Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



見:ホール・ソレイユ

 「ストリップ劇場」という、名前は知っているけれど実情をよく知らないものをどう描いたのだろうという興味本位で見て来た。去年の冬に広島に滞在したことがあり、この映画の舞台になっている流川〜薬研堀界隈や横川界隈を懐かしく眺めた。『お嬢ちゃん』を見た横川シネマも一瞬だけ映画に登場しており、おお!となったがそれはつまりそのままスクリーンの中に感情が投影されていくという、幸せな経験でもあった。

 見た順番は前後するがこの前書いた『花束みたいな恋をした』はまさに青春時代の恋愛を人生の一幕に押し込めるまでの物語だったが、本作も青春時代の恋愛が奇跡的な美しいものとして描かれるのは似ているかもしれない。「ヌードの殿堂 広島第一劇場」でアルバイト(というか小間使いに近いが)を始めたばかりの信太郎と、その彼が恋に落ちたストリッパー、サラとの美しい関係。サラは踊り子で、信太郎は従業員のため、二人の関係が成就することはない(踊り子に手を出さないのも信太郎の雇用条件の一つであったため)。それでも、「友達なら」ということで始まった二人の関係は、少しずつ変わってゆく。

 それを、おそらく30年ほど経った現代の視点から振り返るので、現代と過去が常に交錯するような映画になっている。現代から過去を回想しているというよりは、画面上では常に交互に展開されるため、見ている側はいまいったいどの時間軸にいるのだろうかと、感覚が揺らぎながら映画を見つめることになる。そして、映画を通して二人の人生を見つめることになるのだ。

 過去の信太郎を演じる犬飼貴丈も、現代の信太郎を演じる加藤雅也もどちらも名演をしていて信太郎そのものになっているのだが、それ以上に行定勲監督のポルノ作品『ジムノペディに乱れる』でブルーリボン新人賞を受賞した岡村いずみが最初から最後まで素晴らしい。

 彼女は過去に登場するだけでなく、現代でも繰り返し信太郎の前に現れ、そして消えていく不思議な女性を演じている。しかしこれに気づいたのは映画を見た後にパンフレットを開いてからであって、まったく気づくことができなかった。サラというストリッパーを演じるだけでもすごいことだが、異なる時代の、異なる女性を演じきった岡村いずみの魅力というか魔力みたいなものに、取りつかれてしまう映画だ。

 そして、現代版でもう一人重要な存在が現役ストリッパーでもある矢沢ようこ演じるようこだ。実質的に、彼女は「リアルなストリッパー」として、そして平成〜令和へと時代を刻んできた踊り子として、スクリーンで名演を披露する。22年のキャリアを持つ彼女は、現実の広島第一劇場でのステージ経験も持つ存在だ。ここでもまた、現実と虚構が混ざりあい、不思議な時空間が展開されてゆく。

 映画制作時にはまだ存続していた劇場も、映画が完成した後に閉館している。まさに、夢のような時間が終わるまでを閉じ込めたこの映画は、劇場に関わった多くの人の青春をも閉じ込めた、素敵な空間だったに違いない。
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見:イオンシネマ高松東

 すでにいろんなところでいろんな人がこの映画の話題をしており、批評的な言説も多く見かけるのであえてこの映画について触れなくてもいいかなと思ったが、せっかくなので他の人があまりしていない(ように見える)話題を少し振ってみようかなと思う。むしろ似たような話をしている人がいたら教えてほしい、読みに行きます。


◆1.結婚に至らなかったカップルとして描かれる麦と絹

 上記の140秒の予告編を見てもわりとはっきりと分かるように、「人生における奇跡的な時間」を映画にしたのが本作だ。その奇跡的な時間は20代前半の学生時代に始まり、20代後半、アラサーと呼ばれる年齢に差し掛かるころに終わっていく。ある意味、この二人のような関係性は珍しくないだろう。いまの日本において、平均初婚年齢は男女ともに30歳前後で、結婚までの平均交際期間は2,3年である。20代前半のうちに結婚するカップルの多くは学生時代の交際を継続させたカップルだ。

 以上を踏まえると、もっと早い段階で結婚というアプローチを考えていれば、映画の麦と絹の関係性は変わったかもしれない。逆に言うと、その選択をとらなかった、あるいは考慮することすらなかった二人にとって「結婚するカップル」から乖離していくのが交際期間5年の後半部分だったのかもしれない。ゆえに、つまりいつか終わってしまうがゆえに、「奇跡的な5年間」だったと言えるのだろう。(もちろんここには壮大な皮肉が効いている)


◆2.COVID-19を経験しなかった麦と絹

 その上で、この映画は二人が別れた後の描写もわずかながら挿入している。二人の恋愛は2015年に始まり2019年に終わる(つまり2010年代と一緒に終わる)が、2020年として挿入されるシーンでは二人にそれぞれ新しい恋人がいて、一緒に過ごす様子が描かれている。現実世界とリンクしている映画なので、奇しくもCOVID-19が世界を覆う前に関係が終わり、COVID-19が世界を覆うころに新しい恋愛を始めているのは、麦と絹それぞれの人生にとっては幸福な出来事なのかもしれない。

 ただでさえ破綻した同棲生活の中にCOVID-19によるストレスがやってきたらその生活はかなり悲観的なものだろう。イベント会社に勤務している絹はCOVID-19下におけるイベント自粛の影響をもろに受けるだろうし、派遣社員という立場である絹は大きく影響を受けるだろう。雇用調整助成金を使って派遣元が派遣社員の雇用を継続してください、と厚生労働省が周知するようになったのは2020年6月のことだが、それ以前に絹が派遣元から解雇されているか、自宅待機を命じられて強いストレスがかかっている可能性は高い。

 逆にECによる物流関係の仕事をする麦は、以前より仕事がハードになっているはずだ。巣ごもり需要やテレワーク需要の恩恵を受ける物流業界は、以前からあった人手不足に拍車がかかっている。ただでさえ終電帰りも珍しくなかった麦の業務はさらに過酷になっていることだろう。

3.アベノミクス下における二人の労働スタイルの差異

 ネットを見ていると多くの人が労働の問題を指摘している。労働によって麦の精神と可処分時間がすり減っていき、漫画や小説に触れるエネルギーが削られ(パズドラしかできないんだよというセリフは象徴的である)、絹とのコミュニケーションもじわりじわりと減っていき、大きな断絶が二人の前に生まれていく。

 しかし、これはあくまで麦側の視点であり、絹側の視点ではまた違った労働の様子が描かれる。二人とも新卒カードを捨てて既卒で就職を果たしているが、これは2014年以降、第3次&第4次安倍政権下のアベノミクスによる景気回復や求人の回復による恩恵を受けた様子がうかがえる。仮にこれが2010年代前半、まだリーマンショックの余韻が大きく残る時代であるならば、新卒カードを捨てるという決断はかなり大きな決断だったはずだが、「人手不足」や「売り手市場」が叫ばれるようになった2010年代後半だからこそ麦と絹は新卒カードを捨てることに大きな抵抗がなかったのかもしれない。

 これはアト6で宇垣美里が指摘していたことだが、こうした状況にも関わらずなかなか就職できない麦は確かにかなり要領が悪い。しかし、絹はユーキャンの通信講座で簿記2級の資格を獲得し、あっさり就職を果たす。そして数年後、あっさり転職を果たすのだ。「好きなことを仕事にする」ための、クリエイティブ労働に。(これは麦が一度志したが、挫折したタイプの労働でもある)

 ちなみに二人が出会った2015年は女性活躍推進法が制定された年でもある。これは推測だが、地方出身で一人暮らしの麦よりも、都内在住で広告代理店勤務の両親のもとで暮らす絹の場合、政治との距離もおそらく違う。安倍政権と広告代理店最大手である電通との関係は度々指摘されてきたが、「女性活躍推進法」という、政治的に女性の雇用環境を改善したり、雇用機会を確保していこうという文脈の中に、広告代理店勤務の両親が何らかの形で関わっていてもおかしくはないだろう。そして絹は、食事中の会話の中などで仕事の話題を耳タコになるほど聞いていたはずだ。

