齢者医療や介護保険に分岐していくため、老人福祉法の役割は終わりつつある(法律自体は残っており、介護保険法と併存している)。



■必要とされる議論

 ここまでは論点の整理と中室発言の解釈をしてきたが、ここでいったん幼保無償化からは距離を置いてみよう。ここからは、子育て支援を考える上でどういった議論が必要なのかを考えたい。もちろん必要な議論はいくらでもあるだろうが、このエントリーでは以下の二点に絞って考えることにする。

1.待機児童問題や保育士の待遇の問題など、保育の質と量を考える上で残された問題があるということ

2.子育て支援は子どもが成長するにしたがってフェーズが変わり、子のライフステージが移行する。その際に必要な費用に関する議論も同時に必要であり、子育て世帯をフォローするためにはこれらを政策パッケージとして提供する必要があるということ


〇一点目について

 これについては元横浜市副市長の前田正子のこちらの著書に詳しい。少し前の本ではあるが、2015年に始まった子ども・子育て支援新制度以後の本でもある。






 ここで挙げられている保育士不足や建設反対運動については、少し前に実施した#スペースで地方自治論の第12回「子育て行政」の回で言及している。録音については公開期間が終了したが、その回のレジュメは今も閲覧できる状態にしてあるので関心のある方はご覧いただきたい。



地方自治論 有斐閣ストゥディア
平野淳一
有斐閣
2018-05-25



 何が言いたいかというと、これは幼保無償化が決定した際の批判でもあったのだが、保育の質と量がまだまだ十分に担保されたとは言えない(特に都市部において)中で幼保無償化による自己負担の軽減は、子育て支援において有効な策と言えるのか? という問いを再浮上させてもよいのではないかということだ。前述したように、一度決定した幼保無償化を取りやめることは難しく、かといってボリュームが増えつつある高所得世帯を狙い撃ちにすると、この世帯は見放されたと感じるだろう。

 中室は今回の提言で保育の質評価にも言及しているが、2020年にも幼保無償化の批判と質確保の重要性について言及している。


 
 待機児童問題は保育士の不足+保育施設(保育所、こども園)の不足の両方を解決しないと難しい。前者について出来るとすれば、公立の保育士の給与の資源を国庫負担金にする(学校の先生のように)ことだろう。公立学校の教員の給与は国庫負担があるため、子どもに対して先生が足らなくなるという事態は起きづらい。むしろ現在は少人数学級や特別支援がトレンドとなっているため、子どもの数の減少と教員の数の減少は一致しない。



 しかしこの仕組みを保育所にも導入するとして、学校教育と違って私立の割合が大きい保育の領域で可能なのかどうかは正直分からない。また、いずれにせよ保育士の待遇改善費用を確保するための増税が必要とされるだろう。

 他方、日本では児童手当も所得制限付きだが、所得制限のない児童手当を実施している国はヨーロッパを中心に多くある。そのため、幼保無償化という保育料の無償化(あるいは軽減策)に対して所得制限を導入することは世帯がそれぞれに所得証明を作成、提出するコストと、行政がそれを審査する(ミーンズテスト)コストが二重にかかることも考慮する必要がある。

 では、現在の意図せざる帰結を温存してよいかというと、もちろんそうではない。ここでのアイデアは中室と同じで、支援を多く必要とする(「真に支援が必要」という表現は正直苦手だが)世帯へのフォローアップが必要だ。アイデアとして海外で一般的なのは給付付き税額控除である。例えばアメリカの「児童税額控除(Child Tax Credit)」の例がwikipediaに詳しい。

 アメリカでは源泉徴収という習慣がないため、被雇用者も自営業者もいずれもが確定申告を行っている(はずである)。その確定申告の際に税額控除が行われ、その後所得に応じて給付が提供されるという形での二段構えがアメリカ式の給付付き税額控除である。アメリカには児童手当が存在しないので、給付付き税額控除が実質的な児童手当と言ってよい。

 結論を述べると、幼保無償化より前に優先する政策課題が子育て行政においては様々あるということ。また、幼保無償化は政策デザインがイマイチであるが所得制限の導入が最適解とは言えない。制度を温存するならば、別の施策(給付付き税額控除など)と組み合わせる形で低所得世帯を中心にフォローアップすべきであるということだ。

〇二点目について

 これも多くの人が投げかけていた意見だが、子育てにかかる費用で莫大なのはむしろ教育費であるということだ。私立中学・高校や高偏差値の大学へ進学することを考えると、またそのために必要な塾代や習い事代なども考慮すると、枚挙にいとまがない。

 私立ではなく国立大学に進学するとしても、初年度に必要な入学金と授業料とその他施設代を合計すると悠に100万ほどにはなる上に、転居を伴う場合は引っ越し費用や家賃、生活費が必要になる。奨学金を利用するとしても多くの場合は貸与付きの奨学金であるため、卒業後に借金として残る。