 こうした二人の違いは、ECによる物流支援という一見新しい仕事に見えるが実は日本的雇用慣行を推進力にしたような会社に勤める麦と、イベントを主催したりプロデュースしたりする会社に派遣社員として勤務する、いわばクリエイティブ労働をする絹の価値観の差異になって描かれる。社会人になってからの二人は差異ばかりが際立っていくが、それは労働そのものの問題というより、労働のスタイルの差異から生まれる人生における価値観の差異の問題だと受け止めた。労働自体が問題なのではなく、そこからくる二次的なあれこれが問題なのだ。

 もっと言えば、その差異を二人がそれぞれ受け止めることができなかったことが、恋愛関係の破綻にもっともつながったのだと解釈している。二人の場合、「気が合う趣味が多い」というところから関係が始まっているため、コミュニケーションの断絶に対して初めから耐性がなかったのかもしれない。つまり、「自分たちは似ている」が「自分たちはあまり似ていない」になったときに、それでもいいよねと受け止めるか、あるいはコミュニケーションを繰り返して「いかに自分たちは似ていないのか」を受容していくプロセスがあれば、二人の関係そのものが違ったのかもしれない。

 しかし不幸なことに、可処分時間が十分にない麦にとっては、絹とのコミュニケーションすら拒むシーンが度々登場する。友人をきっかけに転職を果たすなど、もともとがコミュニカティブな絹と違い、不器用で要領の悪い麦は、仕事のこと以外を考える精神的な余裕もなかったのだろう。であるがゆえに、先ほど書いたようなもっとコミュニケーションしていれば、というのは永遠に反実仮想なのだろうと思う。だから二人が破綻するのがいつなのかを、見守るしかなかった。

 ちなみに絹が先に読んでいた滝口悠生の『茄子の輝き』を麦が読んでいれば結果は違ったかもしれない。けれどきっと麦は読んでいないだろう。ちなみにこんな小説です。




4.ポストモダニティな群像劇としての『花束』

 こうした『花束』の人間関係の描き方は、つまるところ徹底的にポストモダニティであるな、とも思うのだ。以前noteで書いたこの文章があるので少し引用してみたいが






 三浦玲一は上記の書籍の中で、ポストモダンとグローバル化の進展が、文化の中で、とりわけハリウッド映画におけるヒーローの描き方の中によく表れていると分析している。noteにも書いているが、映画の中では「主人公の恋愛の成就や家族の平穏といった、個人的な問題が前面に出される」のである。

 麦も、ある時から結婚とか家族といった夢を語るようになる。同期が結婚したから、といった身近な話題からその夢想は始まるが、自分の労働はそういった家族の形成という、個人的で親密圏的な空間の形成といったベクトルにまっすぐ向かうための手段として労働を受け入れている様が見える。逆に言うと、これは徹底的に家父長制モデルの反復でもある。つまり、古いものを古いままアップデートしようとしているがゆえに、絹とのコミュニケーションが破綻するのだ。社会人になってからも絹とのコミュニケーションを重ねていれば、こうした古いモデルを反復することもなかったかもしれない(しかしそのルートは存在しない)。

 他方で絹の場合、資格を手に入れて働くというこれもやや古いモデルからスタートするが、後半は「自己実現のための、やりたいことをするための労働」といった現代的な価値観へとアップデートしていく。もちろんここには「でも待遇はちょっと悪くなる」という現代的な資本主義が顕在化しているとも言えるが、いずれにしても古いモデルのままもがく麦よりは、時代に適応しながら自己実現していこうという絹の方が、希望的に見えるのは確かだ。(もちろん、時代に呑まれてしまう恐れも大きいし、2020年のCOVID-19はまさにその一つと言えるだろう)

 麦と絹がそれぞれ別れを告げるのは、かつて二人が懇意にしていた、それこそクリエイティブ労働を経験したであろう女性の結婚式の後だ。最後のファミレスで登場する若いカップルよりも、個人的にはこの「結婚という一つのゴールにたどり着いたクリエイティブ労働を経験した女性」の存在こそが、麦と絹の二人の恋愛の反実仮想として描かれたものだったのではないかと受け止めている。

 奇跡的な恋愛が、現実的な人生の一幕として幕を閉じるのか、あるいは奇跡は奇跡として、青春の記憶に葬っていくのか。この映画ではいろいろな人生の行き先が提示されているように見えて、しかし「ルート分岐なんて存在しない」のが人生だということも、残酷に突きつけている。



 それでも個人的にはこの映画はそう悲観的なものでもないと見ている。なぜなら二人はすでに次のステップへと進んでいるからだ。不器用な麦はまたどこかのタイミングでコミュニケーションの断絶を経験してしまうかもしれないが、コミュニカティブで器用な絹は、奇跡的な恋愛を反省にしてコミュニケーションの断絶を乗り越えられそうな気もする。いずれにせよ、二人の人生は20代前半からアラサーへと続き、やがて30代になっていく。人生が続いていく限り、恋愛はまたやり直すことができる。例え奇跡が終わっても、「人生はまだ続く」こと自体は希望的に受け止めていいのではないかと、すでに30代になっていまった自分としては思うのだ。
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1月の読書メーター
読んだ本の数:21
読んだページ数:6723
ナイス数:50

リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書)リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書)感想
ある本で言及されていたので読んでみたが今改めて読む本ではなかった。内容も語り口も。
読了日:01月01日 著者:東 浩紀,大塚 英志
1984年に生まれて (単行本)1984年に生まれて (単行本)
読了日:01月06日 著者:郝 景芳
大都会の愛し方 (となりの国のものがたり7)大都会の愛し方 (となりの国のものがたり7)
読了日:01月09日 著者:パク・サンヨン
NHK「勝敗を越えた夏2020~ドキュメント日本高校ダンス部選手権~」高校ダンス部のチームビルディング (星海社新書)NHK「勝敗を越えた夏2020~ドキュメント日本高校ダンス部選手権~」高校ダンス部のチームビルディング (星海社新書)感想
むちゃくちゃ面白かった。登場する一人一人の熱量がすごく、ダンスやチームへの向き合い方が美しい。もちろんいい話ばかりじゃないししんどい話も多々あるがそういった青春の苦みも含めて高校生ならではの熱量が成せる業だと思う。青春が終わった後である各校OGへのインタビューが短いながらも挿入されていることで高校ダンスがいかような経験だったのか?を相対化させることに繋がっていたのも面白かった。高校を卒業しても人生は続く。だからこそ3年間の短い時間は美しく眩しく映る。
読了日:01月11日 著者:中西 朋
20世紀アメリカの夢: 世紀転換期から1970年代 (岩波新書)20世紀アメリカの夢: 世紀転換期から1970年代 (岩波新書)
読了日:01月12日 著者:中野 耕太郎
コロナ禍日記 (生活考察叢書 1)コロナ禍日記 (生活考察叢書 1)
読了日:01月13日 著者:植本一子,円城塔,王谷晶,大和田俊之,香山哲,木下美絵,楠本まき,栗原裕一郎,谷崎由依,田中誠一,辻本力,中岡祐介,ニコ・ニコルソン,西村彩,速水健朗,福永信,マヒトゥ・ザ・ピーポー
かつて描かれたことのない境地: 傑作短篇集 (残雪コレクション)かつて描かれたことのない境地: 傑作短篇集 (残雪コレクション)感想
たぶん初残雪。こういうスタイルの小説を書くのか〜と思いながらそれぞれの短編中編を味わった。
読了日:01月14日 著者:残 雪
グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀 (シリーズ アメリカ合衆国史)グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀 (シリーズ アメリカ合衆国史)感想
トランプの4年間に先鋭化して顕在化した分断はいったいどこからやって来たのか、それを辿るためにニクソンの時代からレーガン、クリントンの時代を経てアウトサイダーたるオバマとトランプで締めくくるという現代史の通史。大統領選挙の後になって読むと、これからのバイデン時代の政治の困難さがよりリアルなものとして理解できる。
読了日:01月18日 著者:古矢 旬
生まれてこないほうが良かったのか? ――生命の哲学へ! (筑摩選書)生まれてこないほうが良かったのか? ――生命の哲学へ! (筑摩選書)感想
ショーペンハウアーはわかるけどその後にブッダを経由してニーチェでとどめを刺すには面白かった。そしてここからは始まりである、と。
読了日:01月20日 著者:森岡 正博
フランクリン・ローズヴェルト-大恐慌と大戦に挑んだ指導者 (中公新書, 2626)フランクリン・ローズヴェルト-大恐慌と大戦に挑んだ指導者 (中公新書, 2626)
読了日:01月24日 著者:佐藤 千登勢
新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実 (日経プレミアシリーズ)新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実 (日経プレミアシリーズ)
読了日:01月24日 著者:峰 宗太郎,山中 浩之
待ち遠しい待ち遠しい
読了日:01月25日 著者:柴崎 友香
文学少女対数学少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)文学少女対数学少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
読了日:01月26日 著者:陸 秋槎
私をくいとめて (朝日文庫)私をくいとめて (朝日文庫)
読了日:01月27日 著者:綿矢りさ
世界のまんなか〜イエスかノーか半分か 2〜 (ディアプラス文庫)世界のまんなか〜イエスかノーか半分か 2〜 (ディアプラス文庫)感想
前作を読んだのがいつか思い出せないくらい久しぶりにシリーズの続きとなる本作を読んだが、久しぶりに読む計と潮の絡みは単純に面白く(二人のそれぞれの二面性の書き分けとかも含めて)またお仕事物としてもなかなか社会派なところにも切り込んでいてよかった。
読了日:01月28日 著者:一穂 ミチ
雨の降る日は学校に行かない (集英社文庫)雨の降る日は学校に行かない (集英社文庫)感想
最初の二作と表題作が好み。最初と最後をそういう仕掛けとはね、と思わせるところはうまい。
読了日:01月28日 著者:相沢 沙呼
20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)
読了日:01月28日 著者:
表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
読了日:01月29日 著者:若林 正恭
財政学の扉をひらく (有斐閣ストゥディア)財政学の扉をひらく (有斐閣ストゥディア)
読了日:01月29日 著者:高端 正幸,佐藤 滋
巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)
読了日:01月30日 著者:米澤 穂信
韓国社会の現在-超少子化、貧困・孤立化、デジタル化 (中公新書 (2602))韓国社会の現在-超少子化、貧困・孤立化、デジタル化 (中公新書 (2602))感想
この本でもキム・ジヨンの引用がされているが韓国文学を読む上で韓国の社会状況を理解するための良い副読本かなと感じた。就職の問題、教育の問題や保育の問題などは、永遠に解決されそうにない高い未婚率と低い出生率と直接リンクする。あと2010年代のフェミニズムの盛り上がりと対称的になっている「取り残された人々」的な若い男性の不満や反フェミニズム精神の根深さにも目を向けないと、男女間の分断は広がるばかりだろうとも改めて感じた。かといって兵役を止められないのはジレンマでしょうね。
読了日:01月30日 著者:春木 育美

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 原作も実写も経験せずに見たのは自分が障害福祉の領域で仕事をしていることとも無関係ではないし、事前に読んだ二つの文章が印象に残っていたからだ。





 ダブル手帳氏の批判点は主に次の二点だろう(「本稿では批判を一点に絞る」とあるがこの二つのうち一つは性に関するものであるが、もう一つは性やジェンダーとは関係ないものなので切り分けて考えたほうが良いと考える)
・「主人公にセクハラする男性が“消えた”」こと
・「本作でジョゼが新たに「芸術の天才」となった」こと


 前者に関しては、確かに田辺聖子の小説という意味で性に関する等身大の描写は重要な意味を持つ。従って、「車いすの女性」が性加害に遭遇しやすいという原作の描写を映画がほとんど脱色してしまっていることについては、批判されてもおかしくないだろう。ジョゼが「家出」して一人で街に出ていく場面ですれ違う男性に邪険に扱われるシーンは映画にもあるが、性の対象として見られることはなかった。性の対象に見ていたとすれば、主人公である「管理人」だろう。

 後者については、原作が情報量の多くない短編であることや、2020年のクリスマス公開に合わせて物語を新たに提示することを考えると重要な批判点とは言えない。『37セカンズ』が例に挙がっているが、障害者を表象した映画は当作に限らず多数あることだろう。確かに障害者でありながら天才という下駄をはかされていることへの違和感を否定するつもりはないが、ジョゼが自宅で読んでいたサガンを図書館で発見したり、その図書館で朗読のボランティアをしたり、足のない(そして地上の世界をしらない)人魚姫と自分を重ねるといったあたりの設定の組み合わせの妙を個人的には評価したいと感じた。

 それはなぜかというと、確かにストーリーとしてはベタベタと言っていいほどの青春もの(しっかり三角関係も描かれているし)でありながらも、現代の関西を舞台に作り上げたアニメーションだということが端々から伝わってくるからだ。舞台となった場所の具体名を挙げるとキリがないが、ジョゼが通う図書館(おそらく大阪市立中央図書館)がリアルに描写されていたことを個人的に高く評価しいている。地下鉄の西長堀駅直通のこの図書館なら、ジョゼが車いすで歩く距離を最小化できる(ジョゼの住居はおそらく南大阪だと思われるので地下鉄西長堀駅まで乗り継いでいく必要はあるが)し、この場所なら彼女が繰り返し一人で通うこともイメージしやすい。それ以外のデートスポット、例えば水族館や動物園、なんばパークスなどは単独では行きづらい場所だし、彼女が自己実現を達成するならばここしかないスポットだろう。

 その図書館で彼女が子どもたちに語って聞かせる人魚姫は、さながらこの映画がおとぎ話のような奇跡を待望していることも予感させてくれる。わがままなジョゼと、彼女に同情する気持ちがあった管理人との関係性も、終盤は純粋な利他主義として関係性を構築していくところには希望を持っていいと思ったし、前者から後者への心理的な転移は障害者と健常者といった枠を超えて、どんな場面、どんな関係性でも起こりうることではないだろうか(その転移が絶対的に必要なもので、絶対的に肯定されるべき、とまでは言わないものの)。
 
 パンフレットで脚本家が語っていたように、そもそもこの映画には障害者や健常者といった言葉はほとんど出てこない。こうした演出に対する評価はまちまちだろうが、ダブル手帳氏の言うように令和が純愛の時代だからこういう結末になったというのはいささか短絡的なこじつけに思える。それよりも、設定の巧みさと、それを具現化するアニメーションや脚本の緻密さの方を評価したい。練りに練って作られた物語の着地点ができすぎたハッピーエンドならば、いかにそれがベタな純愛だとしても自然に受け止められると感じたからだ。

 最後に。大阪出身の清原果耶の演じるジョゼが、最初から最後まで本当に素晴らしかった。映画を見てから原作を読んだが、原作のジョゼに息を吹き込んだ声優が彼女だったのは、僥倖だと言っても大げさではあるまい。

ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)
田辺 聖子
KADOKAWA
2014-01-08



ジョゼと虎と魚たち Blu-ray スペシャル・エディション
新屋英子
TCエンタテインメント
2012-09-05



※追記

 すぱんくさんのこの映画評も(個人的な体験も含め)かなり読み応えがあるのでリンク貼っておきます。社会全体が脆弱になっていくことと対照的に、障害者の権利擁護や福祉サービスが充実してきたことの一つの皮肉が「2020年のジョゼ」に見ることができる(たとえば一見福祉を利用していないように見えるジョゼにも相談支援専門員のメガネ男性は時々様子を見に来る)と言ってもいいのかもしれない。


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12月の読書メーター
読んだ本の数:18
読んだページ数:5860
ナイス数:57