 自分の話をすると、学部の4年間に240万を借り、卒業後の2012年9月から返済が始まっているが、そこから約10年が経過し、ようやく借り入れ残額が90万円台になっているところだ。240万というのは一か月5万×4年間(48か月)の数字だが、一か月7万を借りていた友人は336万以上を返済していることになる。この数字はこの30年間給与水準が上がっていない日本の労働者にとって、決してやさしい数字ではない。

 また、住宅費用も都市部を中心に高騰、もしくは高止まりする傾向が続いている。首都圏では中古マンションの価格も高騰しており、労働の機会が多く提供される代わりに高い住宅費が必要とされ続ける状態が続いている。





 住宅政策を長年研究している平山洋介は日本における公的な家賃補助の仕組みがないことを指摘している(あるとすれば生活保護制度における住宅扶助)。






 これは長い間企業型の福祉が続いてきた日本において、家賃や交通費などの負担を企業が積極的に行ってきたことにも起因するだろう。しかしバブル崩壊後、そうした福利厚生費を潤沢に払える企業が絞られる中、日本の住宅政策はいびつな状態で続いている。

 そしてそうした保守的でいびつな住宅政策にプラスして浸透してきた新自由主義が招いたのは、従来型の人生設計モデルの崩壊であった。






 この著書の最後に平山の述べる「都市の条件の再生」や「社会維持の新たなサイクル」といった観点は、子育て支援においても必要な観点だ。中室牧子という経済学者を叩いたり、シルバーデモクラシーだというイメージによる批判をしたとしてもそれはほとんど意味をなさない。



シルバー民主主義という言葉は、最近の論壇において流行語となり、仮説ではなく半ば事実として受容されてきた。だが、高齢者が選挙民の多数を占めることは日本の高齢者偏重の社会保障の主要因とは言いにくい。極端に女性議員の数が少ないことや、古い保守的な家族観を持つ自民党が長年政権を維持してきたこと、年功序列を重んじる政党組織、官僚制など、他の背景を探るべきである。いずれにしても、今回の18歳選挙権とシルバー民主主義の議論とには齟齬があると言える。


 子育ては家庭と保育園や幼稚園の往復で完結するわけではない。子は育つにつれてライフステージを移行させ、親は老いを見据えながら子育てと労働の両立を図ろうとする。そこにはそれぞれの人生、それぞれの生活がある。排除的にならずに可能な限り多くの人(もちろん、未婚の独身者や、子なしの既婚者も)を包括し、同時に支援を多く必要とする世帯をサポートするための政策デザインや政策パッケージの議論が必要だ。

※追記(3月26日)

 3月23日にハフィントンポストにおいて中室牧子本人へのロングインタビューが公開されていたので追記。こちらを読むことで中室の構想する子育て支援政策の論点がよりクリアになるだろう。




■その他推薦したい文献リスト

〇格差社会
学歴分断社会 (ちくま新書)
吉川徹
筑摩書房
2013-08-09




〈格差〉と〈階級〉の戦後史 (河出新書)
橋本健二
河出書房新社
2020-02-07




 子育ての先には何らかの形で最終学歴が待っており、労働につながる。ゆえに現在の日本では学歴による格差がどのように生じているかを認識しておくことが重要だ。吉川徹と橋本健二はそれぞれのアプローチで日本の格差社会の構造をあぶりだしている。

〇教育 


 フォロワーさん推薦図書。東大など、ハイクラスな学生やOBOGほど学歴ではなく塾歴になっていると指摘するおおたとしまさのルポルタージュ。そうした構造が生まれること自体の強い批判ではなく、そこからこぼれ落ちるものを評価しようとするおおたの姿勢に好感を持った一冊でもあった。子育ての先に労働があると先ほど書いたがその前に待っているのは受験であり、ここに費用が多くかかることはこれからの時代を生きる子育て世帯の悩みの種となり続けるのだろう。

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)
ウェブスター
光文社
2015-11-27


 女子が大学に行くことが珍しく、ましてや親のいない施設出身のジェルーシャはなかなかに奇跡的な存在であるが、そんな彼女の生き生きとした大学生活と、まるでラブレターのような手紙のやりとりがとても楽しい。女子の大学進学率の地域差は日本でもまだまだ色濃く残る中では、ジェルーシャのような恵まれない女子の大学進学は現代でも相当困難を伴っている。こうした側面も日本には残っているということにも思いをはせたい。




〇女性と労働
働く女子の運命 (文春新書)
濱口桂一郎
文藝春秋
2016-01-15




 以前「#深夜の図書室」でも取り上げた二冊。この時は女性の労働にフォーカスして議論をしたが、女性の労働のサポートは子育て支援においても重要な要素であるため、改めてチェックしておきたい。