緑の家 (新潮文庫)緑の家 (新潮文庫)
読了日:12月02日 著者:マリオ バルガス・リョサ
「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション2 (ちくま学芸文庫)「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション2 (ちくま学芸文庫)感想
「あえていうならば、治療自体は科学ではない。それは、棋譜の集大成が数学にならないのと同じである」p. 13。棋譜を否定しているのではなく、棋譜は重要だが棋譜の使い方(応用)をしなければ対局に勝てないのと同じように、生身の人間を治療するにあたって諸々の知見は必要条件として役に立つが、そこから先は応用する力が求められる。棋譜を増やしながら、支援する力をつけていかねばならないのは、私の仕事である精神障害者福祉の世界もきっと同様だ。
読了日:12月02日 著者:中井 久夫
記憶する体記憶する体
読了日:12月04日 著者:伊藤 亜紗
仕事文脈 vol.10仕事文脈 vol.10
読了日:12月04日 著者:仕事文脈編集部
現代思想 2019年9月号 特集=倫理学の論点23現代思想 2019年9月号 特集=倫理学の論点23感想
柘植、重田、北中、玉手、筒井、小西論考を面白く読んだ。安楽死に関する武田エッセイは北中、玉手論考と関連して読むとなお面白い。
読了日:12月04日 著者:岡本裕一朗,奥田太郎,池田喬,長門裕介,福永真弓,石井ゆかり,武田砂鉄,重田園江
楽園への道 (河出文庫)楽園への道 (河出文庫)
読了日:12月05日 著者:マリオ バルガス=リョサ
健康経済学 -- 市場と規制のあいだで健康経済学 -- 市場と規制のあいだで
読了日:12月08日 著者:後藤 励,井深 陽子
〈効果的な利他主義〉宣言! ――慈善活動への科学的アプローチ〈効果的な利他主義〉宣言! ――慈善活動への科学的アプローチ感想
主張や結論については色々思うところはあるが道徳哲学と経済学を組み合わせて行為や選択の費用対効果を考えるというアプローチは面白かった。往々にして帰結主義的、功利主義的なバイアスはかかっていると思うので、どの程度この著者のロジックに乗っかかるべきかは状況に応じて判断すればいいかなという感じがした。
読了日:12月09日 著者:ウィリアム・マッカスキル
詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間
読了日:12月09日 著者:長谷川晶一
大人のADHDワークブック大人のADHDワークブック感想
超いい本でした。ADHDと非ADHDの差異や医師によるADHDの診断の話から始まり、生活上の課題やそれに対する豊富なワーク、教育、仕事に関する助言、お金は人間関係、犯罪への言及などなどこれ一冊でADHDに必要な情報はほぼ全てつまっている気がする。あ当事者、家族、支援者誰が読んでも有用。エビデンスも豊富で面白いが参考文献リストがないのが惜しい。
読了日:12月11日 著者:ラッセル・A・バークレー,クリスティン・M・ベントン
青春ブタ野郎はナイチンゲールの夢を見ない (電撃文庫)青春ブタ野郎はナイチンゲールの夢を見ない (電撃文庫)感想
本編も毎度のことながら面白かったが、一行しかない後書きに悶える。フィクションも現実も、何もない日々の何と愛おしいことか。
読了日:12月13日 著者:鴨志田 一
彼女の名前は (単行本)彼女の名前は (単行本)
読了日:12月17日 著者:チョ ナムジュ
pray humanpray human感想
エネルギッシュな疾走感と社会への不満や抵抗感を詰め込んだデビュー作の持ち味を存分に生かしながら、苦しかった時代を精神病院の病棟で振り返る物語。誰かに話すことでようやく何かを救い出せるような、そういう瞬間の尊さが散りばめられていた。デビュー作から作家の生活や健康状態にも紆余曲折あったようで2作目を出すのに4年を要したようだが、4年越しに読めてよかったと思える力強い一冊。あと由香とのいろいろなエピソードはいい百合でした、悲しいけどね。
読了日:12月18日 著者:崔 実
九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)感想
主人公が美女と一緒にバディを組んで謎解きをするのは樋口有介っぽいなとか、時間が歪む設定が青ブタの思春期症候群っぽいなと思いつつ読んだが後半の伏線の回収の鮮やかさと米澤穂信的な青春の苦さのトッピングが好き。苦みを強調してブラックに終わらせないところは作者の持ち味かもしれない。主人公たちと同じ、ゼロ年代中盤に高校生だった自分からしたら(そしていまの自分は30歳だ)懐かしい気持ちに浸れる描写も多く面白かった。
読了日:12月21日 著者:浅倉 秋成
世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書世界一わかりやすい 「医療政策」の教科書感想
ページ的には分厚くはないがこの中身の濃さは素晴らしい。アメリカでの研究結果を中心に紹介しているのであくまでアメリカという留保は必要だが、その留保の上で読み進めるとアメリカのアカデミックがいかに医療という営みをあらゆる角度で研究し、そして現実の医療政策に生かそうとしているかがよくわかる。あとがきにも書かれているが、日本に欠けている重大な要素はここである。素晴らしい医療制度を持っていたとしても、EBPMによるアップデートや社会における共通理解の促進が進展させなければ、これからの時代を生きていくのは難しい。
読了日:12月23日 著者:津川 友介
コンビニ・ダイエット (星海社新書)コンビニ・ダイエット (星海社新書)感想
仕事柄夜食をよくとるが夜食を少しでも健康的にできればと思って読んだ。色々使えそうではある。
読了日:12月25日 著者:浅野 まみこ
塀の中の美容室 (双葉文庫)塀の中の美容室 (双葉文庫)
読了日:12月26日 著者:桜井 美奈
お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)感想
2003年刊の本だけど、ここからどれだけ世の中のジェンダー観が進んできただろうかと思いながら読んでいた。もちろん進んできた部分もあるだろうけれど(大学での取組みとか)大きく変わってないこともあるだろうし、婚活界隈を見ていると昔ながらの男女観に根強さも感じる。そんなわけで、たった20年弱で変わってしまうような領域ではないことを改めて感じながら読んだ一冊だった。
読了日:12月30日 著者:若桑 みどり

読書メーター
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11月の読書メーター
読んだ本の数:25
読んだページ数:7638
ナイス数:38