〇社会保障
社会保障の国際動向と日本の課題 (放送大学教材)
浩, 居神
放送大学教育振興会
2019-03-20


 アメリカの児童税額控除の例を示したが、他国の社会保障の動向は参考になる点が多い。本書では「子どもの貧困」について2章分、「子育て世代と社会保障」について1章分、「住宅政策と社会保障」について1章分触れられており、このエントリーで触れてきた内容ともクロスオーバーしているため、今後の議論においても参考になる一冊だろう。



 やや古い本になるが、日本の福祉と政治、そして企業との関係が戦後どのように発展・形成され、そしてバブル崩壊後に瓦解しているのかを理解することも重要だ。制度の多くは経路依存的だという話を先ほどしたが、子育て支援に関する制度も同様に解釈してよい。そしてそれぞれの制度と政治の関係、企業による福祉(福利厚生)の関係も見据えることで、制度を立体的に理解することが可能になるだろう。

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2022年02月01日

2022年1月によく聴いた音楽

 久しぶりにやる。というかやっぱちゃんと続けたいですね、これ。
 1月と書いてるけど後半は12月アップロードの楽曲も含みます。


あたらよ「知りたくなかった、失うのなら」


 純猥談とのコラボと聞いてうーーーーん、という感じはあったものの(そういうものをあたらよに求めているわけではないので)曲自体はいくらかキャッチーな前奏から始まり、初見のお客さんを引き込むことにはまずまず成功しているかなと思う。オールドなリスナーに対しても、最後まで聞けばああいつものあたらよだなと思わせる安心感があった。もう少しメロディで遊んでくれても良かったとは思ったけど、普段と違うギター音を強くしたアレンジは、これはこれで。

宇多田ヒカル「BADモード」


 1月にラジオで一番聞いた曲だと言っていい気がする。やたら耳に残るというわけでもないけど、ゼロ年代以降の宇多田ヒカルがちゃんと生きてるよなって感じがする。よく考えたら1998年にデビューした人を2022年もちゃんと聞けるって幸せですよね。

SUPER BEAVER「東京」


 12月に長屋晴子とFIRST TAKEで演じた曲を改めて自分たちだけで、という曲。いろんなバンドやミュージシャンが「東京」というタイトルの曲を作ってきているので、SUPER BEAVERなりのストレートをぶち込んできたなって感じがする。のっけから「愛されていて欲しい人がいる なんて贅沢な人生だ」と始まるのでまあこれだけで相当速い直球ですね、155km/hくらい出てそう。日常とか人生とか、そういうものを歌うことにいい意味で慣れているがゆえのストレートだと受け止めた。

 せっかくなのでこっちも。



緑黄色社会「キャラクター」
緑黄色社会『Actor』



Actor
Sony Music Labels Inc.
2022-01-26


 リョクシャカをちゃんと聞き始めたのは「Mela!」あたりからだと思うけど、このアルバムを聞いて改めてちゃんと聞かないとヤバイのでは、と思ってちゃんと聞いている。去年の「ずっとずっとずっと」あたりもヤバイというか、これってどうなってんの?という曲だったので(長屋晴子が息継ぎをほとんどせずずっと歌い続けているのがいろんな意味で怖くてすごい)。それを言えば「キャラクター」もそうですね。アルバムで一番好きなのは「Landscape」です。これが一番長屋晴子の声をうまく使えている。


にしな「hatsu」


 アップロードは12月だが、12月も1月も本当にこれはよくリピートしていた。にしないいよにしな。「夜間飛行」がこのライブでぐっと好きになりました。

フィロソフィーのダンス「気分上々↑↑」


 この前のNACK5「カメレオンパーティー」(1月30日放送)で土屋礼央がフィロのスの楽曲を複数取り上げていて驚いたが、土屋が言っていたようにボーカルのパワーが最近の彼女たちはほんとうにすさまじい。「テレフォニズム」でもやべーやべー言ってた気がしましたが、「気分上々↑↑」の原曲に特徴的なアップテンポをあえてスローにチルい感じにアレンジしているのがまず驚くし、結果的にこのアレンジがボーカルの存在感を強くしているなとも思う。

milet×Aimer×幾田りら「おもかげ (produced by Vaundy)」


 最初は正直そこまで印象に残らなかったんだが、ラジオで繰り返し聞くうちに耳に残るようになった曲。思ったよりもスルメでした。この3人だといくらはやや細いボーカルかなと思ってたけど、彼女の声が曲に「合っていく」プロセスが好きでした。