アメリカの政党政治-建国から250年の軌跡 (中公新書)アメリカの政党政治-建国から250年の軌跡 (中公新書)感想
アメリカの二代政党制が現代の姿に至るまでの250年の歴史がコンパクトに、かつポイントを抑えながら詳述されていて非常に良い本。タイミングが大統領選挙期間中というのも素晴らしいし、今年出た新書の中でも完成度が出色の一冊。
読了日:11月01日 著者:岡山 裕
みんなの「わがまま」入門みんなの「わがまま」入門
読了日:11月02日 著者:富永京子
民主主義とは何か (講談社現代新書)民主主義とは何か (講談社現代新書)感想
アメリカで良くわからないことが起きている今だからこそ、民主主義について考えてみたい、知りたい人にとっては最適な入門書になっているように思う。すでに政治学を学んだ自分としてもコンパクトに民主主義の理論と歴史を「復習」できるので、とても学びが多い一冊だった。何より読みやすい文章、文体がこうした類いの本としては出色だと思われる。
読了日:11月05日 著者:宇野 重規
観光は滅びない 99.9%減からの復活が京都からはじまる (星海社新書)観光は滅びない 99.9%減からの復活が京都からはじまる (星海社新書)感想
再起の記録。まだまだこれからではあるとしても、京都が日本にとって特別な場所であるせいか、そうあってほしいとは思いながら読んでいた。
読了日:11月09日 著者:中井 治郎
現代思想 2020年11月号 特集=ワクチンを考える――免疫をめぐる思想と実践――現代思想 2020年11月号 特集=ワクチンを考える――免疫をめぐる思想と実践――感想
前半は面白い論考が多く、HPVワクチンに関するものはいずれも必読だと感じた。
読了日:11月10日 著者:中村桂子,山内一也,ロベルト・エスポジト,美馬達哉,岡崎勝,香西豊子,橋迫瑞穂,浜田明範,宮裕助
保健室のアン・ウニョン先生 (チョン・セランの本 1)保健室のアン・ウニョン先生 (チョン・セランの本 1)
読了日:11月11日 著者:チョン・セラン
臨床心理学 (New Liberal Arts Selection)臨床心理学 (New Liberal Arts Selection)感想
骨太。実務家の立場として読んだが、これは仕事をする上でも繰り返し開くことになりそうなすぐれた一冊である。
読了日:11月12日 著者:丹野 義彦,石垣 琢麿,毛利 伊吹,佐々木 淳,杉山 明子
社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
読了日:11月15日 著者:ジョナサン・ハイト
伊勢物語 2020年11月 (NHK100分de名著)伊勢物語 2020年11月 (NHK100分de名著)感想
古典の授業で習った話や歌が多かったが、「西の京の女」に関するエピソードは全然知らなかったのでなかなか面白く受け取った。「初めての女性」を特別視して、それが後世まで大事なものとして残っていくというのは、現代人の感覚とも近いものがあるし、「起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめ暮らしつ」は情感がこもりにこもった美しい歌だと感じた。
読了日:11月18日 著者:蘯 のぶ子
東京百話〈地の巻〉 (ちくま文庫)東京百話〈地の巻〉 (ちくま文庫)
読了日:11月18日 著者:
アメリカのジレンマ 実験国家はどこへゆくのか (NHK出版新書)アメリカのジレンマ 実験国家はどこへゆくのか (NHK出版新書)感想
プレトランプ時代であるオバマ政権後期の復習といった感じ。バイデンはどの路線を歩むのか。
読了日:11月18日 著者:渡辺 靖
他者を感じる社会学 (ちくまプリマー新書)他者を感じる社会学 (ちくまプリマー新書)感想
COVID-19のある世界を生きる上でも、またそれがなかったとしても、しなやかでタフな想像力が常に必要なのだろうと感じた。それが徹底的に欠けてしまって分極化しているのがいまのアメリカなのかもしれない。
読了日:11月19日 著者:好井 裕明
坂本真綾 In MUSIC MAGAZINE坂本真綾 In MUSIC MAGAZINE
読了日:11月19日 著者:
なぜふつうに食べられないのか: 拒食と過食の文化人類学なぜふつうに食べられないのか: 拒食と過食の文化人類学
読了日:11月20日 著者:磯野 真穂
第17巻 福祉心理学 (公認心理師の基礎と実践)第17巻 福祉心理学 (公認心理師の基礎と実践)
読了日:11月23日 著者:中島 健一
基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議 (有斐閣ストゥディア)基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議 (有斐閣ストゥディア)
読了日:11月23日 著者:服部 雅史,小島 治幸,北神 慎司
政治経済学 -- グローバル化時代の国家と市場 (有斐閣ストゥディア)政治経済学 -- グローバル化時代の国家と市場 (有斐閣ストゥディア)
読了日:11月24日 著者:田中 拓道,近藤 正基,矢内 勇生,上川 龍之進
世界標準の経営理論世界標準の経営理論感想
経済学や社会学ゾーンは既知のことも多かったが経営学だとこういう風に料理すんのねというのが膨大な理論と関連する論文群によって示されていくのは素直に面白い。浅く広くではあるが昔からある理論を現代の視点で反論する理論を紹介しながらクリティカルに論じているのは面白かったし、経営学のテキストとしての目的は十分果たせていると思う。
読了日:11月25日 著者:入山 章栄
感染症とワクチンについて専門家の父に聞いてみた感染症とワクチンについて専門家の父に聞いてみた感想
感染症の歴史とワクチン開発の歴史を一つずつセットで学べる良書。とても教育的な一冊。
読了日:11月25日 著者:さーたり,中山 哲夫
ランチ酒 (祥伝社文庫)ランチ酒 (祥伝社文庫)感想
さくっと読める文体だが、見守り屋の顧客の抱える事情や主人公の抱える事情とその進展など、シビアな内容も多く含む。だからこそ仕事おわりの昼間の一杯と食事が至極の瞬間になるのだろう。
読了日:11月26日 著者:原田ひ香
貧困専業主婦 (新潮選書)貧困専業主婦 (新潮選書)
読了日:11月26日 著者:周 燕飛
谷崎潤一郎スペシャル 2020年10月 (NHK100分de名著)谷崎潤一郎スペシャル 2020年10月 (NHK100分de名著)感想
谷崎の魅力は時代に迎合しない変態性でもあるが、メタフィクション性でもあるよねという話などなど。
読了日:11月27日 著者:島田 雅彦
小説版 韓国・フェミニズム・日本小説版 韓国・フェミニズム・日本
読了日:11月28日 著者:チョ・ナムジュ,松田青子,デュナ,西加奈子,ハン・ガン,イ・ラン,小山田浩子,高山羽根子,パク・ミンギュ,パク・ソルメ,深緑野分,星野智幸
永遠だ、海と溶け合う太陽だ。 特集 女と人生永遠だ、海と溶け合う太陽だ。 特集 女と人生感想
座談会は議論が行ったり来たりしていることもありさほど惹かれなかったが、中盤で女と女の関係をいろいろな寄稿者が書いたエッセイはバリエーション豊かで読み応えあり。愛情と憎悪の入り交じり方に人生を感じる。
読了日:11月28日 著者:水上 文
わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)感想
ほぼ全て百合作品の短篇集という圧倒的な尊さと、そこに書き込まれている切実さ、悲しみ、痛みなどに深く共感する気持ちがある。
読了日:11月30日 著者:チェ・ウニョン

読書メーター
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2020年12月現在保有資産まとめ

トータル:¥4,287,682
→証券:¥3,987,149
(年間受け取り分配金見込み:¥31,026)


 


 以下、現在のポートフォリオ一覧。

◎日本株
・エムスリー[2413]
・信越化学工業[4063]
・武田薬品工業[4502]
・中外製薬[4519]
・第一三共[4568]
・パーク24[4666](不動産株のため、上記円グラフではREIT/商品等でカウント)
・オムロン[6146]
・ディスコ[6645]
・ソニー[6758]
・シスメックス[6869]
・シマノ[7309]
・バンダイナムコHD[7832]
・任天堂[7974]
・東京エレクトロン[8035]
・ユニ・チャーム[8113]
・オリックス[8591]


 去年はグロースとバリューが入り混じっていたが今年はグロース主体に切り替えている(外国株も同じスタンス)。明らかな配当狙いは武田とオリックスくらいかな。
 ワンタップバイが今年になって一気に取り扱い銘柄を増やしたことにより、いろいろ購入してみたが、いまのところ任天堂、ソニー、バンナムHD、ユニ・チャームあたりが堅調に推移している。最もコロナショックの恩恵を受けているのがエムスリーで、東京エレクトロンも足元の需要回復を追い風にして引き続き主力銘柄。シマノは買うのがちょっと遅かったけどまだまだコロナが長引きそうなので&コロナ関係なく強い銘柄ではあるので、もう少し持ってみます。
 逆に一番の逆風がパーク24で、買うタイミングも完全に失敗してしまったけど直近の決算はさほど悪くないのでじっくりホールドしてみることにする。損切りするのももったいないので。(現在評価額-5万円ほど)
 いろいろあるがポートフォリオに占める割合は10%ほどが目標で現在14%なので気持ち多め。ワンタップバイが取り扱いを増やしたら分からないが、現状ではこれ以上大幅に増やすつもりはない。増やすとしたら以前持っていたトヨタとホンダを買い戻そうかな、くらいか。去年の冬にIPOした医療系ベンチャーのメドレーを早いうちに買っておけばよかったな、とはちょっとだけ思いつつ。ちょっとだけ。

◎外国株
ETF
・iSharesS&P500[1655]
DGRW
SMH
SPXL
QQQ
VHT
XLV
XLU
XLY

投資信託
・eMaxis Slimオールカントリー
・eMaxis Slim S&P500
・ifreeQQQ
・ifreeQQQレバレッジ
・SBIVOO
・楽天VTI
・楽天USA360

個別
・ダナハー[DHR]
・テラドック[TDOC]
・ゾエティス[ZTS]
・アドビ[ADBE]
・クラウドストライク[CRWD]
・オクタ[OKTA]
・Unity[U]
・Amazon[AMZN]
・テスラ[TSLA]
・JPモルガン[JPM]
・ペイパル[PYPL]
・スクエア[SQ]
・ブルックフィールド・リニューアブル[BEPC]
・クリアウェイ・エナジー[CWEN]


 外国株(主に米国株)だが、個別はほどほどにETFと投信主体という戦略は変わらない。投資信託はつみたてNISAの月3.3万に加えて楽天証券で楽天カードによるつみたて月5万も今年からスタートして継続している。NISAが年40万で楽天が年60万なので、何も手を動かさなくても年間100万は自動的に積み立てられる仕組みは結構でかいと思う。
 個別は基本的にグロース。投信やETFはほどほどのレバレッジを仕込みながら、インデックスとセクターをバランスよく買っていこうかなと考えたらこうなった。
 もう少し増やしたい気持ちもあるがこれ以上増やしても他の商品とのダブりが発生してしまうので、あれもこれもと考えるよりはいま持っているこれらを引き続き買っていくという流れでいいとお思っている。個別は場合によって入れ替えるかもなので、このへんは引き続きいろいろな銘柄をウォッチし続けたい。
 大統領選挙を終えて相場が堅調に推移しているせいか、評価額では個別株のすべてがプラスに転じている。コロナショックでの落ち込みはかなり大きかったが、その後の回復はかなり順調だったと言える。(これは日本株にも言えることではあるが)ネットで見ている限り、高配当銘柄ばかりをホールドしていた人はコロナショック後の回復基調に乗れていないので、やはりポートフォリオのバランスは大事だな〜と感じた一年であった。
 ポートフォリオにおける割合は75%ほどを目標にしているので、現在の76%という数字はほぼ想定通り。

◎その他(BDC/REIT/商品/暗号資産)
・エイリス・キャピタル[ARCC]
・メイン・ストリート・キャピタル[MAIN]
・iShares米国不動産ETF[IYR]
・グローバルX SuperDivinded REIT[SRET]
・不動産セレクトSPDRファンド[XLRE]
・NFJリート[1343]
・iSharesJリート[1476]
・iSharesゴールド・トラスト[IAU]
・ビットコイン[BTC]
・イーサリアム[ETH]

 ワンタップバイで8951や8952といった大型のREITを少額で買えるようになり、少し買った時期があったが今年はコロナショック以降、REITの値動きが総じて不安定な年だったので、ETFで固めることにした。以前持っていたヘルスケア&メディカルリートはまた検討しているが、それ以外は現状の保有をちょっとずつ買い増せばそれでいいだろうという気持ち。
 買い足すものがほぼ決まっていることと、昨年の高騰と比べて今年は軟調なまま推移している(割安傾向にある)ので、一番悩まずに買っていけるカテゴリー。ポートフォリオにおける目標は10%ほど。現在が11%なのでこのままでいいが、日本株が14%とやや多いので少し増やしてもいいくらい。


2021年展望
・投資戦略については特に変更なし
・投資信託とETFはこれ以上増やす予定はない。(増やすとしてもわずか)
・個別銘柄は適宜入れ替える可能性を念頭に銘柄ウォッチを継続する

 2017年秋から資産運用を始めて3年で100万→400万に増やしたが、2018年が一年を通じて軟調だったことを考えたりコロナショックがあったことを考えるとまずまず順調に推移していると言える。逆にコロナショック(あと大統領選挙)がなければ年末に400万の節目に乗せることはなかっただろう。もっと振れ幅は小さかったはずだ。来年も堅調に推移するならば春先には500万に乗せてもおかしくないかもしれない。500万までいけば一つの心理的節目である1000万が見えてくる。
 インデックス投資信託やETFを継続して買っていて思うのは、「リスクが大きい(上下に幅がある)ほどリターンが大きい」という当たり前のことをそのまま実感できることだ。個別銘柄だと上がりっぱなし、下がりっぱなしも珍しくないが、投信やETFは基本的に波がある商品なので、波の大きさを利用して資産を増やすことが一番堅実で一番リターンをもたらすのではないか、と考えている。
(レバレッジの投資信託やETF、暗号資産にわずかながら投資をしている理由はこれ)
 もちろん未来は常に不透明だが、不透明だからこそbetすることに価値があるのであって、引き続き淡々とやっていきたい。 
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※このエントリーはふくろうさん(@0wl_man)主宰の企画、「海外文学・ガイブン Advent Calendar 2020」に参加しています。



■はじめに

 このエントリーでは韓国の現代文学における百合作品、あるいは文学における百合描写について紹介していきたい。まず、「百合」という言葉になじみがない方に簡単に説明すると、「百合とは女性同士の親密な関係全般のこと」であると言ってよい。

 具体的には親友同士、先輩後輩関係、レズビアンカップルなどなど、性的な関係を含む含まないに関わらず、女性同士の親密な関係を取り入れた作品のことをここでは百合作品と言いたい。あるいは、小説の主題ではないものの描写として一部取り入れられることもあるため、ここでは百合の描写が観測されるならばその小説は広義の百合作品であると解釈しよう。百合作品のジャンルとしては、女子学生同士の青春を描く百合作品や、職場の先輩後輩関係を描く百合作品(「社会人百合」と称されることも多い)が日本では小説、漫画、アニメなどの作品に観測される。

 実際には「百合」の定義は人それぞれであり、セクシャルマイノリティの文学であるレズビアン作品とは異なるものとして解釈する人もいる(その場合は、恋愛関係や性的関係の有無などが「百合」を定義する材料となる)。ただ、ここで「百合論争」(「百合」の定義する範囲についての論争)をするつもりはないので、個人的な百合解釈にお付き合い願いたい。なお、あくまで個人的な解釈であるため、読者の方が「それは百合じゃない」と思ったとしてもそれは読者の方の自由な解釈である。

 それでは始めよう。2018年に日本で紹介されたデビュー短編集が韓国でもベストセラーとなっている新鋭のチェ・ウニョン、すでに世界的に評価され、芸術的な小説家でもあるハン・ガンを中心に紹介したい。この二人を中心に紹介する理由は、単純に私の推し作家であるからだ。その意味では偏愛でもあるが、読者の方にはご容赦いただきたい。

■作品紹介


◆チェ・ウニョン「ショウコの微笑」(『ショウコの微笑』クオン、2018年所収)

 高校時代、日本から韓国に留学してきたショウコとの思い出を追想しながら、女性として映画監督になるという夢に突き進む主人公ソユの成長と挫折の物語。この短編については別の文章でかなり詳しく論じているのでこちらをご覧いただけると嬉しい。



 出会いと別れ、文化の違いの共有、不平等や差別や格差、そして喪失。この短編が文壇デビューとなったチェ・ウニョンだが、彼女の後の作品にも通じる要素がふんだんにつまっている佳作である。何より日本の読者としては、日本から来た女の子との出会いを丹念に書いてくれたことや、その名前がタイトルに振られていることが、何より嬉しく感じる。

◆チェ・ウニョン「彼方から響く歌声」(『ショウコの微笑』クオン、2018年所収)

 「ショウコの微笑」へ”越境する百合”と言ってもいいかもしれないが、本作も大好きな大学の先輩を追いかけてロシア(先輩の留学先がロシア)に行ってしまう主人公のエネルギーに驚かされる。好きという感情は国境を越えていくこと。もちろんそれがバラ色ではないことは当然として、私たちの生きる世界はつながっているんだという当たり前のことを強く実感することができる。タイトルも含め、非常に美しい百合作品だ。

◆チェ・ウニョン「あの夏」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)

 少しこじつけかもしれないが、「ショウコの微笑」の変奏だと思いながら読んでいた。今回は国境や人種を超越するような越境小説ではないが、「ショウコの微笑」よりも具体的にセクシュアリティについての描写があり、性の揺らぎやセクシャルマイノリティの社会的な地位についての記述はより現代的である。また、時間が経過するにつれて二人の関係性が遠ざかってゆくのは「ショウコの微笑」にも似ている。離れたくないのに、互いの置かれた社会状況の変化やその他様々な事情によって二人は離れていってしまう。そうした大切な人との思い出を振り返る時、名前を呼ぶ行為のなんと尊いことか。