おまけ




 スピーカーが欲しい&マイクが欲しい→そうだスピーカーフォンを買おうということで購入したのがこれ。ビジュアルは手元に置くとちょっと安っぽく見えてしまう(ここは悩んだAnkerのConf3でもよかったかもしれない)が音質にはとても満足しているし、マイクとしてもまずまず使えているようなのでいいかなというところ。まあこのへんは沼なので、そのうち飽きてもっといいものを・・・となるかもしれないし、ならないかもしれないが音楽やラジオはこれでしばらく聞くぞ!という気持ち。

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2022年01月26日

2021年12月の振り返り&言及した情報のまとめ #深夜の図書室

 前回のエントリーで予告もしたとおり、12月は以下の2冊を取り上げた。

働く女子の運命 (文春新書)
濱口桂一郎
文藝春秋
2016-01-15




 この二冊を続けて読んだのは、いずれも日本の雇用慣行における女性の労働環境を扱っているからだ。濱口(2015)は日本が近代化して会社員や労働者が誕生した戦前〜現代までを扱い、中野(2014)は2000年代の女性の労働環境と育児環境について扱っている。濱口の方が視野が広く、総括的になっているものに対して、中野はもともとの原稿が修士論文という性格上、特定の期間に特定の対象を取り上げたという本になっている。そのため、2000年代の、とりわけ中野のいうハイスペック女性がどのように就労し、結婚し、育児をし、就労継続/退職してきたのかを質的な調査によって浮かび上がらせている。

 中野(2014)が少し不幸なのは、この本で提示されている問いがある程度濱口(2015)によって説明されていることだ。濱口本の中でも中野(2014)が大きく取り上げられているわけだが、中野(2014)で提示された就労継続/退職の分岐の大前提として強調されている仕事のやりがいや職場環境、夫である男性の就労については濱口(2015)を読めばあらかた理解することができる。特に濱口が強調していたのは、日本は欧州と違って包括的な労働時間規制がないことである。

 欧州、特にEU加盟国には共通して労働時間規制が存在している。一週間の労働時間や休日、休息についての細かな規制があり、こうした硬直的な労働規制が一階にあり、その上に育休や時短勤務などの柔軟な労働法制が二階にあるという、二階建ての労働時間規制になっているのが欧州の特徴だと濱口は指摘する。他方、日本では90年代初頭に育児・介護休業法が制定され、その後の改正で制度の保証する内容が手厚くなっているものの、包括的な労働時間規制は2015年時点では存在しないと言ってよかった。その後労働基準法が改正され、大企業では2019年から、中小企業では2020年から新たな労働時間規制が導入されることにはなったが、こうした規制が雇用慣行や育休、あるいは育休後の就労継続に与えた影響がどのようなものかはまだ分からないと言ってよいだろう。



 ジョブ型とメンバーシップ型という大きな違いはあるが、包括的な労働時間規制が存在するEUでは育休や時短のスタッフがいた場合に特定の従業員の労働時間や業務量を大幅に増やす(肩代わりさせる)ことは困難だろう。しかし包括的な労働時間規制が存在せず(一応存在してはいるものの形骸化していると言ってよい)にメンバーシップ型の雇用が前提とされる日本企業においては、育休や時短勤務を選択する女性の労働者が不利な立場に置かれやすい。

 以上のように、濱口が指摘したような雇用慣行の歴史的・構造的問題に中野(2014)は十分言及しきれておらず、彼女の研究や調査を否定するつもりはないものの、今読みかえすと物足りなさがあるのも事実だった。とはいえ、今回濱口(2015)の副読本として中野(2014)を読むことで当時(70年代後半〜80年代前半生まれ。ただし高学歴層/大企業勤務に偏っている)の女性たちがどのように働き、結婚し、出産しというプロセスの中で煩悶してきたかが、一種のエスノグラフィーを読むように具体的にわかるのは面白い体験ではあった。中野(2014)の取り上げた女性たちの一部は氷河期世代に重なるため、世代ごとの就労環境の違いがあるとはいえ、現代においても全く解決されていない問題であることも併せて確認できたことや、スペースに来てくれた方と議論ができたのは有意義な時間だった。

 以下、スペースで言及した情報や参考文献です。



最小の結婚: 結婚をめぐる法と道徳
ブレイク,エリザベス
白澤社
2019-11-29






日本の雇用と労働法 (日経文庫)
濱口 桂一郎
日本経済新聞出版
2011-09-16


松坂世代、それから
矢崎良一
インプレス
2020-08-24











なぜ女性はケア労働をするのか
山根純佳
勁草書房
2021-11-01




セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま
アーリー ホックシールド
朝日新聞社
1990-07T


 感情労働研究で有名なホックシールドのこちらの本は入手困難ではあるが図書館にはあったため、今後読書会として取り上げたい候補の一つ。80年代や90年代のアメリカの仕事と育児の両立の困難さを研究した本のよう。

チルドレン (講談社文庫)
伊坂幸太郎
講談社
2012-09-28









 ツイッターで交流があり、中野(2014)に登場する女性たちと同世代のとかげさんが書いた感想記事。この文章を読んだことも中野(2014)を読むきっかけになったので、改めて感謝です。

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2022年01月04日

2021年11月&12月の読書記録+α





 11月は体調がいまいちでやや失速した分を12月に取り戻した、という感じ。
 抜群に面白かったのは『嫌われた監督』と『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』の二冊。この本はいずれもむさぼるように読んだ。こういう本に出会えるので読書ってやめられないんだな、と思った。『カンバセーションズ』についてはmediumにレビューを書いている。




 前の記事で今年のベストにも次点として入れた『ユリイカ』の綿矢りさ特集と『現代思想』<恋愛の現在>特集も非常に面白かった。この二冊は相通ずるところがあるし、気づいたら恋愛とか結婚とかそれ以外についてずっと考えていた年の瀬だったなと思う。そういうエントリーも上げたしね。

 身近なところでは、ひろこさんのこのエントリーが面白くて、今後の自分の人生の参考になるかもならないかも。


 学生時代のころからアカウントはフォローしていたが、割と最近相互になってやりとりをするようになった。表に出てくる話、出てこない話含めていろいろなことをフラットにやり取りできる同世代のつながりができたのはうれしいものです。

 ちなみに2021年トータルで読んだのは311冊でした。読書メーターに入ってない本(同人誌など)を含めるともうちょいありそうだけど、そこまで細かく数えてないので詳細は不明。



 他、印象に残った記事やエントリーは以下の通り。そういえば衆院選もあったな。



 自分の中で境家先生はゲーム理論の人なので、ここ数年現実政治に対して積極的に発言をなさっているのがなんとなく面白い。面白い、というかイメージを変えないといけないな、という感覚。



 いくつかのBL小説(一穂ミチ、木原音瀬など)もそうだけど、自分が明るくないジャンルの小説を彼女から知る機会はとても多い。いつも本当にありがとうございます。



 遭遇したくはないが、もししてしまった時に何をすべきかは知っておいたほうがよい、という話。一応護身術の心得はあるけど、戦わずに済むならそれが最もよい。





 mediumにレビューをアップしている。



 乗代はもっと早く評価されるべきだと思ったので、ようやく評価が追いついたのはうれしかった。「最高の任務」もそうなんだけど、書くということに対するこだわりや特定の土地に対するこだわりを今後どういう形で小説に落としていくのかは楽しみにしている。後者へのこだわりは、同じく特定の土地を立体的に書くことが多い柴崎友香や滝口悠生と比べると独特な軽やかさがって好きだ。



 いろんな人が書いてるけど、バチェラー役の人がクズな分、女性陣の個性や仲の良さが際立った回だったなと思う。途中からは藤原さんと坂入さんをずっと見ていた。



 新しいエントリーではないけどフォローできてなかったので。2022年こそ倫理学(医療倫理含む)をちゃんとやっていきたい。毎年のように言っているので・・・



 『旅する練習』の感想が読めて面白かったのと、『Shrink』をさすがにそろそろ読まないとな(仕事柄)と思った。



 なぜ日本だけオミクロンが全然広まっていないのか、遺伝や文化的に近しい国である韓国ではヤバいのに・・・というスタンスの記事。結論は「わからない」ということで、その「わからなさ」に至る経緯が詳細にフォローされている良記事。

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2022年01月01日

2021年コンテンツ回顧

 過去のエントリーを遡って確認してみたが6年ぶりらしい。前回2015年は社会人1年目の終わりでした(遠い目)
 いつも通り、今年リリースされたものからの選出なので旧作は含まず。こちらもいつも通り3つずつ選んでるけど順不同です。順不同のベスト3といったところでよろしくどうぞ。


●小説
1.乗代雄介『旅する練習』講談社
2.サニー・ルーニー『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』早川書房
3.カン・ファギル『別の人』

旅する練習
乗代雄介
講談社
2020-12-28


カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ
サリー ルーニー
早川書房
2021-09-02


別の人
カン・ファギル
エトセトラブックス
2021-08-26



●ノンフィクション
1.郝景芳『人之彼岸』早川書房
2.鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』文藝春秋
3.ケイト・マーフィ『LISTEN』
次点:『現代思想2021年9月号:特集=<恋愛>の現在』、『ユリイカ2021年11月号:特集=綿矢りさ』





LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
ケイト・マーフィ
日経BP
2021-08-05







●社会科学
1.マイケル・フリーデン『リベラリズムとは何か』ちくま学芸文庫
2.アン・ケース&アンガー・ディートン『絶望死のアメリカ』みすず書房
3.山口慎太郎『子育て支援の経済学』
次点:濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機』岩波新書