◆チェ・ウニョン「六〇一、六〇二」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)

 主人公が子どものころ、隣の部屋に越してきた家庭について回想する短編。小説の中で流れている時間に比べるとコンパクトにまとまった短編ではあるが、主人公が見聞きするものの中には暴力や不平等があふれていることから、読むのが辛く感じる人もいるかもしれない。そして、そうした不正義を身近なところで感じながら抵抗することができない無力さも抱えている。こうした二重の辛さをフィクションではあるものの記録し、小説という媒体で「告発」する行為は、オーソドックスなフェミニズム小説のやり方だと言えるだろう。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』に関心のある方にもおすすめしたい。

◆チェ・ウニョン「過ぎ行く夜」(『わたしに無害な人』亜紀書房、2020年所収)
 
 四歳離れた姉妹の再会の物語。姉のユンヒは大学院を修了したが研究職のポストにつけずに困窮している。そんな中、五年ぶりに再会する妹のジュヒは、結婚と離婚と出産を経験し、彼女は就職しているものの「社会保険はない」待遇であるなど、楽な生活ではなかった。優秀な姉であるユンヒは、奔放な妹とある時期から距離を保って生きてきたが、大人になって再開したことで仲良くしたという自分の気持ちは昔からずっとあったのではないか、もう一度仲良くできるのではないかという気持ちを強くする。良い思い出も悪い思い出もすべては過去のこと。格差社会を生きる現代の韓国人のつらさを描写しつつ、姉妹だからこそ紡げる特別な関係が築かれうることを希望的に示唆している。例えば、少なくとも姉妹ならば安心して夜を一緒に過ごすことはできるはずだと。

◆ハン・ガン「明るくなる前に」(『回復する人間』白水社、2019年所収)

 短編集『回復する人間』は、人間の喪失と回復(レジリエンスと言っても良い)をテーマに執筆されているが、その先頭を飾る「明るくなる前に」は以前勤めていた職場で仲良くなった先輩「ウニ姉さん」の喪失を少しずつ受け入れようとしていく(≒レジリエンスのさなかにある)主人公の「私」の心の揺れ動きが子細に描かれている。さよならだけが人生だ、とはよく言ったものだが、どれだけ好きな人であっても、遠くに行ってしまうことを妨げることはできない。好きな人だからできないのかもしれない。もう一生会えないくらい遠くに行っても。だからこそ人には喪を受け入れる時間が必要であるのだと、ハン・ガンは小説を通じて優しい言葉で伝えようとしている。

◆ハン・ガン「京都、ファサード」(『小説版 韓国・フェミニズム・日本』河出書房新社、2020年所収)
 
 「ショウコの微笑」とはベクトルが異なり、韓国出身で日本に移住した女性と、韓国に在住している主人公の女性の物語。移住したまま韓国に帰ってくることは最後までなかった友人への追憶の小説でもある。彼女が帰らなかった理由を最大限尊重しながら、会えない時間が長く続いたことへの寂しさを偽れない気持ち。こうした、人生にとって重要な喪失を書く時、ハン・ガンの詩的な文章は静かに読者の感情をとらえる。「明るくなる前に」もそうだが、人と人の出会いと別れを書くのが抜群にうまい作家である。

◆キム・へジン『娘について』(亜紀書房、2018年)

 レズビアンの娘と、その性的嗜好を容認できない伝統的な生き方をしてきた母親の構図を描いた小説。その娘が恋人を連れて実家に転がり込んできたことで、世代の違う女性三人の奇妙な生活が始まっていく。主人公は娘の母であり、分かりあえそうもない娘のことを複雑な感情で眺めながら、あるいは介護の仕事を通じて得られる癒しを丁寧に受け止めていくところにも好感が持てる。仕事では年上の、家庭では年下の世代を「ケア」し、その中で関係性を紡ぎ直しながら生きていく様を描写することで、世代や国境を超えて共感を生む物語にもなっている。

◆チョン・セラン「屋上で会いましょう」(『屋上で会いましょう』亜紀書房、2020年所収)

 一種の社会人百合と言ってもいいかもしれないし、百合というほど感情的な関係というわけでもないかもしれないが、「屋上で会いましょう」という言葉に救いを求める主人公の感情の描写が非常に豊かでコミカルでもある面白い短編である。2018年に翻訳刊行されて話題になった『フィフティ・ピープル』もそうであったように、チョン・セランは切実さを切実なままに書くのではなく、いろいろな角度で描写するところに魅力があるが、同名のタイトルの短編集の表題作としては魅力たっぷりで申し分がない。

◆キム・エラン「ノックしない家」(『走れ、オヤジ殿』晶文社、2017年所収)

 住人の名前も顔も分からないような家に住みながら、しかしそこで生まれていくコミュニケーションを描いた短編。キム・エランは本作が韓国でのデビュー作になったようで、日本に最初に紹介された本に収録されたのも当然の流れだろう。彼女もまたユーモアを忘れない作家である。チョン・セランのようなコミカルな語り口が生むユーモアさというより、他者に寄り添う気持ちを表現するためのユーモアと言ってよい。この題材ならちょっとしたホラーやサイコ小説にもなりそうだが、そう料理しないところにキム・エランの小説の魅力がある。


■おわりに

 以上、短編9作長編1作を紹介してきた。ここ数年に日本で翻訳されたものを中心に紹介してきたのですでに読んでいる方もいるかもしれないが、未読な方でも今回取り上げた本は書店や図書館で入手しやすいと考えている。ぜひ年末年始の読書プランに加えていただけると、このエントリーを書いた人間としては非常にありがたい。

 また、小説ではないが今年日本でも公開されて話題になった映画『はちどり』もここで紹介してきた文学作品と通底するものが多くある。セクシュアリティの揺らぎや、子どもと大人の間の揺らぎ、身近な範囲の生活と大きな社会が接続する瞬間の怖さ。監督キム・ボラの自伝的、私小説的とも言えるこの映画の構成自体が、非常に文学的な響きを持っていたようにも思う。この映画は以前ブログで紹介しているので、詳しい内容や評価についてはこちらをご覧いただければ嬉しい。


 

ショウコの微笑 (新しい韓国の文学)
ウニョン, チェ
クオン
2018-12-25


わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)
チェ・ウニョン
亜紀書房
2020-04-22


回復する人間 (エクス・リブリス)
ハン・ガン
白水社
2019-05-28


小説版 韓国・フェミニズム・日本
星野智幸
河出書房新社
2020-05-26


娘について (となりの国のものがたり2)
キム・ヘジン
亜紀書房
2018-12-20


屋上で会いましょう チョン・セランの本
チョン・セラン
亜紀書房
2020-07-31


外は夏 (となりの国のものがたり3)
キム・エラン
亜紀書房
2019-06-21

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見:イオンシネマ綾川

 志村貴子作品と言えば、その空気感だろうと思う。会話のリズムであり、雰囲気であり、キャラ同士の関係性であり、往々にして説明しすぎずに流れていくところがマンガチックではなくて写実的な匂いを強く感じさせる。また、性的な表現やジェンダーに関する表現も一貫して多く取り入れているが、映画のパンフレット寺田プロデューサーが言葉にしているように、いずれの表現も「フラット」に描写しているところが魅力だろうと思う。

 個人的には、このフラットであるというのは特別視しないことだと感じている。もちろん『青い花』や『放浪息子』のような、ジェンダーの揺らぎそのものをテーマの中心に据えた場合は別なのだが、本作の原作となっているマンガを読んでいても、様々な恋愛、性愛の形が出ては来る中で、そういうものもあるよね、普通に、くらいのテンションや温度で紡がれているのがいいなと思う。

 かといってこの「戸惑い」も大げさではなく、自然で、等身大的だ。BLも百合も特別なものではなく普通に描いている、と太田出版の担当編集が語っている(パンフレットpp.16-17)が、これも志村貴子の漫画の読者なら自然に感じ取っていることだろう。その上で、同性愛を表現する際につきまとう「戸惑い」の描写もぬかりない。