リベラリズムとは何か (ちくま学芸文庫)
マイケル・フリーデン
筑摩書房
2021-03-12


絶望死のアメリカ――資本主義がめざすべきもの
アンガス・ディートン
みすず書房
2021-01-18


子育て支援の経済学
山口 慎太郎
日本評論社
2021-02-15





●映画
1.『ひらいて』
2.『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
3.『KCIA 南山の部長たち』
次点:『劇場版 きのう何食べた?』、『ファーストラヴ』

●音楽(アルバム)
1.あたらよ『夜明け前』


2.Pastel*Palettes 「TITLE IDOL」


3.Hakubi「era」


次点:Awesome City Club「Grower」


次点:ユアネス「6 cases」
6 case
HIP LAND MUSIC, FRIENDSHIP.
2021-12-01



●音楽(楽曲)
1.Homecomings「Here」


2.フィロソフィーのダンス「テレフォニズム」


3.武藤彩未「SHOWER」


次点:にしな「ヘビースモーク」


 にしなはこのライブ映像がかなりよいので置いておく。



次点:ヨルシカ「春泥棒」


 ヨルシカも公式がライブ映像の一部をアップしている。配信で見ていたが、そういえばこのライブも今年だったな。



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2021年12月19日

まどろみとさみしさ ――『へウォンの恋愛日記』(韓国、2013年)



見:Jaiho

 前回『自由が丘で』を見たのに引き続いてJaihoでホン・サンス作品を見てみた。本作も『自由が丘で』といくつか共通していて、ドラマチックなことは起こりそうにない日常の中である男女の恋愛の風景が描かれている。その中では書くこと(今回は日記、『自由が丘で』では手紙)が反復されるし、日記も手紙もいずれも主観的な記録なため、事実関係や時系列は非常にあいまいだ。この映画でも、あいまいなものはあいまいなまま説明しすぎず、静かに時間だけが流れてゆく。

 へウォンは演技を学ぶ学生という設定で、彼女は所属している映画学科のゼミの教授と不倫関係にある。いい加減この関係を終わらせたいと思いながら、冒頭でカナダに行くことになったと語る母と離別する寂しさを埋めるために、教授との逢瀬を選んでしまう。そしてある日同じゼミの学生たちにバレそうになるのだが(おそらく明らかにバレている)、うまくごまかしながら関係を終わらせられず、時間だけが流れてゆく、という筋書きだ。

 そうした日々の記録をへウォンは定期的に日記に書き記そうとする。日記を書くのはいつも同じテーブルで、もしかしたら時間も決まっているのかもしれない。そして日記を書こうとするたびに彼女はなぜか眠くなり、机に伏してしまう。ある時に唐突に目覚めるシーンも何度か描かれているが、彼女が眠ってから目覚めるまでの間に映画が映し出す光景はいったい事実なのか虚構(夢の中の願望)なのか、容易には見分けがつかない。

 『自由が丘で』でホン・サンスは「手紙の順番がわからないが、とりあえず一枚ずつ読む」という方法で映画の中の時系列を混乱させた。最初から登場していた人物が、途中からはさも初めて登場したかのように振る舞うことがあったため、視聴者にもこうした混乱は具体的に伝わっている。他方で今回の場合、夢を見ているへウォン自身にはそれが夢か現実かの判断がつかない。視聴者はいずれもを見ることができるが、やはりはっきりと断定はできない。(これは明らかにうまくいきすぎだろうという展開ならば夢だと判断できるため、まったくわからないわけでもない)

 へウォンの中にあるさみしさが具現化する願望(夢)と、決着をつけなければならない展開(現実)との相関の中で、視聴者は彼女の心理状況を追体験する。いわば「寝逃げ」でリセットしたい気持ちと、消えてくれないさみしさの中で彼女の向かう先を、じっとみつめることができるのが視聴者の特権だということだろう。虚実ないまぜのまま進む、日常を。

ヘウォンの恋愛日記(字幕版)
イェ・ジウォン
2015-06-15



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2021年12月12日

2021年12月のポートフォリオ&2022年展望




◎個別株(日本)
・ソニー[6758]
・シスメックス[6869]
・トヨタ[7203]
・バンダイナムコHD[7832]
・東京エレクトロン[8035]

 あさひと武田と任天堂を売却し、シスメックスを久しぶりに購入。コロナショック以降好調で、今後も業績が伸びる見通しなので&武田を売った分ヘルスケア銘柄が欲しかったので、というところ。


◎個別株(アメリカ)

・ダナハー[DHR]
・サーモフィッシャー・サイエンティフィック[TMO]
・アドビ[ADBE]
・エヌビディア[NVDA]
・Amazon[AMZN]
・Shopify[SHOP]