 「えっちゃんとあやさん」はこれもパンフレットによれば志村貴子が初めて発表した百合とのことだが(2015年刊行の新装版で最初に読んだので知らなかったが、原作自体は確かにもうずいぶん前である)その百合を、1988年度生まれで同い年の女性声優である花澤香菜と小松未可子が演じるというのもとても良い。良い、としか言えないのは物書きとしてどうなのかと思うが良いものは良いし、尊いのである。しかし初めての百合が、結婚式をきっかけに出会った二人による社会人百合というのは、いろいろできすぎている。

 続く「澤先生と矢ヶ崎くん」は男子校を舞台にしたライトなBLで、教師と生徒というこれも定番ものである。澤先生の妄想が楽しく、その澤先生を櫻井孝宏が演じているのが妙に色っぽく思えて面白い。男子校なので生徒は矢ヶ崎くん以外にもたくさんいるし、毎年新しい生徒は入ってくるし、その彼らとの関わり方を模索するような描写は、これも一つの社会人ものなのだなと実感させられる。

 後半の「しんちゃんと小夜子」「みかちゃんとしんちゃん」はそれぞれ時代設定が少し違うが、同じ登場人物が出てくる続き物だ。みかちゃん、しんちゃんという同級生の男女と、しんちゃんの家のおしいれに居候している親戚の年上の女性、小夜子。小夜子の過去を知ったみかちゃんは彼女に関心を持ち、しんちゃんはただただ動揺する。女二人の強さや好奇心、三人の中では唯一の男であるしんちゃんの儚さが、性的な話題を多く含む中でもユーモアたっぷりに描かれている。

 花澤香菜や寺田Pが「どうにかなる日々」というタイトルがいい、と感想を述べていたが、この映画を最後まで見ると確かにこのタイトルは絶妙で面白い。最初の百合カップルはのぞき、以降のキャラは関係性が曖昧なままストーリーが進んでいく。この曖昧さは感情の揺らぎでもあり、澤先生やしんちゃんの動揺する心や、矢ヶ崎くんやみかちゃんの攻める気持ちが交差しながらも完全には重ならないところに魅力があると思う。これも、恋愛関係であってもそうでなくても、関係性そのものの魅力を描くことを意識しているからなのだろう。

 極端なフラットさは悪い相対主義をひきつける(例えば差別的な言動やヘイトスピーチは表現の自由下の枠外に置かれる)けれども、志村貴子の表現するフラットさは、現実が規定しようとするものから離脱することで得られる自由を表しているように思う。そうした自由が、この映画にもあふれている。


どうにかなる日々 新装版 ピンク
志村貴子
太田出版
2020-04-17


どうにかなる日々 新装版 みどり
志村貴子
太田出版
2020-04-17


どうにかなる日々
クリープハイプ
Universal Music
2020-10-21

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見:イオンシネマ綾川

 テレビシリーズをnetflixで見ていたが、途中でやめてしまっていたため映画を見に行くのが少し遅くなった。10月に入ってからテレビシリーズと、昨年公開の外伝を一気に見たことで、この物語の世界観にどっぷり浸ったまま今回の劇場版を見に行けたのはとてもよかったと思う。結論から言えば3度泣いたし、同様に泣いている人が多くいた。公開から一か月以上経ってのこの光景ということは、公開後間もないころはどれだけの人が涙を流していたのだろうと思った。
 
 本編とは直接の関係がないとは言え、間接的にという意味では去年の7月18日に起きたことはあまりいは大きすぎる。まずもってここまで来られたこと自体が一つの奇跡のようなものだろう。それは、作中でヴァイオレットが願っても願っても叶わないかもしれない期待を、ひたすらに愚直なまでに信じ、祈る光景に似ているようにも思えた。このエントリーのタイトルを「追憶の日々と祈りの結実」と表現したのは、まさに彼女の過去と未来を鮮やかに、ドラマチックにつなぐことをこの劇場版が目指してきたからだろうと、率直に感じたからだ。

 前振りはこのあたりにして。本編は150分とアニメーション映画としてはかなりのボリュームであり、大きく分けて三つの局面のある構成になっている。まず第一に、テレビシリーズ10話に登場したアンの孫デイジーが、アンの死をきっかけとして彼女に送られた50通もの手紙を目撃するところから始まる物語。テレビシリーズが20世紀前半の社会状況だと想定されるが、それより二つ世代が下ったより現代に近い視点から劇場版は始まるのだ。つまり、ヴァイオレットたちがいた時代よりもずっと後であり、ヴァイオレットの存在自体が歴史化されていることが一つポイントになっている。ここはかなり重要な要素で、ある意味劇場版の主人公はデイジーなのである。彼女が、かつて存在していたヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの軌跡を探す旅路が、一種のメタフィクション的構造を作り出しているからだ。

 二つ目はユリスとリュカの物語だ。これはヴァイオレットが担当する仕事の話で、クライアントであるユリスは病気のためか、少年であるものの死期が近いことを悟っている。その彼が、両親や弟、そして親友であるユリスにどのような言葉を贈るのか。テレビシリーズでも紡がれていた、表独力で表現できない言葉や感情を、ヴァイオレットが一つずつ汲み取っていく物語だ。

 そして三つ目が、ヴァイオレットの物語である。テレビシリーズからずっと追い続けてきた少佐の存在がかすかに観測できたことが分かり、彼女にも選択が迫られる。どのようなタイミングでどのような行動をとるのが適切なのか。少佐の兄であるディートフリートの意向をどの程度汲み取るべきか。そして、少佐自身の現在とどのように向き合うべきなのか。


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 長い間彼女は自身のクライアントと対話を重ねてきた。それは心の交流だったと言ってよい。もちろん最初はうまくいかず、社長や同僚のドールに助けられながら歩んできたプロセスである。それは、ヴァイオレット自身が、心を、感情を取り戻していく、一種の精神的なリハビリテーションでもあったと言える(そして同時に、元軍人に対する職業リハビリテーションでもあることが意義深い)。テレビシリーズでもヴァイオレットは誰かの役に立つことで、彼女自身もまた癒しを獲得してきた。彼女が職務を通して流した涙の分だけ、確実に癒しがもたらされていたことだろう。心を、感情を取り戻す過程がこうした相互作用的なものでなければ、ヴァイオレットはどれだけ経験を積んでも感情を持たないドールでしかなかったかもしれない。

 そんな彼女だからこそ、改めて少佐と向き合う機会が与えられた。長い追憶の日々を超えて、祈りが結実するかどうか。それは同時に、京都アニメーションにとっても同様だったはずだ。2019年7月18日の惨劇を乗り越えて、ようやく届けられたこの150分の大作は、京アニのスタッフたちにもまた必要とされた癒しがあったのではないか。もっともそれは作中のフィクションを超えた一面ではある。だが、本作の主人公のデイジーが歴史化されたヴァイオレットの痕跡を探るように、京都アニメーションもまた未来を取り戻すことで絶望的な過去を乗り越え、歴史化していく作業が必要とされていたのではないか。

 「泣ける映画」という触れ込みでロングヒットになっているのは、それ自体がいいか悪いかはなんとも言えない。もう少し踏み込んでほしいという気持ちは大きい。だが、去年と今年と様々な大きな出来事を経験してきた人たちにもまた大きな、特別な癒しをもたらすことのできる作品であることは間違いない。ufotableの制作した『鬼滅の刃 無限列車編』が記録的な大ヒットを記録する中、ヴァイオレットたちが紡いだ物語と歴史、それを追いかけるデイジーのまなざしに多くの人が心を寄せたこともまた一つの事実である。

 『鬼滅の刃 無限列車編』とは全く別の角度から、映画の持つ社会的なインパクトや、物語やフィクションの持つパワーといったものを再確認することのできる、稀有な映画として覚えておきたい。また、制作データが一時失われた可能性もあったことを考えると、この映画はただの奇跡ではない。本当に得難いものを味わうことができたのだと、強くかみしめておきたいとも思う。
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