 HCA、TDOC、CRWD、PYPL、SQを売却して新規はなし。どれも含み益はあったが、ごちゃごちゃしてきたのである程度長く買い持つ予定の銘柄に絞った。

◎ETF
・iSharesS&P500[1655]
・iSharesオートメーション&ロボット[2522]
・MAXISナスダック100[2631]
・グローバルXゲーム&アニメ[2640]
・グローバルX半導体[2644]
CURE
SMH
SPXL
VIG
VHT
VYM
XLV
XLY

 ほとんど変わらないが3つだけ追加した。
 まず、ブラックロックからオートメーション&ロボットという商品が出ていて、株価好調&出来高まずまず、というところで少しだけ買っている。中身はこれのようで、アメリカ株中心だが日本株のレーザーテックやキーエンス、ファナックといった個別で気になる銘柄が入っているのでバランスよさげ。主力はAMDやエヌビディア、サービスナウ、ザイリンクスあたりなので半導体銘柄の株価に左右されがちかも。
 また、グローバルXから日本株のETFがいくつか上場されており(最近知った)、2640と2644を少しだけ買ってみた。
 2644は最近の半導体人気もあってか出来高がまずまずだが、2640はちょっとさみしいので2644の買い増しが中心になるかなというところ。どちらも欲しかったけどなかったETFなので、ちゃんと資金を集めて大きく育ってほしい。


◎投資信託
eMaxis Slimオールカントリー
eMaxis Slim S&P500
eMaxisQQQ
ifreeQQQ
ifreeレバレッジQQQ
SBIVOO
楽天VTI
楽天レバレッジQQQ

 11月に取引が始まった楽天版レバナスを楽天証券で購入している。すでにそれなりの資産を集めているのでそのへんは問題なさそうだが、しばらくは本家ifreeのレバナスと併用していく予定。
 あと、つみたてNISA開始時からSBI証券でコツコツ買い続けている楽天VTIの評価額が110万に達した(手持ちの中で一番多い)。これを機にというわけではないが、色々考えてつみたてNISAは楽天VTI1本に絞ることにした。SBIも三井住友系のカードに限ってのクレカ積み立てを導入したので、利用している(Amazonマスターカードが対象になっている)
 楽天証券では楽天カード積み立てで毎月5万を継続している。内訳はeMaxisのSlimS&P500と、QQQをそれぞれ1ずつ。残り3をifreeと楽天のレバナスに割り振っている。しばらくはこの比重でいく予定。


◎その他(REIT/BDC/暗号通貨)
・iShares米国不動産ETF[IYR]
・グローバルX SuperDivinded REIT[SRET]
・不動産セレクトSPDRファンド[XLRE]
・NFJリート[1343]
・iSharesJリート[1476]
・エイリス・キャピタル[ARCC]
・メイン・ストリート・キャピタル[MAIN]
・ビットコイン[BTC]
・イーサリアム[ETH]

 新規はなし。ARCCとMAINとじわじわ継続で買付している。暗号通貨も堅調だけど新規で買ってないので手持ちがじわじわ増えているくらい(少ないです)。


〇展望
 
 個別株以外のパフォーマンスが安定してきたので個別株をすっきりさせて投信&ETFで組み立てるという方向性を継続したい。ただそれだと退屈なのでAmazonとかエヌビディアとかShopifyとか、そういうところでちょっとずつ遊ぶ。
 今年は意識してレバレッジ商品を買い進めたが、来年もこれは意識して買い続けていく。元手がまだまだそう多くはないので、使えるレバレッジを積極的に使っていくほうが効率がよい。ある程度まで増えれば比重を落とすかもしれないが、まだそこまで大きな比重ではないので。

 来年、もしかしたら8桁に届くかもしれないという期待を持ちつつ、マイペースでやっていきましょうというところ。今年は去年ほど増えないと思っていたが去年並みかそれ以上のペースで増やすことができた(レバレッジ比重を高めた影響もあるが)ので、この勢いを継続できるように、かつオフェンシブになりすぎないように、と思う。ヘルスケアをこつこつ拾っているのはこれが目的でもある。
 レバレッジ以外で意識して比重を高めたのは半導体銘柄で、これもまだしばらくの間は上昇基調(のはず)なので、来年も引き続き。

 展望を書いてみたが、つまるところ継続することが肝要である。継続とはすなわち、労働による収入を確実に得ることの継続である。ほとんどそれ、であるので面白味も何もないが、刺激が多くても疲れるのでよくも悪くも退屈なくらいでちょうどいいのかもしれない。

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2021年12月01日

理解されないから、衝動が乱反射する ――『ひらいて』(2021年)



見:イオンシネマ綾川

 綿矢りさの近年の作品では傑作の部類に入ると言ってよいし、2010年代の彼女の飛躍作でもあると思っている。駆け込みで劇場に行ったおかげで、原作を読んだ時の感慨を久しぶりに思い出すことになった。文藝誌『新潮』に一挙掲載だった原作を大学図書館で読んでうおおお、と悶えた記憶がある。2012年の春のことである。気づけば大方10年前の話だ。

 主人公の愛、愛が片思いをしているたとえ、そしてたとえの彼女である美雪。この3者関係が軸となっているのは原作と同じだが、学校とその周辺が舞台になっているだけあって、学校の同級生や先生、またそれぞれの親との会話など、主役3人の生活がより立体的に見えるなと感じた。文化祭に向けたアイドルダンスの練習で始まる冒頭は、今風の女子高生の日常を象徴的に映し出していると言える(楽曲はオリジナルのようだが、明らかに坂道を意識している)。アイドルダンスは一体感とルッキズムの象徴とも言えるので、地味な雰囲気の美雪や、チームワークが苦手な愛がそうした活動になじめないことも、早い段階から予見されているという意味でも象徴的な冒頭のシーンになっている。

 たとえの存在感も、原作よりはくっきりとしている。愛がみつめるたとえ、そして美雪が手紙をつづる相手としてのたとえ、二人の同級生から見つめられながら、しかしその内心は誰も知らないんじゃないかという、曖昧な存在としてのたとえを、ジャニーズJr.の作間龍斗が好演している。少しイケメンすぎるきらいはあるものの、学校でのたとえはほとんど常に表情を崩すことがなく、思考や感情が外に漏れないように見せるキャラクターとしてのたとえを違和感なく演じているのはとてもよかった。普段が普段なだけに、たとえの家を二人が訪問する終盤のシークエンスでは、普段と違ったたとえを演じることにも作間は成功している。

 美雪もまた、愛の視点からすると「よくわからない同級生」だ。美雪がたとえに渡した手紙を愛が盗み見ることで、美雪とたとえの関係に愛は気付く。その発見の後、愛はたとえを攻略することをいったん中止して、愛を攻略しようとする。しかしながら、たとえがそうであるように美雪もまた、一見してよくわからない上に、近づいてもよくわからない存在なのだ。だから愛は時に強引に攻めるというスタイルをいとわないわけだが、そうして身体の距離が近づいたところで、逆に感情のわからなさに愛は苦しむ。人間の心は、物理的に近づけば開くというほど単純なものではない。

 もっともこれは逆から見ても似たような構図だと言える。たとえは愛のことをよくわかっていないし、美雪もまた愛のことをよくわからない。二人とも、そのわからなさを愛に伝えているが、愛からするとなぜ二人が自分のことを理解しないのかがわかっていないのだ。美雪は愛の強引な姿勢と、それが純粋な恋愛感情に基づかないことをおそらく早いうちから察している。

 それでも美雪が愛を受け入れるのは、自分自身の寂しさゆえでもあるだろうし、たとえとの関係があるからだ。美雪は自分とたとえの関係が、愛とたとえの関係に比べて圧倒的に優位であることを知っている。だから愛にどれだけ攻められても、心を完全に許すことはない。自分の性欲を自覚しつつ、その欲に完全に流されることはない。だから、たとえとのプラトニックな関係を数年間にわたって継続することができているのだ。こうした時間の流れを、愛は頭でなんとんく理解していても、腹落ちするほどには理解できていない。

 愛はまた、自分が親や教師にも理解されてないことを知っている。周囲から見たら容姿端麗で、リーダーシップもあり、成績も良好だという評価を受けているようだが、それは彼女の本質ではない。自分の本質をわかってほしいのに、理解されない苦しさ。乱反射、とはパンフレットに掲載されていた山田杏奈の言葉だが、自分自身が誰にも理解されてない、それでもわかってほしいし、自分自身をさらけ出したい。そうした様々な欲求が(強引に)乱反射することで、「ひらいて」ほしいというメッセージを送り続ける。

 原作でも映画でも非常に愛はやっかいな存在で、監督である首藤凛の助言を受けながら愛のことを辛抱強く理解しようと山田杏奈はつとめたようだ。対して美雪は、一見よくわからない薄い存在だが、愛が美雪に接近すればするほど、美雪の芯の強さが際立つことがよくわかる。愛はきっとこの美雪の内面の強さが悔しかったのだろうな、だからこそ、衝動を発露するやり方が強引になってしまったのだろう。実はめちゃくちゃ不器用な愛の存在が、最終的には愛おしいとも思えてしまう、そういう愛を山田杏奈は本当に巧みに、粘り強く演じることができていると思う。

 愛は誰にでもできるような役柄では絶対ないので、原作ファンとしては山田杏奈の好演、熱演が、何よりとてもうれしかった。

ひらいて(新潮文庫)
綿矢 りさ
新潮社
2015-07-24




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burningday at 10:29|PermalinkComments(0)movie